第2話

 部屋は隣同士のはずだが、扉の間隔がやけに広い。

 友梨さんと湊さんが、それじゃあ、と言って部屋に入るのを見届けてから私は松岡くんに頭を下げた。


「ごめんなさい。まさかダブルにされてるなんて知らなくて、……ちゃんと取ったんだよ、シングル二部屋、だって、私と松岡くんが同じ部屋とか、駄目でしょ? ないでしょ? 有り得ないでしょ? えっと、今からもう一回フロント行ってくるね、空いてる部屋に私が行くから、松岡くんはこの部屋でゆっくり休んで、ね? うん、そうしよ、そうしよ、じゃ―――」

「別にいいですけど」


 フロントに向かいかけた私の腕を掴むのは、もちろん松岡くんで……。


「なに? え? 別にいいって? え?」


 松岡くんの言った『別にいいですけど』が理解出来なくて混乱する私に、松岡くんはそれ以上説明する気もないのか目の前の扉を開けて部屋に入った。


「ちょ、ちょっと待ってよ、だから、私が別の部屋にっ―――うわっ、ひろっ!!」

「広いから、だからいいですよ、一緒の部屋で」

「でも、でも、……え?」


 広いからいいの? と混乱する私を尚も引っ張って、部屋の真ん中に連れて来られる。

 右を向けばダブルベットが置かれ、左を向けば畳敷きの和室が広がっている。


「月見里さんはベットで寝てください。僕は多分……」


 そう言いながら和室の押入れを開ける松岡くん。


「ほら、ありましたよ布団。僕はこっちで寝ますから、ご心配なさらずそちらで寝てください」

「でも」

「もし友梨たちがこっちの部屋に来た時に月見里さんがいなかったら怪しまれますよ? それでもいいんですか?」

「それはそうだけど……。それだけじゃなくて付き合ってもない男女が同じ部屋って」

「なんですか? 襲って欲しいんですか?」

「違っ!」


 何故かじりじりと寄ってくる松岡くんから逃げるように後退る。


「別にいいじゃないですか。楽しみましょうよ、折角だし」

「だけど、私たち……付き合ってないから」

「じゃあ本当に付き合えば良くないですか」

「そっ、そんな事言わないで!」


 松岡くんは私の事なんて好きじゃないくせに簡単に言わないでよ。それに松岡くん自身にも自暴自棄やけくそにならないで欲しいと切に願う。


「残念。期待に応えようかと思ったのに」

「…………」


 その時、扉をノックする音が部屋に響く。急いで出るとそこには友梨さんがいた。


「彩葉ちゃん見た? 部屋の外に露天風呂付いてるよ?」

「え、そうなんですか?」

「そっちは夕飯の後に入ろうと思ってね! だから夕飯の前に、先に大浴場の方に行かない?」


 そういう友梨さんの手にはしっかり着替えの浴衣やらがある。


「はい、行きたいです! 行きましょ、行きましょ!」


 なんとなく気まずくて松岡くんを避けるようにお風呂に行く仕度をする。


「湊くんも行くって言ってたよ、歩も行くでしょ?」

「うん」

「じゃあ私たち、先に行って来るから」


 私は二つあるうちの一つのルームキーを持って友梨さんと大浴場に向かったのだった。





「あ〜気持ちいい〜」

「あ〜〜〜」


 大きな露天風呂に入り、腕や肩に手の平でお湯をかける。


「彩葉ちゃん」

「はい?」

「ありがとうね」

「何がです?」

「歩……」


 友梨さんは私の目を見て笑うとゆっくり空を見上げた。つられて私も見上げる。分厚い雨雲は残っているので、またいつ降り出すかは分からない空模様だった。

 まるでいつか見た泣きそうな顔の松岡くんの表情とこの空が重なって胸が痛くなる。


「私は何も……」


 出来ていません。むしろお節介だと思われてるくらいだし。


「そんな事ないよ。楽しそうだよね歩」


 それは友梨さんがいるからですよ、なんて言えなくて苦笑いになってしまう。


「歩まだ手作りとか無理? でもやっぱり彩葉ちゃんが作ったものなら食べるでしょ?」


 友梨さんは手作りが無理だってこと知ってるのか。そりゃ当たり前か。


「ああ、どうなんですかね。ダメだって聞いてるから作った事なんてないですよ」

「え? じゃあいつも外食? お互いの家に泊まった時とか、それじゃ大変じゃない?」


 そんな事したことないから分かりません。でも本当に付き合っていたらそういう事にはなるんだろうな、とぼんやり考える。

 そうなったらホントに大変だ。でも時々自炊していると聞いていたのをふと思い出す。


「……歩くん自分で作るから、私が作らなければいいだけで……」

「でも自分で作ったものを食べて欲しいとか思う時もあるでしょ? あのね私ね、歩に克服してもらいたいの。彩葉ちゃんだったら歩を克服させられるって思ってるの!」

「友梨さん、……でも私なんか」

「そんな事言わないで。お願いします」


 友梨さんに手を取られ、目をじいっと見つめられる。

 私が『お願い』に弱い事をまるで知っているかのように、友梨さんはもう一度、お願い彩葉ちゃん、と言ってきた。


「……はい」


 しぶしぶ頷く私の返事に友梨さんは両手をあげて子どものように、ヤッター、と喜んでいる。

 だけどまたそれも松岡くんにとってはお節介、余計なお世話になるだけだと思うと気が重かった。



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