第11/13話 ダウンヒル:レイド①

 巒華たちが、倒木地点を後にしてから、十数分が経過した。

 さきほど、バックミラーに視線を遣ったところ、仙汕団のセダンたちが、彼女らを追いかけてきているのが見えた。別に、大して意外でもない。銃火器を使えば、倒木を破壊し、車両が通り抜けられるだけの隙間を作ることは、容易ではなくとも、可能ではあるだろう、と想像していたためだ。ただ、さいわいなことに、ディセンダーは、すでに、彼らと、かなりの距離を開けることに成功していた。

「このまま、振り切ってやります……!」

 巒華は、ぐっ、と、アクセルペダルを踏んでいる右足に、より強い力を込めた。ハンドルを軽く切ると、左への緩やかなカーブを、進み始める。

 そこを曲がりきった後は、道が、まっすぐ北に向かって伸びていた。道の東側は、急な上り斜面、西側は、緩やかな下り斜面となっている。いずれも、地面には、背の低い雑草が生い茂っていた。背の高い木が、密集、とまでは形容できないまでも、大して間隔を開けずに、立ち並んでいる。

「ぐぐ……!」

 行く手に視線を遣った巒華は、口元を歪めた。現在位置より百メートルほど離れた地点において、道に、段差が出来ているのを見つけたためだ。手前側が低く、向こう側が高い。

 高さは、一メートルほど。これでは、いくらSUVとはいえ、乗り越えられない。

 迂回することはできないか。そう思い、辺りを、ぐるり、と見回した。

 しかし、すぐさま、期待は裏切られた。段差は、視野いっぱいに、ほとんど同じ高さを維持したまま、東西に伸びていたからだ。

 よく見ると、手前側の道よりも、向こう側の道のほうが、左へ四十センチほどずれている。おそらくは、地震の類いによる産物だろう。

 ジャンプして、越えることはできないか。そんなアイデアが浮かんだ。しかし、近くには、踏み台として使えそうな物は、何一つなかった。

 そうしている間にも、どんどん、段差は近づいてきた。仕方なく、それの十数メートル手前で、ディセンダーを停止させた。

「ご主人さま!」巒華は助手席のほうを向いた。

 だが、すでに、嶺治は、彼女の言おうとしたことを、理解してくれていたようだった。ポケットから取り出したのであろうスマートホンのディスプレイを眺めている。

「ざっ、と計算してみたけれど……まだ、だ。ここじゃ、位置エネルギーが大きすぎる……もっと、低地へ行かないと」

「そうですか……」巒華は、しばしの間、考えを巡らせた。「では、ディセンダーを降りて、走って、段差を越え、移動する、というのはどうでしょう?」

「ぼくたちが、そうすると、仙汕団の兵士たちも、同じように、セダンを降りて、追いかけてくるんじゃないかな……いくら、きみでも、武装集団を一人で相手にしては、勝てっこないだろう? いや、きみ一人ならまだしも、ぼくまでいるんだし」

 巒華は、軽く俯くと、うう、と唸った。しばらく沈黙してから、「……仕方ありません」と言った。「これだけは、やりたくなかったのですが……ご主人さま!」

 巒華は、嶺治に頼み事をしようとして、そう叫んで、顔を上げた。しかし、嶺治は、彼女が話をするより前に、すでに、行動を起こしていた。すなわち、アシストグリップを左手で、アームレストを右手で掴んでいた。

「ありがとうございます!」

 巒華は、アクセルペダルを踏み込み、ディセンダーを発進させながら、ハンドルを大きく左に回した。道を飛び出し、西方に広がっている、下り斜面を走り始める。

「まさに、道なき道を行く、ってやつですね……!」

 しばらく走ったところで、バックミラーに視線を遣った。仙汕団のセダンたちが、続々と、ディセンダーと同じように、道を外れては、下り斜面に進入し、巒華たちを追いかけてきていた。

「道なき道を行く、っていうか、道なきを行く、だね!」

 目の前から、木が迫ってきた。ハンドルを右に回し、避ける。

 次の瞬間、再び、木が迫ってきた。ハンドルを左に回し、避ける。

 どうやら、どれも、同じ種類の植物らしい。針葉樹で、幹の太さは、二十センチほどだ。

 直後、みたび、木が迫ってきた。今度は、二本だ。それらが、二メートル強の間隔を開け、並んでいる。

「むぐう……!」

 巒華は眉をひくつかせた。木々の並んでいる間隔が、狭すぎる。このまま通り抜けようとしたのでは、ディセンダーがつっかえてしまう。

 左右に迂回することはできないか。そう考え、きょろきょろ、と辺りを見回した。

 しかし、周囲でも、木々が密集して立ち並んでいた。それぞれの間隔の中では、目の前に迫ってきている二本の木の間隔が、最も広かった。

 そこまで把握したところで、その木々の数メートル手前、右手に、切り株があるのを発見した。

「あれを使って……!」

 巒華は、ハンドルを軽く右に切った。ディセンダーの右半分を、切り株に突っ込ませる。

 まず、右のフロントタイヤが、切り株を、どし、と踏みつけた。ぐわ、と地面を離れ、宙に浮き上がる。

 次に、それが落ちないうちに、右のリアタイヤでも、切り株を、どしっ、と踏みつけた。それも、ぐわっ、と地面を離れ、宙に浮き上がった。

 巒華は、そのまま、片輪走行で、ディセンダーを進ませ始めた。

「……!」

 巒華は、右側のタイヤが落ちないよう、ハンドルを小刻みに動かして、バランスを調整した。そのまま、木々の間に突っ込み、通り抜ける。

「やった、やりました!」彼女は、ぱっ、と笑みを浮かべた。

 その後、しばらく、木々の間をスラロームしながら進んだところで、背後から、どおん、どおん、という音が、連続して聞こえてき始めた。バックミラーに、視線を遣る。

 セダンたちのうち、何台かにおいて、兵士が、左右の後部座席の窓から身を乗り出していた。みな、肩にランチャーを担いでおり、そこから、ロケットを、次々に発射している。

 それらは、辺りに立ち並んでいる木々の根元に命中しては、炸裂し、それらを倒していた。その後、車両たちは、倒木を、乗り越えたり、踏み潰したりして、通っていた。

 そこまで視認した次の瞬間、セダンたちのうち、先頭にいる一台が、スピードを上げ始めた。どんどん、ディセンダーとの距離を詰めてくる。そして、あっという間に追いつかれ、右隣、一メートルほど離れた所を並走し始めた。

「体当たりをしてやります!」巒華は、ぎゅっ、と、ハンドルを握る両手に、強い力を込めた。

 しかし、相手のほうが、行動が早かった。ドライバーが、ハンドルを、大きく左に切る。そして、ディセンダーの右側面に、がつん、とボディをぶつけてきた。

「きゃ……!」

 巒華は思わず、そんな声を上げた。ディセンダーが、大きく左によろめく。

「んうう……!」彼女は軽く歯軋りをした。

 巒華は、ハンドルを、めいっぱい右に回した。ふらつくディセンダーの進行方向を、まっすぐに修正する。

 そこで、前方、数十メートル先に、岩が鎮座していることに気づいた。大きな直方体のような見た目をしている。まるで、10tトラックが、横向きに停まっているようだ。

「く……!」

 巒華は、地団駄を踏みたくなった。大岩を迂回するため、ハンドルを回そうとする。

 しかし、途中でやめた。いつの間にやら、ディセンダーの左右には、さまざまな太さの幹を持つ木々が、密集して立ち並んでいたのだ。まるで、大岩を突き当たりとする、袋小路のようになっていた。

 ブレーキをかけるか。いや。間に合わない。車両は、停止する前に、大岩に衝突するだろう。

「ぐぐぐ……!」

 巒華は、高速で瞬きを繰り返した。打開策を求めて、辺りを、きょろきょろ、と見回す。

 大岩の、左斜め手前には、かなり太い幹を持つ木が生えていた。それは、放射状に根を伸ばしていた。根は、ところどころ、地中から外へと突き出ており、その部分は、地面ごと盛り上げられていた。

「あれなら……!」

 巒華は、ハンドルを大きく左に回した。根によって盛り上げられている地面に、ディセンダーを突っ込ませる。それの端から、ばひゅっ、と宙に飛び出した。

 大岩の上に、どっ、と着地する。そのまま、そこからも飛び下りた。どしゃ、という音を立てて、着地する。

「助かりました……」巒華は、ふうー、と安堵の溜め息を吐いた。

 それから、しばらく、彼女は、ディセンダーを、北へ向かって走らせた。すると、数十メートル先で、川が、東から西へ流れているのを発見した。幅は、五十メートルほど。南側の岸は、すぐ下に水面があったが、北側の岸には、砂利による浜が、川に沿うようにして出来ていた。

「くう……!」巒華は、苦り切った顔をした。

 彼女は、きょろきょろ、と、大して期待を抱かずに、辺りを見回した。やはり、向こう岸に渡れるような建造物は、どこにも設けられていなかった。

「……仕方ありません!」

 巒華は、意を決すると、アクセルペダルを底まで踏み込んだ。ディセンダーを、ぐん、と急加速させる。

 そのまま、岸から飛び出した。一瞬後、川底に着地する。ばしゃあん、という音とともに、大きな飛沫が発生した。

 さいわいなことに、車両は、停まることなく、その後も走り続けた。ばしゃばしゃばしゃ、と川を横切り始める。

 しばらく移動したところで、右斜め後方から、ばしゃばしゃばしゃ、という、ディセンダーが立てている音と似たような音が聞こえてきた。運転席側のサイドミラーに、視線を遣る。

 仙汕団のセダンたちが、巒華たちと同じようにして、川の中を進んできていた。そして、そのうち、先頭にいる一台が、どんどん、距離を詰めてきた。それは、あっという間に、SUVに追いつき、右隣を並走し始めた。

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