7日目
目覚めると太陽光に包まれ「今日も一日頑張ろう」という気持ちになった。
いや、なる筈だった。予想とは打って変わって、目の前には彼女の顔があった。
「えっどういう状況?」
思わず呟いてしまった。すると眠っていた彼女が
「うーん? あと5ふんー」
と寝言を漏らし、再びすやすやと寝息をつき始めた。
彼女を起こさないように周りを見渡す。
どうやらここは彼女の部屋のベッドの目の前のようだ。
だんだんと記憶が戻ってきた。
そうだ結局彼女が一日中起きてこなかったから不安になって、彼女は生きていると確信したくて。
眠り続ける彼女の隣に居たくて。後先考えずに彼女の部屋に入り、彼女の寝息を聞いた瞬間に体から力が抜けていった。
どうやらそのまま眠ってしまったようだ。
忍足で彼女の部屋を抜け出す。
そっと扉を閉め、ソファーに腰を下ろす。
スマートフォンのニュースを流し見つつ徐に時計を確認すると、AM2時。窓の外は昨日の雨が弱まり、パラパラと小雨が降っている。
「あぁ、今日が最後か…」
なんだか釈然としないことだが、不思議なことに不安は感じなかった。
今日はどこへ行こう。
今日はどんな話をしよう。
あと何回、彼女と笑い合えるだろう。
限られた時間で、何が出来る?
「そうだ。あそこなら……」
思いついた計画を、冷蔵庫の中にある残り物で料理を作る感覚で形にしていく。考えが纏まったところで、僕の意識は途絶えた。
***
外から聞こえる小鳥の囀りで目を覚ました。時間はAM11時。
完璧すぎるタイミングだ。計画の出だしは順調。
この後彼女を起こして、朝ご飯の支度をして、あの場所へ向かう。
街を一望できるあの丘へ。
彼女の部屋の扉の前に立ち、起きていないかドアに耳を当てて中の様子を窺う。
予想通り物音一つしない。ならばと遠慮なく扉を開く。
すやすやと眠る彼女を揺さぶり、薄目を開けた彼女を起こす。
「起きろー今日は出掛けるよ。準備してー」
「うーん? どこ行くの?」
「着いてからのお楽しみ」
「ふーんじゃあ起きよっと。着替えて下降りるね」
「了解。朝ご飯作って待っておくよ」
「はぁーい」
ご飯を炊いていなかったので、トーストを作る。
丁度焼き上がるタイミングで彼女が降りてきた。
砂糖を振って少し遅めの朝食をテーブルに並べる。
眠目を擦りながら彼女が席に着き、一足先に食べ始める。
テレビでは天気予報が流れている。今日は快晴だそうだ。よし、完璧だ。
天気は賭けだったが、当たったようでよかった。
黙々と食べ進め、食べ終わったら出掛ける支度を始める。とは言ってもあまり必要なものはないのだけど。
ふと思った。
もし彼女が消えてしまったら、彼女の部屋は、僕の中の記憶は、一緒に過ごした記憶はどうなってしまうのだろう。
もし消えてしまうなら、彼女の存在がとても脆く、弱いような気がしてきた。
そんな暗い思考を遮る様に、彼女は準備を終えて降りてきた。
「さて、そろそろ行こうか」
「うん。どこいくのか分からないけど。まぁ楽しませてねっ!」
「オーケー期待しといて」
大口を叩けるくらいには良い場所なんだが、彼女は気に入ってくれるだろうか。
勿論今日を選んだのにはちゃんと理由がある。
実は今日は母親の命日で、彼女のためというよりは僕のためだ。
電車に揺られることおよそ1時間。
街を見下ろせる良い場所なのだが観光客も、地元の人もいない。
それもそうだろう。こんなにも寂れてしまった都会の景色を誰が見たいと思うだろう。
でもここは僕と母親と父親で来た、最初で最後のお出掛けをした思い出の場所なのだ。
だから人も来ないようなこの丘に母親の墓を作った。
(母さん。今年もきたよ。彼女ができたんだ。そう、隣にいてくれる人だよ。母さんに紹介してあげたかったな。そういえば今日は流星群だって。ここで彼女と見るつもりだから、もしそこに母さんがいるなら隣で一緒に見ようよ。待ってるからね)
ここが母親の墓とは彼女には言わず、ピクニックとだけ伝えて木陰で休む。
ジリジリと照りつける太陽の下で、用意しておいたサンドウィッチを頬張る彼女は、どう見ても故人とは思えない。
でも確かに彼女は死んだ。しかも11年前の今日に、僕を庇って。謝るべきだろうか。
ほんの一瞬だけでも、彼女の目の前で「生きること」を諦めたことを。
悶々とした気持ちを抱えていると、彼女が視線に気付いたのか
「どうかした? もしかしてサンドウィッチ……食べたかった?」
なんの話だろうと思い弁当箱に視線を移すと、弁当箱の底が見える。
「ご、ごめん。美味しくてつい……。か、代わりになるもの……代わりになるもの……うぅー何も無いよぉー」
「いや、それは良いのだけど……今の一瞬で全部食べてしまうとはな。予想外だった。もっと作れば良かったね」
「うぅ、恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして蹲る彼女がなんだか面白くて笑った。
「むぅーそんなに笑わなくても良いじゃんかー」
と言いつつ、耳の先まで赤くなった彼女も笑っていた。
暫く笑い倒したあと、持ってきたバトミントンで遊んだり、キャッチボールをしたり、疲れれば思い出話をして日が暮れるまで過ごした。
***
夜が耽り、街が輝き出した頃。僕らは街の光が届かない丘の上で、文字通りの満天の星空に圧倒されていた。
「うわぁー凄い。綺麗だねー」
「う、うん。想像以上だよ」
「そうね。綺麗ね。まさか息子とその彼女さんと、こうして流星群を見ることができるなんて夢みたいだわ」
聞き覚えのある、でも彼女ではない声が聞こえた。
「え? 母さ!?」
「そうよ母さんよ」
そこには母親がいた。
「へぇーこの人があなたのお母さんなのね。こんばんは。私月本陽奈乃と申します」
「あらあらご丁寧にどうもー。息子が面倒をお掛けしてますー」
「いえいえ。こちらこそ助けられてばかりです。彼は良い息子さんですね」
「おい辞めてくれ……恥ずかしい」
「「なんでよ良いじゃないの」」
冗談じゃない。
母親には一緒に見れたら良いなとは言ったけど、姿を現わせとは言ってない。
母親と彼女という1番近付けてはいけない2人が出逢ってしまった。
「……ほら。そんなことより流星群始まるぞ。あ、あっちで流れた!」
「嘘! 見逃したー」
そう言って3人で笑い合う。母親も楽しそうで何よりだ。
そのあと流星群は30分ほど続き、気付けば母親は消えていた。
「あらーお母さんいなくなっちゃったかー残念」
「何が残念なんだよ……やっと落ち着いた。本当に恥ずかしい」
「ふっふー楽しかったなー。でも……」
この先彼女が何を言おうとしているのか分かった。
彼女の身体は少しずつ、でも確かに透明になっている。もうすぐ彼女は消えてしまう。覚悟はしていたがやはり寂しい。
「ねぇ、知ってる? 街の灯りの数は、幸せの数と同じ。幸せが増れば、世界は明るく照らされるの」
唐突に話を振られたが、分からなかったので首を横に振る。
「そっか。でもそういう事なんだよ。誰かが頑張れば、誰かは幸せになる。そうやって世界は平和になれる」
その関係がとても難しいのだ。だから争いは絶えない。
「でもやっぱり、もう少しだけでいいから、幸せに照らされていたかったかな。なんて、わがままだね。私は」
でも彼女は、僕と肩を並べてくれた。
好きだと言ってくれた。
そう伝えたかった。そして彼女、月本陽奈乃は幸せとの別れを惜しむ様に、眠る様に、ゆっくりと夜に昇って行った。
あぁ、さよならも言えなかったな。
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