第1話 邪神襲来 その六
ヤリのようなトゲが、龍郎を襲う。よけるには距離が近すぎた。すぐ目の前だ。それに速い。動きが見えない。
(ダメだ。やられる——)
龍郎は思わず目をとじた。
次の瞬間には来るはずの、するどいトゲの痛みを想像しながら。
ところがだ。諦観のなかで立ちすくむ龍郎を、そのとき、誰かがつきとばした。
坂道をころがりながら、龍郎は目をあける。
龍郎のいた場所には、フレデリック神父がいた。龍郎のかわりにトゲのヤリを受けている。神父の喉から大きなトゲが生えているのを、龍郎はぼうぜんとながめた。
「フレデリックさんッ!」
これまで、どんなことがあっても、フレデリックは生きのびてきたし、たいていのことはなんでも器用にこなした。彼が命の危険をともなう致命傷を負うことなど、まったく想像もしたことがなかった。その点では信頼していたと言っていい。
神父が傷つく姿を見て、龍郎は自分で思っていた以上のショックを受けた。彼は前世の自分の肉体だったのだという。もしかしたら、そのせいだろうか?
「フレデリックさんッ!」
「……君は、生きろ。戦うんだ。龍郎」
フレデリックのおもてに満足したような笑みが浮かぶ。
ふと、思う。
彼は死に場所を探していたのではないかと。そんな目をしている。
トゲがひきぬかれたとき、ドクドクと血が流れ、フレデリックは倒れた。ひどく、安らかな顔だ。
龍郎はわきあがる怒りをどうにもできなかった。気がつけば退魔の剣をにぎって、岩崎の胸をつらぬいていた。紫色の変な血が少量こぼれる。やはり、もう人ではない。
「お兄ちゃん……」
「あれはもう君の兄じゃない」
龍郎は明鐘の手をひいて走る。
戦えとフレデリックは言った。
そうだ。あきらめている場合ではない。命のあるかぎり戦わなければ、フレデリックにも、岩崎にも申しわけない。
歯をくいしばり、龍郎は決意する。ただ、青蘭を守るためだけに戦ってきた。でも、これからはそうではないのだ。戦うことが使命なのだと。
子どもたちの足は、龍郎ほど速くなかった。まもなく、引き離すことができた。小学校と団地のあいだの
「もうダメだよ。あたしたち死ぬんだ。それか、あんな化け物になるんだよ。そんなの死んだほうがマシ!」
明鐘が泣きわめくので、追っ手に見つかるのではないかと気が気でない。
「しッ。どうにかして、車まで行こう。君のことは必ず助けるから」
「そんなのできっこないよ」
ふつうの高校生だから、怪異になれていないのはしかたない。とは言うものの、もてあました。
失って初めて、自分がフレデリックのことをとても頼りにしていたのだと自覚する。こんなとき、彼がいてくれたら、きっとうまいことを言って女の子の気をまぎらわしてくれるのに。
「明鐘ちゃん。あんな化け物って、お兄さんみたいなことだよね?」
しょうがないので、実務的な話題をふる。それでも話さないよりはいいようで、明鐘はシクシク泣きながらも答えてくれた。
「ちょっと前から、お父さんやお母さんがぼんやりするようになって。物忘れがだんだんひどくなるし、そのうち、わたしの名前も忘れてしまって」
「なんで、そんなことになったかわかる?」
それには首をふる。
「わかんない。けど、そう言えば、コンビニの店員さんが最初にそんなふうになってた。コンビニのとなりに友達のうちがあるんだけど、
「コンビニか。つまり、湖側から、おかしくなっていったってことかな」
「そうかも」
もしかしたら、湖に原因があるのかもしれない。
(やっぱり、どうにかして、車まで行かないと。湖を調べるにしても、コンビニ側だし)
浄化の光が効かないのがやっかいだ。退魔すると完全に死んでしまう。子どもたちが憑依されているだけなら、なるべく乱暴したくないのだが。
急に明鐘が言いだした。
「ねえ、なんか変な音する」
「変な音?」
耳をすましてみる。
そう言われてみれば、草むらを這うような音が近づいてくる。大蛇か何かのような。かなり大きい。
「こっちへ」
音から離れるように薮を出る。小道をかけていくと、小学校の前の坂道とぶつかる。角のところで、あたりを見まわす。
明鐘が息を呑むのがわかった。龍郎もおどろいたが、声を出さないように注意した。大きな道路には、あっちにもこっちにも人が歩いている。遠くのほうにも光が動いている。懐中電灯だろう。どうやら、町じゅうで龍郎たちを探しているらしい。
(思えば、岩崎はおれを呼びだすためにあやつられたんだな。たぶん、おれが星の戦士だからだ。邪神の復活のさまたげにならないよう、ヤツらはおれを殺すつもりなんだ)
このかこみを突破することができるだろうか?
龍郎一人なら、退魔の剣を片手に、ひたすら切りむすんで、つき進むこともできる。が、明鐘がいてはそうもいかない。
迷っていると、頭上で音がした。バサバサと鳥の羽ばたきのようだ。
さっきから周囲を這いまわる、不快な何者かに違いない。
龍郎は緊張して、こずえを見あげた。
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