神に恵まれない者達
烏井ウミネコ
00.序章:ランキングバトル
VS.マガアラタ・おでん
「さあ! 余の余による、余のための戦いを始めようか!」
尊大な口調で放たれた開戦の合図。男の声は平原に広く響き渡る。新たな戦いの火蓋が切って落とされた。
視界を覆いつくすほど大きく映る月、遠近法的にその中心まで伸びた小高い丘の頂に、先ほどの声の主であろう人の影が仁王立ちをしている。
タキシードのようにも見えるスーツに身を包んだ赤髪の彼は、ギルドランキング三年連続一位の記録を現在も継続しているギルド『神に恵まれない者達』が一人。
プレイヤーネームは『マガアラタ』。
後ろから照る月明かりが体の輪郭をぼんやりと写し、夜風が彼の服を靡かせる。
平原フィールドにいるプレイヤー全員の注目を一途にかっさらった男は、一瞬にしてその場から消えた。人影のあった丘の頂上からは砂埃が上がっている。
「聞いたか。あの声はマガアラタや。早速
「聞きました、にしても、よう大声であないな小恥ずかしいこと言えますわな」
「まあ、一位のギルドやからな。調子乗って当然やろ。情報によれば、奴はパワー型のアタッカーや。ちょっと相手が悪いわ」
小高い丘から少し離れた岩陰に、関西の訛りでひそひそと話す男が二人。
ギルド『古今御アソビ衆』が二人。
双眼鏡を覗く一人は、プレイヤーネーム『キッド』。西部劇に登場するガンマンを想起させるウエスタンなスタイル。
紺色のやや傷のあるデニムに年季の入ったウエスタンブーツにカウボーイハットを目深に被り、真っ赤なバンダナをマスクのように巻く。
一方で、岩陰身を隠すもう一人は、プレイヤーネーム『メンコータ』。
修行僧を思わせる白と黒の
「大会始まって二十分くらいか。様子見ってところやったんやけど、そうも言ってられへんな、パワー系の奴さんに、俺らじゃあ対処できひん。どこかタイミング見計らって移動せな」
「お嬢やハナビらと別れてそないに時間は経ってまへん。早いとこ合流したほうがよさそうです。こんなことになるんなら別れん方がよかったですわ」
微細な音でさえ聞き逃さないように周囲を警戒するが、いつ敵が飛び出してくるかわからない緊張感。
開始時に仲間と別行動したことを後悔しても遅いだろう。
じっとその場で、警戒態勢だけは崩さずに敵が行動するその時を待つ。
マガアラタが宣戦布告じみた発言をし、姿を消してから二分も経たない頃、平原フィールドと森林フィールドとの境目から、複数人の悲鳴めいた断末魔が聞こえた。
ここから少し離れたところで戦闘が終わったようだ。
速さ、一度に聞こえた声の数からして、マガアラタの仕業と考えるのが妥当か。
悲鳴が聞こえた地点はここからかなり離れている。今のうちに奴との距離を取ろうとメンコータに提案しようとするが――。
「――動きよった。奴はあっちや、メンコータ今のうちに」
「キッドはん! 後ろや!」
考えてから言葉にするのが遅かったのか。考えを言い切ろうとしたときに、メンコータの声にキッドの声がかき消され、振り返る瞬間、時間が経つのが遅く感じる。
焦燥しきった声色が、メンコータがなんて言っていたのかを理解するよりも早く、自分らの考えが甘かったと悟る。
「はっはっは……、お前たちだったのか。 キッド! それにメンコータよ!」
背後に一瞬にして現れたマガアラタは知り合いに話しかけるようなテンションで呼ぶ。両手を広げ、目を見開き、余裕綽々の表情を見せながら。
「おっと、逃げてくれるなよ? おとなしく余の得点となるがいい!」
「勘づかれとったか。ギルドのメインアタッカーっちゅうメンツにかけて、こないな序盤で
腰にぶら下げた巾着の中に手を突っ込み、いびつな形をしたガラス玉――おはじきをいくつもばら撒きながらそれを掴み取る。その手をマガアラタに向け、コイントスの要領ではじき出す。
キッドのユニークスキルの効果でおはじきは、弾かれたとともに性質が変容する。
手から放たれたおはじきはマガアラタにあたる直前で大きな音とともに炸裂し、眩く発光する。
「くッ、こけおどしか」
一瞬の閃光がマガアラタを包んだとき、マガアラタの動きが止まり明らかな隙ができた。
畳み掛けるように攻撃を食らわせることで、相手の行動を封殺し、体勢を立て直すための戦術的逃走をしようと目論んだ。
その隙を見逃さず、「今や! メンコータ!」と指示を出すと、メンコータは意を汲んでくれたのか、右腕を突き出し、その掌を標的に向ける。
「承知、任せてもらいます。
マガアラタに向けられた掌から放たれたのは大気を震わせるほどの衝撃波、強大なその波は音速をも超え、反動でメンコータの着た法衣の裾や袖を激しく乱す。
「
目には見えない衝撃がマガアラタを襲う、と思われた瞬間。マガアラタは左手で力強く虚無を薙ぎ払う。確かに撃ったはずの衝撃はたったひと薙ぎでかき消されたのだ。
だが、仕入れた情報の通り、
「なんやと……」
「言ったであろう、威力が甘いと。そんな脆弱な攻撃では余に傷一つ付けることはできんぞ!」
しかし、渾身の攻撃を無効化されたことによってメンコータは放心している。
情報通りといえど、パワーが過ぎる。どちらかといえば技巧系の自分たちでは相性が悪い。やはり一度撤退して、仲間と合流したほうが賢明か。
すると、マガアラタは何故か一旦数メートルほど距離を取った。舐めプされているのかと、少々憤りを感じるが――。
マガアラタの次の行動は地面を強く蹴り砕き、その岩の破片をこちらに思いきり蹴り飛ばす。
「そないな舐めプで倒せるほど、俺らは弱くあらへんで!
キッドは飛来する礫を精密に撃ち抜いた。大半の礫はおはじきによって粉微塵にされ、自身に到達する頃にはダメージにならないほどに体積を減らした。
「ほほう。射撃の腕は確かのようだ」
余裕そうにその様子を眺めていたマガアラタは、キッドの技術に感心する。
「よそ見しとるんやないで!
マガアラタが射撃精度を観察している合間に、視界外へと高く飛んだメンコータは手に持った丸い厚紙――
面子が地面に到達すると、ズンと重い衝撃が
マガアラタの体は円形の地面とともに宙を舞い、強制的に態勢を崩される。
空中では何もできまい。その一瞬の隙を見逃さない。
「行ける!
キッドはもう一度巾着の中から勢いよくおはじきを取り出すと、未だ空中に滞在するマガアラタに向けてそれを放った。
反動で仰け反るほどの威力と速さで撃ち出されたおはじきは、形状を変え、歪で小さな円形をしていた本来の姿を無くし、横幅が大きく広がるようにガラスの刃を形成する。
刃はマガアラタを裂断すべく、その首に目掛けて一直線に飛ぶ。
「
どこからともなく聞こえた勇ましさのある大きな声。すると、キッドの弾いたおはじきの刃がマガアラタの体を貫く直前、大地が激しく鳴動し、マガアラタの前に瞬く間に壁を形成した。
ガラスの刃は突如として進路上に現れた土壁に阻まれ、諸共に粉々に散った。
「面白そうなことやってんじゃんか。俺様も混ぜてくれよ」
「お前は――」
「おでん。余の邪魔をしに来たのか?」
黄金のフルプレートアーマーに、深緑のスカーフマントを翻す。全身を覆う鎧の上からでもわかる筋肉質な体つき。しかし、マガアラタの隣に立つ姿は、マガアラタよりも頭一つ分ほど小さい。小柄で体躯の良い青年。
ギルド『神に恵まれない者達』が一人。プレイヤーネーム『おでん』。
「なんだよ、今危かっただろ。俺様が助けてやったんだから、感謝の言葉くらいあってもいいだろうが」
「フン……。次に余の邪魔をするなら、諸共粉砕してくれる」
「つれねえなあ。ま、いいようにやるわ。お前も邪魔したら埋めるからな。勝手に二対二やらせてもらうぜ」
「やれるものならな。どちらが多くポイントを手に入れるか競うか?」
「へっ、臨むところだよ」
キッドとメンコータを差し置いて、言い争いを始める二人。戦闘を邪魔されたことが不満なのか、マガアラタは先程の弄ぶような態度から一変して、不機嫌になる。
おでんの言葉に語気を強めに返答しているマガアラタだが、おでんはヘラヘラとしつつ、けんか腰で答える。
一方で、おでんというまたまた自分たちと相性の悪い助っ人の登場にメンコータは怖気づいた様子を見せた。
「こりゃ……、ホンマにアカンで。
「何を弱気になっとるんやコータ。俺らだってチームで戦ってきたやんか。戦いは情報と対策、そして現場の対応力や!」
「キッドはん……。せやな、こっちだって全力で対応するまでですわ!」
メンコータに励ます言葉を投げかける。相手はトップギルド、ネット上に晒されている戦闘スタイルの情報はかなり多い。ランキングバトルに参加するに向けて、自分たちだってトップの情報と対処法なんて調べてきているにきまってる。
メンコータはキッドの言葉に頷き、自分を鼓舞するように叫ぶ。
「双方、取り込みは終わったようだな」
「「さあ、祭りの時間だ(ぜ)!」」
マガアラタがこちらの会話が終わったことを確認し、二人の息の合った決め台詞を皮切りに、地面に両手をつくおでんと、こちら目掛けて驚異的な跳躍をするマガアラタ。
「オラよ」と掛け声と同時に、周囲の大地が揺れ始め、数多の土と石の混じり合った柱を作り出すおでん。マガアラタはキッドとメンコータの目の前に隆起してきたそれを足場にして空間を縦横無尽に跳び回る。
足場にされた柱は次々に崩れていくものの、破壊を上回る怒涛の再築速度を見せつけられる。
マガアラタの着地点に的確に生成される柱。最初の掛け声を最後に合図も声掛けもなく、阿吽の呼吸ともいえるコンビネーション。
先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように思えた。
「くそっ! 照準が定まらん!」
キッドが嘆く。メンコータを励ますために、情報だの、対応だのと言っておきながら、おはじきを構えた右手が迷う。柱が出現するのはマガアラタが着地する瞬間だけであり、着地点を予測して破壊することもできないでいる。
どう対応したらいいのか、頭をフル回転させるが、どうやら自らの行動の答えを導きだしたのはメンコータのほうが先だった。
「そなら裏返すまでですなあ!
「させねえよ!」
面子を構えて跳びあがったメンコータに向けて、おでんは小さな土塊を飛ばす。メンコータの手から面子が離れる寸前で撃ち抜かれスキルの発動が阻まれた。
メンコータがスキルを発動できさえすれば状況が好転しただろう。一縷の望みが露と消え、判断が遅れた自分の行動を後悔しても遅かった。
「痛てぇっ! しくじりました。すんまへん、キッドはん!」
メンコータの謝罪に、後悔によって一度曇った思考が晴らされ、我に返るがしかし――。
柱を作り続けていたおでん。マガアラタの軌道を追っていないとできないはずの足場造りを続けたまま、メンコータの攻撃を退けた。驚愕するほどの視野と状況把握力にキッドは、対応力も負けるのかと、また一瞬にして思考に雲がかかる。
「へっ、謝ってる暇なんてねぇぞ! まずはお前からだぜメンコータ!」
足場を作りながらおでんはメンコータを名指しすると、右足で地面を押し込んだ。
まるで水のように大地に波紋が伝わり、メンコータの足元が弾み、体勢を崩す。ダメ押しの強大な弾みとともに、メンコータの体が
「うっ。アカ――」
空中に投げ出された体は言う事を聞かない。咄嗟に、スキルの要である掌を地面に向け衝撃波を発生させることで、体の向きを変えようとするが、その行動は少しばかり遅かった。
「よく覚えておけ、攻撃とはこうするのだ!」
足場を高速移動することでキッドとメンコータを翻弄していたマガアラタが、いつの間にかメンコータの後方に姿を現し、オーバーヘッドキックの要領でメンコータの鳩尾あたりに蹴りを入れ、地面へ相当な勢いで蹴り落とす。
メンコータが地に叩きつけられるかどうかのタイミングで大地が鋭くかつ素早く隆起する。何もできないでいるまま、メンコータがその尖った地面に貫かれるのをただ見ているしかなかった。
「――か、はっ! ワン、パン、かいな……」
「コータ!」
気づいたときにはもう遅く、メンコータの体が受けたダメージは許容を大きく超えた。ヒットポイントは底をつき、薄紫色のプリズムとなって空へと消え果てる。
地面に降り立ったマガアラタは「相方の心配をする必要がなくなったな」と微笑みながらに言う。
キッドは自分の不甲斐無さに苛立ちながら、最早やけくその気持ちでスキルを発動した。
「だったら、こないなことも遠慮せんでできるやんなあ!
キッドは巾着袋の中に手を突っ込むと、乱暴に中身を取り出し、手から零れ落ちるほど一杯に握りしめたおはじき達を放射状に発射する。
放たれた無数のおはじきは、指でインパクトされた瞬間に一発が十発に分裂し、十倍までに増えた厚い弾幕が、隙間なくおでんとマガアラタに降り注ぐ。
「これなら躱されへんやろ! 味方がいたら使えん無差別広範囲攻撃や!」
「無駄だぜ! 俺様がいたら飛び道具はほぼ効かねえよ!」
足場造りをやめたおでんが右足で強く大地を踏みしめると、波状に薄い岩の壁が、段々と二人を覆い隠すように生成される。
幾層にも連なった壁はおはじきの飛来を阻み、一発一発が着弾するたびに崩壊していくものの、何百、何千ものおはじきの弾丸はどんどん減っていき、ついには残弾が尽きてしまった。
「これでもアカンかったか……」
「いい攻撃だったな。だが、一人では余とおでんとの二人についてこれまい。この結果は必然だったということだ。おでん、ラストアタックはくれてやる」
「途中参加だったが、楽しかったぜキッド――」
おでんが手のひらを空へ向けると、マガアラタの足場として作られていた柱が破壊されたことで、空気中に散りばめられていた、細かな砂利や石、中くらいの岩が掌の上に吸い込まれ、高速回転を始める。
空気との摩擦で細く、鋭利で滑らかに削られ矢印に近い形の槍へと変貌を遂げる。
「――
おでんがスキル名を叫ぶと、光の波紋が広がるようなエフェクトとともに、完成した槍がおでんの掌に降り、しっかりとその手に握られる。
そして、やり投げのように投げ飛ばされた大地槍がキッドの胸元に風穴を開けた。
「くっそ……、次会うたら、覚えとけやー!」
体がプリズム化し、完全に消えかける瞬間。
こみ上げる恨み節をこらえて、そのへんの雑魚のような捨て台詞を大声で言い残し、結晶となって消滅した。
「ふぅ。やっぱ俺様が来なかったら負けてたんじゃないのか? アラタ」
「戯言を言うなよおでん。ただ、余が彼らの実力を見誤ったことは認めよう」
「とか言っちゃってよ、
キッド、メンコータとの戦いで舐めプをしていたマガアラタは、自分の軽率だった行動を反省し、二人を認めるような言葉を残す。
おでんが本気でやっていても負けてただろうと苦言を呈するも、それに関してマガアラタは鼻を鳴らして否定する。
「フンッ。これで余のポイントは31。貴様は先の戦いでやっと20か、余の勝ちは確定したようだな」
「まだ大会は終わってねえし。見てろよ、これから30ポイントは稼いでやる」
「やれるものならな」
「臨むところよ!」
マガアラタとおでんの二人はキッド、メンコータとの戦いを含めた現在の戦績をお互いに報告する。
闘争心の絶えない二人は、残り時間でどれだけPKできるかと、再度二人は別々の方向へと走り去っていった。
残り時間:二時間三十分二十一秒
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