第22話 22、領主の一海
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食事が届く前に城主と二人の女と三人の子供の拘束が順番に解かれた。
子供達は最初に便所に向い、二人の女達がそれに連れ添った。
城主は最後に便所に行った。
紙は荒波が言った通り板壁の中に隠されていた。
大人達のかぶり物は首にしっかりと紐が結ばれており、外されなかった。
大人達は目隠しの状態で用便をしなければならなかったが生理的な要求には逆らえなく兵士に監視されながら用便した。
猿ぐつわは袋の上からされていたが、「言葉を発すれば再び猿ぐつわをする」という警告を無視して叫び始めたので再度猿ぐつわを噛ませられた。
両手は自由になっていたがかぶり物と猿ぐつわを外すことは許されなかった。
外そうとすれば頭に縄が巻かれた竹棒の一撃を受けた。
子供を含めた囚人の腰には紐が巻かれ、紐の先端は兵士が握っていた。
兵士達は必要な言葉以外は無言であった。
城主は怒りに燃えていたが賊を侮(あなど)ることはできなかった。
統制が行き届いていることは明らかであった。
千は荒波の言葉を考え、天守閣全体の壁板をはがし一階の床板も剥がさせた。
天守閣には多くの米が壁に隠されており、鍋や茶碗や箸も用意されていた。
塩や乾物や乾燥野菜も準備されており、一階の床下には清水をたたえた井戸も発見された。
小さかったが床下には煙突の無いかまどまであり、壁板は調理に使えた。
海穂国の天守閣はまさに篭城のための準備がなされていた。
食事と水が届くと囚人は二階に連れて行かれ、腰に巻かれた紐は柱に結わえられ、猿ぐつわとかぶり物は外された。
黒い紗のかぶり物をした兵士は竹棒を持って板壁に直立していた。
大人の囚人達は無言で食事を終えた。
声を出せば叩かれることが分っていたからだった。
小さな子供の親に対する質問は許されたが親が答えることは許されなかった。
千は囚人達が食事を終えた頃に三階から降りて来た。
千はかぶり物をしていなかった。
既に素顔は見られている。
「私は穂無洲国の遠征軍の司令官を努める千と申します。昨夜の攻撃は海穂国が穂無洲国に突然の攻撃を仕掛けて来たことに対する反撃です。皆様方は海穂国との戦争における捕虜となっております。ご理解できましたでしょうか。発言を許します。」
千は用意されていた将棋盤に座って城主に向かって言った。
「そちは穂無洲国の女間者か。こんな無礼なことをしてただでは置かんぞ。」
「既に身分は明らかにしております。まだ私の質問にお答えなされておりません。彼我の立場が理解できたかとの質問です。お答えになりませんと先に進めません。」
「おのれ、無礼な女め。」
「ご理解できていないようですね。それでは理解するのための時間を差し上げましょう。警備兵、これらの者を拘束し袋を被せ猿ぐつわをかませよ。殿様、理解できるようになりましたら頭を三度うなずいて下さい。猿ぐつわを外しますから。」
千は立ち上がり、階段の方に歩いて行った。
「まて、理解した。我らは戦さの捕虜だ。また猿ぐつわされてたまるか。」
千本は歩みを止め、再び将棋盤に座った。
「早速ご理解していただきありがとうございます。殿様は幸せ者でございます。先ほどの食事と衣服は殿様の家臣から届けられました。我々の糧食よりずっと豪華な食べ物です。」
「家臣はわしが捕われていることを知っているのか。」
「知っているからこそ届けられたと思えないのですか。愚かな質問です。」
「無礼な女め。」
「殿様は私の無礼とご自身の愚鈍とどちらをお望みですか。失礼しました。それはいいとして、これから城下を襲撃致します。町の一部が破壊され多くの人が殺されますがお許し下さい。これは戦争ですから。殿様にはこの二階の欄干から様子を眺めることができます。見たいですか。」
「見せてくれ。」
「分りました。お見せしましょう。奥方様達と子供達には庭に散乱している多くの死体を見るのは刺激が強いでしょうから室内に緩く拘束させていただきます。それでよろしいでしょうか。」
「庭には多くの死体があるのか。」
「私が質問しているのはそれで良いかというものですが、先に答えましょう。ございます。庭の警備兵が30人ほど、館の中でも40名ほど、異変で駆けつけた家臣は50名ほど、それと、鉄砲を持って駆けつけた兵士三千名のうちの五百人ほどが奥の門の向こうに広がる広場で死んでおります。」
「三千名の鉄砲隊を退けたのか。」
「殿様、愚鈍をお望みですか。私の質問にお答え下さい。」
「わかった。それでいい。」
千は兵士に指示してから五階に登った。
辺りは既に暗闇になっていた。
天守閣の軒下に隠れていた家臣達は馬と共に逃げたようであった。
千は熱気球に火を入れた。
籠に用意した爆弾は擲弾筒を油で囲んだものだった。
籠には千と兵士一人が乗った。
天守閣の欄干の四隅に松明を灯してから熱気球は暗闇の夜空に舞い上がった。
攻撃の最初の目標は予め決めてあった。
最初の目標は高級家臣の邸宅であった。
屋敷の中には多くの兵が待機しており襲撃に備えていた。
篝火(かがりび)が明るく輝き、目標であることが一目瞭然であった。
千は上空から爆弾を二発投下した。
最初の爆発で屋根は吹き飛び次の爆弾で屋内は火の海になった。
火勢は強く、消火はできなく屋敷全体が火で包まれるのに長くはかからなかった。
次の目標に向かう時、多くの消火隊員が火元に駈けているのが見えた。
次の目標は少し離れた位置にある屋敷で、そこにも多くの兵士が詰めていた。
同じように屋敷は火で包まれた。
第三の目標は大手門の前の大きな屋敷であった。
そこは屋敷の塀の外にまで兵士で溢れていた。
今夜の襲撃が大手門から行われると考えての兵の配置だったのかもしれないし、身分の高い者の屋敷であったのかもしれなかった。
その屋敷もすぐに火で包まれた。
次の目標は港に浮かぶ大型船であった。
港は暗かったが最初の船が明るく燃えると他の船の位置も判り、もう一隻が攻撃された。
爆弾の数も少なくなったので天守閣に戻ることとした。
途中で大手門の内側に連なる建物に爆弾を落とした。
建物は瞬く間に火で包まれ、隣の建物に延焼して行った。
三軒めに火が回った時、建物は大爆発した。
貯蔵してあった火薬が爆発したようだった。
熱気球は上方に急上昇したが幸いにも気球には損傷はなかった。
千は天守閣に気球を繋ぎ止め最初の爆撃を終えた。
兵士の糧食が尽きて来ていた。
天守閣では飢え死に死ぬことは無いだろうが兵士の糧食は持たせておかねばならない。
千は暗黒の夜ではあったが気球で中継基地に戻り、兵士の糧食と補充の弾薬を積んで戻った。
暗黒の夜の気球の操縦は熟達しているとは言え兵士にはまだ無理であった。
気球の籠を欄干に固定した後、天守最上階の松明は消され、内部の蝋燭の隙間から漏れる光だけが天守の位置を示すものとなった。
翌朝、騎馬に乗って白旗を掲げる荒波が奥の門を通って入って来た。
「昨日来た海穂国軍の隊長の荒波である。天守閣にいる千殿と話しをしたい。」
千は長竹を持って一階の屋根から飛び降り荒波に近づいていった。
「荒波様、何でございましょうか。」
荒波は馬から下り千に向かい合った。
「殿に朝餉を差し上げたいが許可願いたい。それと殿の無事なお姿を確認したい。」
「ごもっともな要求だと思います。朝餉は昨日と同じ方法で運び入れてかまいません。それからもう一つの要求は少々お待ち下さい。」
千は天守閣の方を向き、懐から白と赤の布切れを取り出して左右の手に持ち、信号を送った。
「それは何の合図でしょうか。」
「これは手旗信号です。通常は小旗を持つのですが手だけでも可能です。殿のトはこのように動かし、ノはこのように動かします。先ほどの動きは『殿達を二階の欄干に』と信号を送りました。」
「素晴らしい方法ですな。こんな通信方法があるとは知らなかった。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。でもこの通信方法が使えるのは兵士が読み書きできることが絶対ではありませんが望ましくなります。」
「そうなりますな。千殿の兵士は読み書きができるのですか。」
「手旗信号の教練で学ばせました。」
「素晴らしいですね。」
天守閣の二階の欄干に城主と女二人と子供三人が現れた。
「ここからでは捕虜達の顔を確認できません。遠眼鏡をお持ちですか。無ければこれをお使い下さい。」
千は懐から遠眼鏡を取り出した。
荒波は千から遠眼鏡を受け取り、城主達をのぞいて確認した。
「殿達です。全員を確認しました。でも何か叫んでいるようです。」
「はい、時々声を荒げられます。長年殿様として暮らして来られた方ですから無理は無いと認識しております。」
「近づいても良いだろうか。」
「それはなさらぬ方が良かろうと思われます。荒波様に負担がかかります。」
「そうかもしれん。」
「荒波様、要求の御用向きに関してはこれでよろしいでしょうか。」
「十分だ、千殿。千殿の言動を見て安心した。」
「荒波様、昨夜は五カ所を襲撃しました。大手門以外は人的被害はそれほど大きくはなかったと思われます。そのように攻撃しました。大手門近くの建物に火薬があったとは思っておりませんでした。あれでは大手門を破られれば敵に次の門を破るための火薬を与えることになるかもしれません。今宵も襲撃する予定ですのでご準備をなされた方がよろしいと思われます。」
「こんなことを敵に訊くのは変だが、千殿はどう準備したらいいと思われますか。空からの攻撃だとわかりました。どうすればいいというのでしょう。」
「攻撃の様子は全て殿様にもお見せました。今日はまだお会いしておりませんが、自分たちが無力であることを早く認識なされるように願っております。」
「分り申した。重臣達と相談することに致します。」
「それを聞いて良かったと思います。昨夜の襲撃は三カ所の重臣の館を攻撃しました。重臣の方が無事で安心しました。」
「いや、重臣の一人は爆弾の直撃を受けてバラバラになって亡くなった。他の二人は軽傷だった。」
「さようでしたか。荒波様、お願いがあります。」
「どのようなことでしょうか。」
「天守閣の周囲には数百の遺体が散乱しております。腐敗が始まろうとしております。放置すれば伝染病が我が軍にも城下にも広がると思われます。遺体を墓地に運び弔ってほしいと思います。作業には兵士を使ってもかまいません。何人の兵士が入っても、たとえ天守閣に近づいても作業の集団には決して攻撃をかけません。いかがでしょうか。」
「こちらもそうしたい。兵には赤旗を付けさせます。」
荒波は戻って行った。
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