前日譚 ずっと焦がれていた場所を
前日譚 ずっと焦がれていた場所を 1
『つれてってよ!』
無我夢中でそう訴えた。
必死ですがりながら、それでも本当は、かなえられるはずがないと思っていた。
クールは、老人のローブを見失わないように、射し込む陽で明るい長い回廊を進む。
並んで老ドルイドを追うのは同い年の少年。不思議な銀色の髪に、日暮れのときに見えるのと同じ紫色の瞳をしている。
ちらちら様子を窺っていると、向こうも視線を投げてきた。
どこか突き放すような、険しい目だった。
クールは、思わず目を逸らした。
どうしよう。怒ったままだ。さっき変なことを言ってしまったから。
前を行くローブの老人は、軽いウェーブのかかった白髪を背に流し、杖を片手にまっすぐ進んでいく。
どこに行くのだろう。お前たちの居場所に連れて行ってやると、言っていたけれど。
いまさらながらに、クールは不安に襲われた。
北の島国エリン。
最果てにもっとも近いといわれるこの地には、善き神ダーナの加護がある。
神は、姿を見せないが、代わりに聖なる力を人間たちに授けてくれた。
地下の異界「シード」に棲まう邪神と、その配下の魔物たちと戦うための力だ。
神の剣となって、盾となって、戦うものたち。彼らは、戦いの神オグマの名を冠した騎士団に属していた。
クールの育ったフォードの村は、エリンの南岸に位置する。
比較的平和だったフォードの村には、クールが知る限り、魔物の襲撃は一度もなかった。
あの村からクールを連れ出してくれたのが、前を行く老人だった。
ミルディン。オグマ騎士団最長老の魔術士にして、ダーナ神殿の最高祭司と同等の地位にあるという。
彼が口添えをしてくれたおかげで、クールは村を出て、このオグマ騎士団の居城、『空の砦』とも呼ばれるオグマ城に来ることができたのだ。
砦は、その名のとおり天空を飛翔する。それはダーナの力によるものだと、昔村の祭司が集まった子供たちに語っていた。
だがクールはその輪の中にいなかった。水汲みを命じられて、重い桶を運んでいたのだ。
途切れ途切れに聞こえる祭司の話を、耳を澄ませて必死で聞いたのを思い出す。
邪神と戦うオグマの騎士。無数の騎士とドルイドが属している団には、『エリン最強の剣と盾』と呼ばれる男たちがいる。
騎士とドルイドは一対。騎士が戦い、ドルイドが守る。
剣を手に魔物と戦うエリン最強の騎士に、クールは幼い憧れをいだいた。
彼だけではない。オグマの騎士に憧憬しない者はいなかっただろう。
クールはいつしか、騎士になりたいと思うようになった。
騎士は、邪神からエリンの人々を守るのだ。誰もが彼らを尊敬し、敬愛するのだ。
ならば、赤子の頃に置き去りにされていた、どこの誰ともわからない自分でも、騎士になれば受け入れてもらえるのではないだろうか。
フォードの村でなくていい。この国のどこかで、片すみでいいから、ここが自分の居場所だと断言できる地に、たどり着けはしないだろうかと。
クールは手のひらをぐっと握りこんだ。
自分はここまで来たのだ。この空の砦に。
なんとしてでも騎士になって、それで。
「…………」
ちらりと、横を見る。
ミルディンの背を、挑むような目で見つめている少年。
確か、セイという名だった。
セイは東方の村から来たのだと、ミルディンが話していた。
彼もまた騎士を目指し、ミルディンとともにここにやってきたのだという。
同い年の少年に会えたことで、クールは少しほっとしたのだ。だが、その安堵はすぐに覆された。
クールが挨拶をしても、セイはひとことも発しなかった。
唇を真一文字に引き結んで、まるで全身の毛を逆立てた野生の獣のように、警戒を顕にしていた。
どうしてこんなにぴりぴりしているのかが、クールには不可解だった。あとでミルディンに尋ねてみようと思って、その時点では話すことを諦めた。
ミルディンが立ち止まった。ふたりもそれに倣う。
目の前の扉を三度叩き、声をかける。
「わしだ。入るぞ」
老ドルイドが扉を開ける。
その陰から部屋の中をそっと覗く。
薄暗い室内に、木製の長椅子と卓があった。昼間だからか、天井から下がった灯火器に火はない。奥の壁に暖炉がある。
ぱっと見た印象では、神殿に住む祭司たちの部屋よりずっと質素だ。
セイもクールと同じようにミルディンの後ろから室内を窺っている。
中に入るミルディンにつづいたクールは、窓にもたれた人がいることに気づいて視線を上げた。
「ミルディン、その子たちは?」
「騎士になりたいと言うので連れてきた。ファリース、――――――――」
ファリース。
その名を聞いた途端、クールの心臓が急に早鐘を打ち出した。
「……」
驚きが頭の中をぐるぐる駆け回って、ミルディンの声が聞こえなくなる。
その名を知っている。
あの、いい思い出のほぼない村で、その名前だけは鮮やかな陽射しのように輝いて、彼の胸の奥に刻まれた。
まさか、本当に?
薄暗さに目が慣れてくると、窓にもたれた人が、長身の大人の男性であることがわかってきた。
きっとそうだ。間違いない。
クールの胸が熱くなる。
このひとが、エリン最強の騎士、豪剣のファリース。
隣のセイも、さすがに驚いた様子でファリースを凝視している。セイもファリースを知っているのだ。
当然だ。ファリースの名を知らない者は、この国にはいないだろうから。
ミルディンの背の陰にいるふたりを、ファリースは訝しげに見下ろす。
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