第3話

 翌日、パソコンに向かっている私の隣から何度も視線を向けられる。


「結城さん? どうした? どこか分からない?」

「はい。分かりません」

「どこどこ?」


 早く質問してくれれば良いのに、と思いながら結城さんの手元を覗き込む。けれど、ぱっと見では出来ているように見えるのだが……。


「月見里チーフ、私の気持ちに気付いてましたよね」

「へっ?」

「それならそうと言ってくれたら、……私一人でバカみたいじゃないですか……」

「え? あ、あーー、ごめん」


 結城さんが言いたいのは私と松岡くんの関係だろう。付き合ってるって早く言ってほしかった、と言う意味に聞こえた。

 でも、フリなの。期間限定なの。……なんて言えないし。

 友梨さんたちがアメリカに行って、私と松岡くんの関係も解消したらまたアピールしてもいいんだよ、って今は言えないけどね。

 そう思った瞬間、胸が痛くなる。

 なんだろう、この気持ち……。

 分からない気持ちに胸が痛む。分からないけど、でも確かに小さく『嫌だな』と感じた事は分かった。


「月見里チーフすみません。それだけどうしても言いたかっただけで。早く教えてくれたら良かったのになって、昨日からずっとモヤモヤ考えてたから。それから知らなかったとは言え色々すみませんでした。……よし! 仕事頑張ります!」


 笑顔で切り替える結城さんに驚きながらも「ごめんね、ありがとう」と返し、またパソコンに向かった。




 上の棚にある資料のファイルに手を伸ばしていると、後ろから来た手にそれを取られる。


「これ?」


 ビクリと肩が上がる。今までこんな反応したことなかったのに、昨日の話しを思い出して……、この声は、私のことを好きな……


「カワベ、アリガト。ソレ、ソレ!」

「そんな反応されると、ちょっと切ないんだけど。いつも通りフツーに頼むよ?」

「ご、ごめん。うん、フツー、フツー、アリガト、アリガト!」


 川辺の手からファイルを受け取ると私は後ろに足を二歩下げた。早く進行方向に向きを変えればいいのだが、私はそのままもう一歩後ろ向きに足を下げたために、そこにいた人物に気付かず背中からぶつかってしまう。


「危ないですよ、ちゃんと前を向いてください」

「ごめん! 大丈夫?」


 後ろから両肩を支え倒れないようにしてくれているのは松岡くん。覗き込むように顔をうかがわれてその近さにドキっと胸が鳴る。


「僕は大丈夫です。月見里さんは?」

「だっ、大丈夫です」


 声が上擦る所に、川辺からイチャ付くなと、呆れた声が飛んで来て慌てて松岡くんから離れる。


「あーあ、残念」


そう小さく呟く松岡くんに、残念じゃないと返して自席に急いで戻ると結城さんに冷ややかな目を向けられ咄嗟に謝る。


「すみません」

「いえ」


 私はその週ずっとそんな感じだった。



 金曜、恒例の【みやびの日】

 陽菜と一週間の疲れを乾杯に変えると、カクテルに口を付けた陽菜が、それで? と聞いて来る。


「ん? なにが?」

「とぼけないでいいから、川辺もあんたも何かおかしくない今週?」

「げっ」

「げっ、て何なの? 言えないこと?」


 陽菜に正直に打ち明けるか悩みつつも、川辺との事は話す事にする。


「川辺が私の事、……その、……」

「とうとう告白されたの?」

「えっ!? 知ってたの!?」

「うん」

「いつから?」

「えーー、入社してすぐくらい?」

「えっ……」


 陽菜は何だそんな話しか、と言わんばかりにカクテルを飲み干して高い声で雅くんを呼ぶ。


「雅さん、これ美味しかったです! 同じのまたもらっていいですか?」

「良かった〜、陽菜ちゃん好きだと思ったんだよね! ちょっと待っててね!」

「お願いしまーす」


 雅くんの背中を追う陽菜が、はあ、と熱い溜め息をこぼす。


「雅さん、今日も格好いい……」

「陽菜のタイプってあんなの?」

「あんなの、って言わないでよ。格好いいでしょ!」

「まあ、……そうかもね」

「雅さんのタイプってどんな女の子かな?」

「さあ? 知らないけど? 聞いてみる?」

「えっと、今日はまだ駄目。心の準備が出来てからにして!」

「はいはい」


 それから雅くんが、お待たせと言って陽菜にカクテルを出す。それを受け取る陽菜はいつもより少し可愛くて、乙女だなと感じた。



 スマホが鳴っていると気付いたのはベッドの中。カーテンの隙間から雨が降っているのが見える。どうりでぼんやり暗い訳だ。スマホ画面の右上に小さく『10:03』と表示され、ど真ん中には見知らぬ番号がある。


「ん? 誰?」


 通知ボタンをスライドさせて、はい、と出る。


『あ、彩葉ちゃ~ん! 友梨です。歩の姉の松岡友梨です』

「えっ、友梨さん?」

『おはよう、突然ごめんね。今大丈夫だった?』

「はい」

『歩から聞いたよ、彩葉ちゃんがまた遊びたいって言ってくれてるって』

「ああ、そうなんです。でも友梨さんたちが忙しくなければ……」

『うん、じゃあ来週の日曜日にする?』

「来週の日曜日?」

『あ、ダメだった? じゃあ……』

「いえ大丈夫です。予定ないので来週の日曜空いてます!」


 私がそう言うと友梨さんは本当に嬉しそうなのが分かる声で、良かったというと今度はどこに行くかという場所決めに話が移る。

 無難なデートコースを二人で羅列してくと電話の向こうで友梨さんが、全部行きたいな~、と言い始める。


「じゃあ来週は遊園地にして、また四人の予定があう日に違う所もいきましょうよ?」

『そうだね! 日本にいる内に日本で行きたい所は全部行こうね! あっ、……そうなると、泊まり掛けで遠出もしたくなるよね~?』

「いいですね! 温泉とか?」

『温泉! 行きたい、行きたい。なんなら彩葉ちゃんと二人でもいい!』

「ははっ、友梨さん。そこは私より湊さんとじゃないんですか?」

『そうだよね、彩葉ちゃんだって歩と一緒じゃなきゃ楽しくないよね……』


 それはないです、と友梨さんに向かって否定できない私は「じゃあやっぱり四人で行かないとですね」と濁したのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る