第4話 ゆりかごの悪夢 その六
「なんで、ここにスマホが埋まってるんですか?」
「いやいや。それは気にするな。気にしちゃいかん。これは清美くんの夢の力を通じて君の潜在意識に訴えてるんであってだね。そんなことより、君は牢屋のなかにいるんだろう?」
「はい。います」
清美の能力には、これまで何度、助けられたことだろうか。あれがほんとにただの人間だなんて信じられない。古代人の巫女の力を有しているとしてもだ。
「じゃあ、私が助けてあげるから、今すぐ、そこから出なさい。じゃないと、君も危ない。刺客が来るよ」
「刺客ですか?」
「ミカエルは命を狙われていたじゃないか」
「あっ……」
そうだ。ミカエルは前世で殺されているのだ。今の龍郎は以前ほど強いわけじゃないらしいので、もう標的にされることはないと思いこんでいた。だが、そうではないということだ。
「わかりました。すぐに逃げます。だけど、脱出するには穂村先生の協力が必要なんですよ」
「わかってるとも。さっきの穴にもう一度、手をつっこみなさい。鍵を入れといた」
龍郎はさっきスマホを見つけた穴に手をつっこんだ。ちょうど天使の目の高さなので、ほかのすきまと見間違えることもなかった。
「何もないですが?」
「もっと奥までだ」
「こうですか?」
肩まで腕を伸ばす。けっこう奥の深い穴だ。すると、とつぜん、指のさきを誰かの手がにぎるような感触があった。
「わッ!」
「しいッ。静かにしなさい。牢番が来るではないか」
「牢番は以前におれたちが来たとき、死んでしまいましたが」
「巨人くらい、ほかにもいくらでも代えがいるんだ」
「なるほど」
穴の奥の手がスッと遠ざかる。自分の手のひらに何かが載っているのを龍郎は感じた。腕をひきだすと、古めかしい大きな鍵だった。
「急ぎなさい。幸運を祈る」
やや緊張した穂村の声が告げて、プツリと電話は切れた。龍郎はスマホをふところに入れる。鉄格子を見なおすと、たしかに一部が扉になっている。格子のあいだから手を出してさぐると、鍵穴らしきものがある。
「ちゃんと、あくのかな?」
「フォラスはああ見えて、ただものではない。心配なかろう」
「そうだといいけど」
どうにも頼りなく思ったものの、鍵はすんなり鍵穴にハマった。カチリといい音がして扉がひらく。
「よかった。ひらいた」
「急ごう。このなかにいては、我々は魔法を使えない。刺客が来たら、いいように、なぶり殺されてしまうぞ」
マルコシアスにせかされ、龍郎は急ぎ外へ出た。牢屋を出ても薄暗い岩盤の洞窟が続いている。
「せっかく天界へ行ったのに、魔界へ堕とされてしまったな。ここから天界へ戻るには、まず魔界を出ないといけないのか?」
「いや……龍郎。考えてみてほしい。いかにウリエルが元堕天使で、タルタロスへの道を知っていたとしても、ただの天使が天界と魔界をつなげるなどということができると思うか?」
「えーと……それは、ムリっぽいな。天使も堕天すれば魔王と呼ばれるから、それなりの実力はあるんだろうけど、ただ、魔界を創るときに参加したとは思えない」
マルコシアスはうなずいた。
「やはり、そうだよな。だとすると、もともと天界と魔界はつながっているということになる」
「天界と魔界が……」
「その道を利用して、ウリエルは我々をここへ堕とした」
「そうか! その道を見つければ、ちょくせつ、天界へ戻ることができる」
「ご名答」
さっそく座標で天界の位置を確認する。あっちだなというのはわかるが、そうとうに遠い。
「タルタロスか。タルタロスの底には、さらに深い牢獄のリンボがあるんだよな。以前はそこをさまよって大変だった」
思い出にふけっていた龍郎だが、そのとき、近づいてくる気配を感じた。天使のようだ。
周囲は天然の鍾乳洞だ。鍾乳石や石筍が上下から竜の牙のごとく生えている。そのあいだに身を隠した。
しばらくして、弓矢を背負った天使の姿が現れる。足音を殺すためか、ほんの少し地面から浮いて、宙をただよってきた。
(あれは……見おぼえがあるぞ。遺跡で同行してた。えーと、エアーベール? たしか、アスモデウスの副官だと言っていた)
なぜ、ここにアスモデウスの副官が来るのだろうか?
副官ということは、アスモデウスが信頼する相手のはず。その副官が、じつは猟奇的な連続殺天使だとでもいうのか?
(うーん。でも、あの感じは人目を忍んで、こっそりおれたちのいた牢屋へむかってるんだよな。どう見ても刺客だ)
もう誰が味方で誰が敵なんだかわからない。
龍郎たちは石筍のかげで、じっと息をひそめ、エアーベールが通りすぎるのを待った。
「よし。行ったな。今のうちに急ごう」
「うむ」
エアーベールの背中を見送ってから、龍郎とマルコシアスは走りだした。すでに逃げだしたあとだとわかると追ってくるに違いない。
「エアーベールはアスモデウスの副官だろ? なんで、おれたちを狙うんだ」
「私にわかるわけないだろう?」
しばらく進むと、景色が変わった。
「これは……」
「天国への階段だな」
あきらかに、そうだ。
長い長い階段が天上にむかって伸びている。
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