第6話 転機


〈腰部ケーブル001~387破損〉


 黒鬼の巨体が浮き上がる。


 ネオンの二本の触手が黒鬼の腰に巻き付いているのだ。


 しかし、腕の自由がまだ利くのは好機と言えよう。


 トオルはしっかりと奴の弱点に狙いを定める。


『トオル特務!』


 谷が気づくと同時に、ライフルは吹き飛ばされ、代わりに残りの触手が黒鬼の腕を捕らえていた。


「……畜生」


 完全に動きを止められた。これでは殴ることも武器を受け取ることもできない。万事休すか……。いや、待てよ。


 トオルは一度状況を整理した。掴まれているのは腰・両腕。おかげで武器をもらうことができなければ、殴ることもできない。


 だけどそれは身動きができないわけではない。


 トオルの考えとシンクロして、黒鬼の脚が上下に動き始める。


『一体、何をする気です?』


 シオンの問いにトオルは自信満々で答えた。


「振り解きます」


 黒鬼の脚の揺れは次第に大きくなる。その揺れは巻き付く触手にも伝導し、浮いている黒鬼の体も空中で大きく揺れ始めた。


 ついに揺れはネオン本体にも辿り着き、体勢を保てなくなったネオンはコンクリートを破壊しながら倒れた。その衝撃で黒鬼に巻き付いていた触手も解けていく。


「よし! 上手くいった」

『この人が、黒鬼が選んだパイロット……。信じられないわ』


 運よく落ちたところにさっきのライフルも転がっていたため、すぐさま手に取り、起き上がる。


 ネオンも既に体制を元に戻していた。


 焦るな、とトオルは自分に言い聞かせる。もう一度ライフルを構え、照準の奴の弱点に。


 真臓が照準の真ん中にハマる。


「ここだ!」


 引き金を引く。


 発砲音はしない。ネオンも倒れない。


 何度引き金を引いても同じだった。


『さっき落とした衝撃で破損しています! 今すぐ次のものを支給するのでそれまで耐えてください!』


 そんなシオンの命令をトオルは聞かなかった。


 次の支給を待っていれば、街の破壊は進む。早くケリをつける必要があるのだ。


「ボロで充分です。戦えます」


 黒鬼はライフルを持ったままネオンに向かって走り出す。


 四本の触手が順に襲い掛かってくるが、軽快なステップで見事にそれらを躱した。


 そのまま勢いを緩めることなくライフルの先端がネオンの胸部に刺さった。


 ネオンの触手が再び黒鬼の腕に絡みつく。


〈両腕ケーブル700まで破損!〉


『無茶です! 次を待ちましょうよ!』

「あと……少し!」


 まだ動ける足で地面を強く蹴り飛ばす。


 その勢いでライフルが貫通。


 巻き付いていた触手が力を失くしたように離れていき、ネオンも足元から崩れ落ちた。


『……目標活動停止。シグナル完全に消失しました。殲滅完了です』


 震えるシオンの声を聞くと、トオルの緊張も解けた。


 ステレオ越しに歓声が聞こえる。


 きっと本部の人らもこの奇跡に驚きつつも喜んでいるのだ。


 トオル自身も心から安堵していた。


 勢いで乗り込んだゾルダキルで脅威に立ち向かい、勝ったのだ。





 戦闘終了後、黒鬼の機体は回収された。操縦していたトオルは特例で一度、ヴセア本部へ召喚されることとなった。


 ミオやユウヤの無事を確認してからが良かったが、本部へ行くことが先らしい。


『まもなくヴセア本部です』


 艦内にアナウンスがかかり、トオルはクルーに案内されながら船を降りる。

航空艦艇の格納庫は今まで見た建物の中でも一番大きい気がした。空のように天井は高く、壁も遠い。


 屋外にいるような気分になりながら、金属の床を踏んで歩く。それからしばらく歩き、「ここだ」と案内されたのは谷との通信でちらっとだけ見えていた戦闘課本部管制部ルームだった。


「あ! トオル君! 着いたね!」


 中に入るなり駆け寄って来たのは、例の谷シオンだった。白を基調とした軍服の様なヴセアの制服。胸元には戦闘課を示すバッジをつけ、金髪のショートカットを揺らしながら、トオルをここまで案内してくれたクルーに頭を下げる。礼儀正しい人だ。


「ここからは私、谷シオンが案内を引き継ぎます。改めてよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 初めてのヴセア、ましてや本部、ましてや戦闘課に緊張し声が少し震えてしまう。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。何て言ったって、黒鬼を動かしてハイタカ艦隊を破ったエレメントを倒した素人中学生という肩書を持ってるんだから。トオル君はこの国のヒーローです。もっと堂々とちゃって」


 シオンに言われて、改めて自分はとんでもないことをしたのだなと実感する。本当にゾルダキルに乗って、エレメントを倒したのかと、夢だったのではないかと思っていたが、誰かに言われることで現実味を感じられた。


「本部管制班の佐藤総班長がお呼びです。二階の会議室まで案内するので、着いて来てください」


 トオルはそのシオンの背中を追う。後ろ姿でもわかるくらい、小柄ながらスタイルが良い。と、歩きながら考えていると、


「変な目で見ないでよ」


 シオンが突然振り向いて来た。


「見てませんよ!」

「まあ、男子中学生だからね……逆らえないものがあることは理解するしかない」

「だから、ちが――」

「はい着きました。ここが第二会議室です」


 シオンはトオルの弁解を無視し、扉の前に立つ。そして人差し指を口に当て、静かにするように目でトオルへ伝える。


「冗談だよ。緊張をほぐそうと思っただけだから」

「そうだったんですか……ありがとうございます」


 妙な罪をかけられずに済んだことにトオルは胸を撫で下ろした。彼女のおかげで緊張も完全にしなくなっていた。


「それじゃあ開けますね」


 シオンが首からぶら下げているカードパスで解錠し、スライド式の扉が開かれる。


 中に進むと、長机の周りを四人の男が囲っており、そのうちの一人はトオルも見たことがある人物だった。その男は重そうな腰を持ち上げると、ゆっくりトオルへ近づいてくる。


「有野トオル君。歓迎させてくれ。我が英雄よ」


 戦闘課本部管制班の総班長・佐藤が両手を広げて迎えてくれるが、さすがにそれには応える気にはならなかった。一歩下がり、挨拶をするだけにしておく。


「こんばんは」


 佐藤はそのトオルの態度を特に気に留めることなく、話を続ける。


「早速だが、紹介したい人たちがいる」


 そう言って佐藤が示したのはもう三人の男だ。一人が立ち上がり、深々と一礼してきたのでトオルも返す。


「有野トオル君だね。僕はパク・ジュンヨン。ヴセア戦闘課総課長を務めていて、ゾルダキルオン一番機・赤鬼のパイロットもやらせてもらってる。君の活躍は中継で見ていたよ。素晴らしい才能だ」

「ありがとうございます」


 青みがかった黒い前髪が揺れる。心優しそうな人相の彼が戦闘課の総課長だという。まだ若そうだが、相当の実力を持っているのだろう。


 続いてその隣の男は立ち上がらずに口だけを動かす。長い足を組んで浅く座る姿からいい印象は受けない。


「アヅチだ。二番機・青鬼のパイロットをしている。よろしくな」


 口調も丁寧ではない。白い髪をオールバックにしており、顎髭も生やしている。この人が青鬼のパイロットなのか。


 最後の一人は腰を上げ自己紹介をしてきた。


「徳田マサキだ。二人に比べたら肩書は見劣りするが、エレメントキラー隊の隊長をしているんだ。よろしくな」


 丸刈りの頭、筋肉質とは言い難くもしっかりとした体つきの彼は、いかにもオールラウンダーという印象だった。


 それにしても、総課長、パイロット二人、何とか隊の隊長という大物そうな人物たちがここに?


「単刀直入に言う。有野トオル君。君には今すぐヴセアに入隊してほしい」


 ジュンヨンから出された言葉にトオルは耳を疑った。


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