第24話 24、女神の千

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 熱気球が穂無洲国の城内の訓練場に着地し、籠が近くの松の幹に繋ぎ止められて数分後、周平が十名程の手勢を引き連れてやって来た。

「千様、お帰りなさいませ。どうなりましたか。この方達はどなたでしょう。」

 「周平様、ただいま戻りました。ここに居られるのは海穂国のご領主様とそのご家族です。まもなく穂無洲国の決死隊はここに戻ってまいります。海穂国は降伏条件に同意致しました。正式の対面は後日なされるでしょうがとりあえずの紹介を致します。周平様、ここに居られるのは海穂国の領主とその奥方達とお子様達です。申し訳ありません。まだ皆様のお名前を聞いておりませんでした。ご領主様、こちらにおられるのは穂無洲国の領主の周平様です。」

「穂無洲国の領主の周平です。」

「海穂国の領主の一海です。」

 「周平様、周平様には降伏文書の内容はまだお知らせしてありませんでした。内容は万が考えたものです。ここに降伏文書があります。内容を十分に御吟味して下さい。内容の如何に拘わらず暫くの間、一海様ご家族とその家臣が城内に住めるようにお計(はか)らいください。周平様が降伏文書に同意できなければ、とりあえず一海様とご家族を海穂国に戻すことに致します。そのような約束ですから。」

 「わかりました、千様。さっそく内容を吟味することに致します。万さんが考えたのなら完璧なものだと思います。」

「城内の受入の準備が出来るまで暫くここでお茶などを差し上げております。」

「わかりました、千様。早速戻って部屋の準備を致します。」

「宜しくお願いします。この近くには御不浄はありませんから。」

 周平は大急ぎで戻って行った。

千は一海の家族を馬車の近くに導き、立ち机のテーブルと椅子を取り出し、数分後には子供達にはソフトクリームを大人達にはクルコルを出した。

「お子様達に差し上げたのはソフトクリームと言う氷菓子です。牛乳に砂糖を加え泡立てながら凍らせると出来ます。少し舐めさせてもらうと味がわかると思います。入れ物は小麦粉と砂糖で固めたものです。食べることができます。大人の方にお出ししたのはクルコルと言う飲み物です。周平様によればこの国には無い飲み物だそうです。少し苦いかもしれません。その時は中央に置いてある器の中に入っている四角い砂糖をお入れ下さい。甘くなります。」

千はそう言って自分の器のクルコルを飲んだ。

 ソフトクリームは子供達には大好評だった。

大人達も少し舐めさせてもらった。

クルコルは一海には好評であったが奥方達は最初の一口で顔をしかめ、角砂糖を入れてから飲んだ。

 「こんな食べ物と飲み物は初めてだ。しかも千殿は僅かな時間で馬車の中で用意された。全てが驚くべきことだ。あの馬車は異常に大きいが、何ですか。」

「あの馬車は私の住まいです。あの中で寝起き致します。」

「そうであったか。この国の領主の周平殿は千殿に敬語を使っていた。異様に感じたが何故だろうか。」

「私の夫の万が周平様と知り合いだからだと思いますが、お心の中はわかりません。」

 「そなたは結婚しておるのか。」

「一海様、愚鈍をお望みですか。夫と申しました。」

「すまん。千殿は厳しいな。」

「申し訳ありません。」

 「ところで、クルコルをもういっぱい所望したいがどうだろうか。」

「お気に召したようですね。少々お待ち下さい。それとお嬢さんと僕ちゃん達、クリームソーダを飲んでみますか。」

子供達は目を輝かせて何度も頷いた。

千は馬車に入って新しいクルコルとグラスカップに入ったクリームソーダを持って来た。

縦長のグラスに入っている液体は濃い透明な緑色でガラスの面には泡が付いていた。

液体の上には半球形のアイスクリームが乗っており、その横には稲穂のストローが差し込んであった。

 「これを飲むのはそのまま飲んでもいいけど稲の穂で吸い込んだ方がずっといいわよ。少し中身が減ったら上に乗っているアイスクリームを吸ってもおいしいわよ。わかった。」

「はい、千様。ありがとうございます。」

子供を代表して長男が言った。

「そなたはもう子供達の心を奪ってしまったようだな。」

 この時、決死隊が戻って来て下馬して馬と共に馬車の前に整列した。

海穂国の家臣達も下馬し、一海の前に片膝を立てて整列した。

「到着致しました、司令官。」

「穂無洲国決死隊、気をーつけ。休め。皆よく働いてくれた。馬をいたわり、馬車の荷物は小屋に入れよ。その後は各自休息せよ。隊長、今言ったように後片付けをしてから部隊を解散させよ。」

「了解しました、司令官。」

 部隊は解散し馬車の前には千と一海一家と30名の家臣が残った。

「千殿、千殿には護衛は付かぬのか。危険ではないのか。」

「今まで護衛を付けたことはありません、一海様。お願いがありますがよろしいでしょうか。」

「何でもおっしゃって下さい。私はまだ捕虜ですから。」

 「一海様は私に限れば今は捕虜ではありません。私が提示した降伏文書に同意したからでございます。お客様みたいなものです。お願いと言うのは前におられるご家臣の中から二名を海穂国に戻すよう指図していただきたいのです。」

「千殿のおっしゃっていることが良く分からないのだが。」

 「殿様から見て前列左端の方と二列目の右から四番目の御家臣はよからぬ心を持っております。私を殺めようとしております。その混乱に乗じて殿様も弑奉(しいたてまつ)る考えをも秘めております。」

「金卯と銀卯の兄弟ではないか。そんなことが分るのか。」

 「察相の術です。二千名の兵士から十名の密偵を見つけ出したのと同じ方法です。」

「そんな術も持っておるのか。金卯と銀卯、そち達は直ちに海穂国に戻れ。追って沙汰する。」

金卯と銀卯は何も言わず自分たちの馬に乗って帰って行った。

その後、金卯と銀卯は海穂国には戻らず他国に向かったらしい。

 周平が家臣を連れて戻って来た。

「千様、一海殿を受入れる準備が整いました。早速城内に案内しようと思います。御家臣の面々も少し狭い部屋ですが殿様の近くの部屋に居てもらいます。それでよろしいでしょうか。」

「十分だと思います、周平様。それでは早速案内して下さいませ。私は暫く馬車で休みます。一海様。周平様に従ってお部屋でお休み下さい。よろしいでしょうか。」

「ありがとうござる、千殿。千殿のような女子は初めてでござる。お願いします、周平殿。」

皆が居なくなってから千は馬車に入った。

 数日後の昼、周平が千の所に来た。

木陰にテーブルを出してクルコルを飲んでいる時であった。

「千様、報告しに来ました。今よろしいでしょうか。」

「はい、周平様。クルコルを用意します。馬車の後ろから椅子を取り出してお掛け下さい。」

 周平はクルコルを飲みながら言った。

「千様、海穂国の降伏文書に同意しました。同じ文章の約定書を一海殿に差し上げました。家臣の中には益が少ないと言う者もおりましたが、万さんとの約束のようにこの星の全ての国を一つにまとめるには最適のように思います。」

「よくご決心なされました。」

 「一海殿の屋敷と家臣の家は町外れに建てることになりました。海穂国が全て自前で建てると申し出がありました。お金が有り余っているようですね。」

「それはようございました。いずれ城下の周りには多くの国の屋敷が立ち並ぶことでしょう。」

 「千殿は帰られてしまうのか。」

「はい、周平様。海穂国を最初の属国とすることができました。これからの戦いには属国の兵士を使うことが出来ます。次の属国を作る時には、相手の兵士をなるべく保存するように戦うことが肝要だと思います。殺さないでどうにも手が出ない状況を作ることがよろしいと思います。今度の戦いでは熱気球の効用が確認できました。幸い決死隊の幾人かの者は気球を操ることができます。この気球を残しておきます。同じものを作って気球部隊を作れば以後の戦局を優位に展開できると思われます。」

「そうだな。帰ってしまわれるのか。」

「申し訳ありません、周平様。明日おいとま致します。」

 翌日、千は馬車に馬を繫ぎ大手門に向かった。

大手門の内側には周平をはじめ家臣の面々が並んでいた。

対面には一海と家族とその家臣が並んでいた。

千は馬車の前の小窓を開けて左右に会釈して門を通り過ぎた。

門の外には決死隊の60人が直立して整列し、その後ろには二千名の兵士が整列していた。

千は小窓から白く細い腕を出しながら足早に馬車を進めた。

 「周平殿、千様とはどういう方なのでしょうか。誰にもまねのできない手技と私には評価もできない優れた戦略や洞察力を持っておられる。千様にお会いすると自分が如何に無知で愚かな野蛮人なのかがよく分る。」

千の馬車が見えなくなってから一海は周平に言った。

「一海殿、実は私にもわからないのです。五年前に初めてお会いしましたが美しさは全く変っておられない。千様は我々とは違う方です。私は女神様だと思っております。」

「なるほど、そう考えると納得できます。」

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