うた(と殺戮)のおにいさん

北 流亡

うた(と殺戮)のおにいさん

「みんなー! げんきかなー!」


 夜の埠頭の静寂を、快活な声が切り裂いた。


「ひろきおにいさんは、げんきげんきー!」


 脇坂は声のする方を見て、眉を顰めた。淡い蛍光色のジャージを着た男が、立っていた。


「若頭、始末しやすか?」


 田渕が狼狽した様子で言う。脇坂は黙ったまま顎をしゃくる。

 麻薬ヤクの積み下ろしをしている最中だ。それを見られたからには、誰であろうと生きて帰す訳にはいかない。わざわざ、口に出すまでも無い。

 田渕は小走りで闖入者に近づいて、懐から拳銃を取り出す。瞬間、田渕の首が飛んだ。"ひろきおにいさん"の上段蹴りが、首を薙いでいた。脇坂の眉が動く。少なくとも、一般人カタギでは無さそうだ。

 脇坂が手を挙げる。コンテナの影、倉庫の裏、埠頭中に潜んでいた部下が一斉に飛び出し、銃口をひろきおにいさんに向けた。


「ぐーちょきぱーで♪ ぐーちょきぱーで♪ なにつくろー♪ なにつくろー♪」


 ひろきおにいさんは、唐突に歌い出した。全員が、虚を突かれる。引金にかかった指が止まっていた。


「みぎてがぱーで♪ ひだりてがぱーで♪」


 潮風に混じって、火薬の匂いが鼻を突く。脇坂は、咄嗟に飛び退った。


「だいばくはつ♪ だいばくはつ♪」


 轟音。船から火柱が上がった。脇坂の背中に、じわりと汗が滲む。末端価格で10億円は下らない量の麻薬。それが、灰になろうとしている。


「山中ァ! 火を消せ!」

「へ、へい!」


 部下全員が船に向かって駆ける。その動線を塞ぐように、ひろきおにいさんが、立ちはだかった。


「ぐーちょきぱーで♪ ぐーちょきぱーで♪ なにつくろー♪ なにつくろー♪」


 銃声が轟く。脇坂が引鉄を引いていた。部下達も続いて発砲した。視界が遮られるほどの硝煙が、巻き起こっていた。

 煙が、引いていく。ひろきおにいさんは、変わらずに立っていた。部下達が一様に騒つく。脇坂はひろきおにいさんの額に向けて銃弾を放つ。2発。2発とも、すり抜けていた。


「銃弾を、躱しているだと…」


 脇坂の背中を冷たいものが走る。部下達は全弾を吐き出す勢いで発砲を続ける。一向に、当たる気配はない。


「みぎてがパーで♪ ひだりてがチョキでー♪」


 ひろきおにいさんは、右手の上に左手を重ねる。


「だんとうだい♪ だんとうだい♪」

「だんとうだい?」


 山中が首を傾げる。脇坂の全身に怖気が走る。即座に、地面に伏せる。


「あ、そうか!断頭台か!」


 山中は手のひらの上に拳をぽんと乗せる。突風。宙空を疾駆する。山中の首が、宙を舞っていた。脇坂は周囲を見渡す。部下全員の首が、地面に落ちていた。


「う、うわあああああ!」


 脇坂は、走った。全力で逃げた。恐怖が、脇坂の足を急かした。

 爆風。背中を押した。燃料に引火した船が、爆発していた。


 ほうほうの体で、脇坂は車に乗り込む。アクセルをべったりと踏み込む。バックミラー越しに、ひろきおにいさんが向かって来るのが見える。どんどんと近づいてくる。車が、動き出す。ひろきおにいさん。距離が詰まってくる。エンジンが悲鳴のように唸る。加速が、もどかしい。ひろきおにいさんの手が、トランクに伸びる。車が急加速する。車を掴もうとする手が、空を切る。景色が速くなる。バックミラー越しのひろきおにいさんが、みるみる小さくなっていく。

 港から、あっという間に遠ざかった。心臓が、五月蝿いほどに鳴っていた。汗が、びっしょりと、全身を濡らしていた。

 煙草を吸おうとした。ライターが、点かない。手の震えが、止まらなかった。脇坂はライターを放り投げる。

 港で何が起きたかは未だにわからなかった。しかし、取引は失敗した。それだけは事実だ。まずは報告しなければならない。電話に手を伸ばす。


組長オヤジ、聞いてくれ。取引は失敗した。邪魔が入った。警察マッポじゃねえ、ジャージを着た男が」


 脇坂は言葉を失った。

 ひろきおにいさんが、車の屋根から、フロントガラスを覗き込んでいた。眩しいほどの、笑顔であった。


「たいそういくよー! きょうりゅうたいそうだー!」

「ひいいいいいいい!」


 悲鳴が、夜に響き渡る。

 ひろきおにいさんは、右腕を振り上げる。


「こどもざうるす、どっしーん!」


 金属がめりめりと無理矢理に曲げられる。脇坂の股間は濡れていた。


「おとなざうるす、どっしんどっしーん!」


ひろきおにいさんが左腕を振り下ろす。

車は、紙屑のように潰れた。







  終

制作・著作

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 MHK

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うた(と殺戮)のおにいさん 北 流亡 @gauge71almi

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