速達配達人 ポストアタッカー 3 〜外伝 キラキラ星を歌う夜〜

LLX

第1話 誘拐事件

ゆったりしたリムジンの中で、その女性が大きなお腹を大事そうにでると、横にいた男の子が一緒に撫でる。

とても嬉しそうに男の子が耳を当てると、中でピクリと動くものを感じて、明るい顔で母親に声を上げた。


「動いた!動いたよ!ママ!もうすぐ?」


「そうね、もうすぐよ。もうすぐお兄ちゃんね。」


「うん!僕、お兄ちゃんになったら、今よりもっとママのお手伝いするね!」


嬉しいのか、息子は兄になる心構えで何度も大きくうなずいている。

ふと、母親が口元を押さえ、車窓を向いた。


「窓を開けてもいいかしら?少し気分が……」


向かいに座るSPが、困った顔をして看護婦に目をやる。


「では、ほんの少し。」


「ええ、ごめんなさい。」


風を入れようと、窓際の看護婦が窓を少し降ろす。

車が馬を避けてスピードを落とし、窓から風が吹き込んで、女性が乱れた髪を耳にかける。

一息つくと、繊細な刺繍ししゅうのゆったりした絹のブラウスが風に揺れて、豊かな胸に張り付いた。


突然、車が急ブレーキをかける。


「奥様!頭を下げて!」


SPが、瞬時に緊張して夫人に頭を下げさせた。

夫人が隣の息子をかばいながらシートに頭を下げる。


バンッ!バンッ!


大きな銃声が響き、ドアを撃ってくる。そして開けた窓から銃口が差し入れられた。


「ひっ!」


ゲリラだろうか、マスクをした男たちがそれぞれ銃を持ち、車の周囲を囲んでいる。


「降りろ、夫人に用がある。子供に用は無い。

そっちの女は側近か?夫人は臨月りんげつのようだな、あんたも来てもらおうか。」


手を上げて、悲壮ひそうな表情で看護婦が夫人と顔を合わせる。


「ママ……」


息子にしっと指を立て、看護婦に目配せる。

看護婦が、あきらめたように首を振ってうなずく。

夫人は目を閉じ、大きく息を吐いて息子を1度抱きしめ、意を決して車を降りた。





「変わったガキがさ、今、第5歩兵師団にいるらしいぜ」


終戦がまだ見えない中、戦況は泥沼の様相ようそうていし、政府軍は反政府ゲリラとの戦いにくわえ、暗躍あんやくするテロリストグループと、それを壊滅かいめつしようとする国連軍の戦いも加わって混戦模様をしめしている。

すでに戦争が日常になって、戦死者も増加の中、最近は少年兵の姿もちらほら見かけるようになった。

ここ、第11歩兵師団は前線から離れているので、師団本部では兵教育が主な任務で細かく細分化されている分隊も、ほとんどが予備部隊だ。

ケガをして、前線を離れ療養りょうようしている兵士も多い。彼もその一人だった。


「どう変わってるんだ?」


「さあ、ずいぶんちっこいガキらしいんだけどさ、イレギュラーで特別扱いだとよ。

第5の前もどっかにいたらしくて、ポッと来て作戦活動参加して、サッと消えちまうんだと。

なんでも付き人までいるらしいぜ。」


「付き人〜??なんだよそれ。」


「さあな」


サイ軍曹が、兵卒の訓練をながめながら伍長と駄弁だべっていると呼び出しを食らった。

彼は作戦行動時に負傷して、その後部隊が再編された為に今は下級兵の指導に当たっている。

それが、なぜいきなり今更司令部に呼び出し食らうのか不思議に思っていた。


司令の部屋に入る前、オリーブ色の戦闘服を叩いて直しノックする。


「サイ・ロイン軍曹であります。」


部屋に入ると、敬礼して言葉を待つ。

大尉がなぜか渋い顔でその後ケガの様子はどうかと聞いてくる。


「もう、ずいぶん前に治ってますが……」


「そうだったな……うむ、貴様に一つ仕事が来ている。」


「仕事?はあ、何でしょうか?」


コンコン

ノックがして、秘書官がドアを開けると、ヌッと無表情の黒服スーツの男が現れる。

チラリとサイを見ると、後ろを振り返り誰かに来るよううながした。


サイが驚いて大尉の顔を見る。

入ってきたのは、男の胸までくらいしかない小さな男の子だ。

ダブついた黒い戦闘服に、ナイフベルトに10本くらい小さなナイフを刺している。

銃は持たず、あとは迷彩のスカーフを首に巻いてゴーグルをぶら下げ、後ろの腰にサバイバルナイフと背中に長い棒を背負っていた。


「少年兵?ですか?」


サイが思わずつぶやくと、男がじろりとにらむ。

思わず姿勢を正し目をそらした。


「彼は現在訓練中の少年兵だ、名はSと…」


「サトミだ、サトミって読んでくれ。ガキでも何でもいいや。

AとかBとかSとか、俺はそんな名前、もうウンザリだ。俺はサトミだ。」


黒服が眉をゆがませ、サトミをにらむ。

子供はタフなもので、知らん顔だ。


「これからある作戦に、彼と一緒に参加してもらう。

極秘任務なので、他言無用たごんむようだ。

軍曹には彼のサポートと、監視を願いたい。」


「ヘッ、本人の前で監視とか言うな。クソ野郎。」


黒服は眉をひそめると、サイに彼を逃がすな、作戦後には報告を願うとげて、子供を置いて部屋を出て行く。

あとに残った少年は、サイを見るといたずらっ子のように白い歯を見せてニッと笑った。

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