11.私の想いは届きません 第1話
松岡くんが、待って、と叫んでいる。
「彩葉、追い掛けて来てるよ、いいの?」
「…………」
分からない。
止まっていいのか、それとも逃げた方がいいのか、それさえ分からない。
分からないまま後ろも振り返らずに歩調も緩めないでいると、全力で走って来た松岡くんに追い付かれ、尚も逃げようとする私の腕を取られる。
松岡くんが、はあはあ、と大きく息を吸う音だけがなぜかよく聞こえた。
松岡くんの方を見れない私に代わってゴウが口を開く。
「お前なに?」
「あなたに関係ないでしょ」
「関係ある。彩葉、お前の顔も見たくないって。迷惑なんじゃないの? その手も離せよ?」
「離しません。お願いです」
二人の声が止む。怖いけどゴウの横顔だけこっそり確認すると、その力強い双眸を真っ直ぐに松岡くんに向けていた。
取られた腕を握る松岡くんの手がどんどん力強くなっていく。
「お願いします。少しだけ僕に時間をください」
「彩葉を悲しませるようなやつに時間なんてやれない。今日は引き取ってくれないか?」
「嫌です、帰りません」
「…………」
「…………」
「彩葉を泣かせたら俺が連れて行くぞ」
「悲しませないです」
しばらくの沈黙。お互い一歩も譲らないような空気の圧だけをひしひしと感じる。
だが先に折れたのはゴウだった。はあ、と息を吐いてゴウの圧が緩む。
「……分かった。彩葉、俺が言えた義理じゃないけどさ、大丈夫じゃなくなったらすぐ電話して。あいつと話ししたかったんだろ、頑張れよ」
最後は囁くようにそれだけ言ってゴウはあっさりと、じゃあな、と片手を上げ夜に溶けて行く。
「待ってよ、ゴウ!」
立ち去る背中に手を伸ばすが届かない。今ここで一人にしないでほしいのに。
仕事が終わるまではあれだけ話したいと思っていた松岡くんと二人きりになる。望んでいたはずなのに、タイミングはもう今じゃない。二人きりにされるのは、むしろ気まずい。
「月見里さん」
「…………」
「ちょっとだけ。時間を、僕にください。すぐに終わりますから」
松岡くんはそう言うと私の返事も聞かずにどこかへ連れて行く。私はどこへ行くの、とも問わず黙ってそれに従った。
ホントは、なんで、どうして、と問い詰めてしまいたい。でもそれは松岡くんの背中にじゃなくて、ちゃんと目を見て言おうと思う。
少し歩いて飲み屋街を外れ、住宅地の中に入ると小さな公園があった。外灯が申し訳程度に一つ設置してあり、その下にベンチがある。
腰を下ろす松岡くんにならって、ベンチの端に私も座った。
これから何が起こるのか分からない緊張に鼓動がだんだん大きくなる。松岡くんは何を言うために私をここまで連れて来たのだろう。聞きたいけど、聞くのが怖い気もする。だけど、私はそれを聞く前に謝らなければならないのだ。
昨日言えなかった言葉をちゃんと伝えよう。
「松岡くん、ごめんなさい」
「えっ、待ってください。僕まだ何も言ってないのに、そんな簡単に終わりにしないでくださいよ」
視線が交わる。
その松岡くんの瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。
「終わり?」
終わりにしないでと言われる意味がよく分からなくて首を傾げる。
「伝えたい事があるので、それを聞いてから終わりにしてください」
松岡くんの意図が通じないまま、私は首を傾げてその話を聞く事になる。
「僕は月見里さんが好きです」
「…………」
「月見里さん?」
「……え? 何て言ったの?」
聞き間違いかと思って、思わず問い返してしまった。だって、そんなはずないと思っていたから。
「好き、って言いました」
「…………」
「聞いてます?」
私はこくこくと頷くと、確認するように問う。
「松岡くんが、誰を?」
「月見里さんを」
「私?」
「そうですよ」
「でも、だって、友梨さんが好きって」
「はい」
ほらね、やっぱり友梨さんが好き。
じゃあ私への好きは、どういう意味?
「友梨の事は家族としての好きだと気付いたんです。気付いたのは僕が本気の恋をしたから。気付かせてくれたのは月見里さんですよ」
「わ、たし?」
「友梨への好きとは比べものにならないくらい、好きで好きでたまらない。貴女が欲しいです。誰にも触れさせたくない、僕のものにしたいとそう強く思います。でも月見里さんが見ているのは僕じゃないから――」
「なんで?」
「ごめんなさい一方的に告白して。でも、ありがとうございます。聞いてくれて」
「だから、なんで?」
「伝えられて良かった」
「良くない!!」
「月見里、さん?」
分からない、と首を傾げる松岡くんに私は、私もっ、と叫ぶ。
「私も」
言葉より先に涙が落ちて地面を濡らす。
「私も好きだよ」
「え……」
「私も! 松岡くんが好きです」
「え!? ……なんで?」
「『なんで』って……。松岡くんが好きだから。私も、誰にもあげたくないくらい松岡くんが好き」
「でも、元彼は?」
「元彼は元彼。ゴウへの気持ちはもうないよ。私の
「ホントに?」
「うん」
私の首肯に松岡くんの目が見開いた。そして、マジかー、と拳を握り締めて喜びを噛み締めている。そんな姿までが私にはとても愛おしい。
「……彩葉が好き」
「うん、歩くんが好き」
松岡くんの大きな腕が広がって強く引き寄せられ、ぎゅうと抱き締められる。
望んでいた場所のぬくもりを感じて私も抱き締め返した。
「大事にする。幸せにする。だから僕の隣にずっといてください」
嬉しい言葉に言葉が出ず、うん、と頷くので精一杯になり、言葉の代わりに涙がポロポロとこぼれていく。
「彩葉」
愛しい声が私の名前を呼ぶ幸せに顔をあげると優しい唇が降りてきた。しっとりと重なる柔らかな唇に応える内にゆっくり甘く溶けていく。
「彩葉」
「歩くん」
愛おしい人の声で自分の名前を呼ばれる特別に酔いしれながら、私たちは何度も何度も唇を重ね合った。
濡れた唇がゆっくりと離れていく。だけど手だけはお互いの身体に引っ付け合ったまま離れなくて、ふふっ、と笑いがもれる。
「離したくないな」
「うん」
「帰したくない」
「それは困るな。明日も会社だし、今日は帰らなきゃ」
「なんでそんな余裕あるんです?」
不貞腐れた顔をして私の首筋に顔を埋める歩くんが愛しい。
「僕だけみたい。欲しがってるの」
「そんな事ないよ、私だってずっと一緒にいたい」
「なら」
「でも明日会社あるんだよ?」
「やっぱそれ?」
「今日はとりあえず帰ろ?」
「じゃあ彩葉の家に僕も行きます」
「えっ!?」
驚く私の唇を歩くんがさらっと奪う。
「ムリ。こんなの無理だから今日はずっと一緒にいます」
「……歩くん」
私だってずっとずっと一緒にいたい気持ちはあるから、歩くんの強い意思に引っ張られてしまう。
「そんなに言うなら、……来てもいいよ?」
「はいっ!」
「でも着替えとかないからね?」
「大丈夫。始発で帰って出勤します」
「うん、分かった」
了承に頷く私を満足気に見て歩くんはもう一度、その濡れた唇を私に重ねると、嬉しそうに微笑み私の手を取った。
指と指の間にお互いの指を重ね、初めての恋人繋ぎに胸がどうしようもなくときめく。嬉しくて緩む頬はどうしたって止められなかった。
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