第15話 死者は隠蔽される

サトミは山を下ると森を出て、師団の駐屯地ちゅうとんちに向けて夜の荒野をポツポツ歩き出した。

空には満天の星が広がり、赤ん坊がおしっこしてじんわりしばり付けていたカーテンをらす。


「あー、やりやがったなー、アハハ!マジかよ。」


サトミが笑って、仕方ないのでそのまま歩き続ける。

広がる荒野は、キラキラと星が降りそそいでいる。

チカチカまたたいて、二つ流れ星が流れていった。

願い事なんて、今は何も浮かばない。

空虚くうきょな心に、軍に入って心の中の何かが死んでしまったような気持ちにらわれた。


赤ん坊は、静かに眠っている。

もう、泣き疲れたのかもしれない。

月明かりに照らされてみると、小さな口がもぐもぐ動いて、フフッと微笑んだ。


「ああ……空が綺麗だ。


綺麗だよ、なあ………


なあ、星って音も無く光ってるだろ?

俺は目が見えて、初めて夜の空がこんなに綺麗だって、知ったんだ。

だからな……

だから、俺は、入隊したこと後悔してない。後悔なんか、するもんか。


でも…な…………俺は…………」



やがて車のライトが見えて、チカチカとこちらに点滅した。


「あれ?サイじゃん?」


「おーい!普通のガキ!無事だったかー?!」


声が小さく耳に届き、車が走ってくる。

サトミは子供を包むカーテンを外すと、ついた血をかくすように丸めて背後に捨てた。

車が目前まで来て、ハンドライトでこちらを確認して手を上げる。

サイが駆け寄ってきて、うれしそうな声を上げた。


「まさか、ほんとに生きてるなんてな。そっちも敵、来なかったのか?

こっちは結局、敵と蜂会はちあわずに無事森を出たぜ。ヒヤヒヤだったけどな。

よーし、よし、頑張ったなー。お母さん待ってるぞ〜。」


子供を差し出すと、サイが子供を防寒シートでくるんで受け取る。

サイはハイで声が浮かれている。

結局みんな無事で終わって、ホッとしたのだろう。


「ああ、来てくれて助かった。みんな無事なら、それでいいさ。」


ライト一本の暗闇の中、車に乗り込み一息つく。


黒い戦闘服で良かったと思う。

俺は今、きっと血だらけだ。

首元の迷彩のストールも血の匂いがする。


いいや、サトミの身体は血の匂いでむせるようだった。

走り出し、窓の下ろせない車内に血の匂いが充満じゅうまんし、サイが気付いて急に黙り込む。

彼の顔を、見ることは出来なかった。


サトミの目に涙が、


次々と涙があふれてこぼれた。


小柄こがらの彼の、小さな肩がふるえ、ギュッと握りしめた手で顔をおおう。

やがて、嗚咽おえつがこぼれてきた。


「父さん……


父さん…………母さん…………


ううっ、うっ、うっ………」


初めて黒蜜くろみつを抜いたあの日、

一緒にいた近所のおじさんが撃たれ、怒りにまかせて人に向けて初めて黒蜜を抜いた。

そうして強盗を倒した時は、父さんにめられるかと思ったら、驚くほど激しく怒られた。

お前の本気は普通じゃ無い、2度と本気を出すなと。


人を殺すという事が、どんなものか目で見るまではわからなかった。



俺は…


俺は……


戦争で、俺は……


これから何人殺すんだろう……


「くそう……くそう……畜生ちくしょう……畜生……


くそう……クソったれ……ううううう…………ううっううっ……」



あの人に、はめられたのがくやしくて、そうするしか手が無かったのがくやしくて、

俺の存在が原因で、何も知らずに死んだ奴らにゴメンと何度もあやまるしかなかった。

あいつらは、こんな事で死ぬ為にきたええてきたんじゃない。


汚い……汚い……汚い……


甘かった、俺は大人のズルさを甘く見ていた。


駐屯地ちゅうとんちに着くまで泣いて、泣いて、サイが頭をでて、肩を何度も叩いてくれた。


駐屯地に着くと、黒い戦闘服を脱いで、シャワー浴びてだぶだぶの服を借りる。

刀は見たことも無いほどひどい状況で、サビが来ないようにさやまで分解してすべて洗浄した。


この戦闘服は、もう2度と着たくない。

翌日つらい思い出を燃やすように、黒い戦闘服にガソリンかけて派手に燃やし、備品を故意こいに処分したとかで始末書と反省文書かされた。


俺の所持品は全部黒服エンプティ野郎が持っていたので、黒服の代わりの奴が来るまで3日借りた私服のだぶだぶの服のまま、サイと一緒に駐屯地で過ごす。

いっそ逃げようかとも思ったが、実際何もやる気が起きなくて、残り少ないキャンディーでいら立つ気持ちを誤魔化ごまかしていた。




夫人救出の翌日、

山には黒い戦闘服の部隊が、南北双方から多数のトラックに分かれて遺体回収に来ていた。

数を確認し、山小屋に一旦遺体を運び込む。

南のサトミが通ったルートは、いたる所に遺体が残っていて、二人がカメラを持って周囲を撮影していた。


状況を撮影し、遺体に番号を振って記録し、位置と写真を撮って袋に入れて回収する。

カメラを持っていた一人が、ヘッドホンからマイクを出して指示をあおいでいた。


「ボス〜、全部見るんですか?え?マジ?

これ、やったのナイフ部隊ですか?え?5人くらいかなあ〜…違う?


うーん、こんな状況初めてで良くわからねえですよ。

足跡そくせきがですね、わかりにくいんですよ。

体重が軽いんですかね、女?えー、教えて下さいよ、ボス。」


常に笑ったような顔をした、まだ18、9の男が、ふと部下をにらむ。


「ルイズ,その死体袋、番号札忘れてるぞ。

簡単な作業で間違えるな。二度目は無いと思え。」


鋭い視線に、ルイズという部下が青い顔で慌てて身を起こし、深々とお辞儀する。


「もっ!申し訳ありません!」


緊張する部下に手を上げて返し、通信を続けていると、一人走ってきて敬礼した。


「隊長、生存者が一人いるそうです。意識状態はレベル300。」


「300?」


硬直こうちょくがきてません。それだけです、助けますか?」


「ボス、一人生存、レベル300。どうします?……はい、了解。」


笑い顔の男が、部下に手で合図する。

部下はうなずき、敬礼すると走り去った。しばらくすると、銃声が響く。

男が胸に十字を切って、脇の死体を映し、しゃがみ込んで傷を確認した。


「見てくださいよ、これ、一撃必殺ですよ。

争った痕跡もない。

死んだのも気がついてないんじゃ無いですかね。

得物えものは…サーベル?じゃないよなあ。細くて刃渡りずいぶん長いですね、なんだろう?」


ヘッドホンから、ブラックなボスの声がする。


「え?上物じょうものってなんです?あー?もしかしてあれですかね〜

あ、ヘリが来たので声が……」


上空に、輸送用のヘリが来た。

これから遺体を釣り上げ、第一師団の本部基地に輸送する。


死んだ者は隠蔽いんぺいされ、生き残った者は功績こうせきを残す。

こう言う作戦は、どちらが悪いというものじゃ無い。

どちらも味方で、どちらも敵だと言われている。

意味があるのか無いのかは、上の判断することだ。


大きなホバリング音に、ボスの声が遠くなる。

恐らく自分の声も、届かないだろう。


笑った顔の男は、立ち上がると周囲をゆっくり見回し目を閉じた。

目を開くと、その顔から笑顔が消える。

暗い声で、つぶやくように言った。


「ボス、新入りのテストに兵隊使わないでくださいよ。

俺、ボスを殺したくなっちゃいますから。


いつか………


いつか殺してやるさ、首洗って待ってろ。」


ボスが、何か言ったような気がする。

笑い顔の男は、ヘッドホンを外して首にぶら下げ、足下の遺体を見て舌打ちした。

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