第7話 紫雲先輩
今日は久しぶりにバイト先に来ていた。
俺が働いているのは大学付近の飲食店だ。
個人経営ということもあり割と融通の利く職場だったが、それでもここのところシフトに入れていなかったので申し訳ないと思っていた。
「お疲れ様です」
「おお! 真白くん久しぶりだね。心配してたよ」
「すみません。ちょっとバタバタしててシフトに入れない日が続いちゃいました」
彼はこの店のオーナー。がっちりとした体つきと見るだけで人を殺せそうな鋭い目つきが恐れられているがかなりいい人だ。
50代だそうだが聞くところによると昔は軍隊に属していたとか。
おそらくこの風貌も軍隊時代に形成されたものだろう。
人は見た目で判断するなという言い回しのいい例だ。
「全然大丈夫さ。うちには優秀な子たちが多いからね。もちろん真白くんも」
「そう言っていただけるとありがたいです」
挨拶も早々に仕事に取り掛かる。
時刻は午後3時。この時間帯は客も少ないため比較的ヒマだ。
1時間程して紫雲先輩がやってきた。
「紫雲先輩、お疲れ様です」
「真白くん、お疲れ様。久しぶり……ってわけでもないわね」
「ショッピングモールで会って以来ですね」
「そうね。そういえばあの従妹ちゃん、なんて言うの?」
「ああ。名前ですか、葵です」
「葵ちゃんね。それにしてもかわいかったわね」
「そうですね。従兄の俺から見てもかわいいとは思います」
「私はどう?」
「え……?」
急に何を言っているんだこの人は?!
もちろん美人だと思う。
それはこの間のショッピングモールの時にも感じたことだ。
でも、この場合なんて答えるのが正解なんだろうか。
あまり女性と絡んでこなかった俺は返答に困った。
やっぱり無難にきれいですよと伝えるべきか。
「そうですね……きれいだと思います」
「ふふふ、ありがとう。その変な間がなければ完璧だわ」
なんなんだこの大人の余裕。これが人生経験の差か!
いや、でも1年しか変わらないわけだし俺の人生経験が乏しいだけか。
そう思うとなんか虚しくなる。
紫雲先輩とはかれこれ半年以上の付き合いだ。
といっても別に男女の関係とかそういうわけではなくてただ単にバイト先の先輩後輩という関係である。
第一、俺が紫雲先輩とどうこうなんておこがましいからな。
一応同じ大学の先輩と後輩でもあるのだが学部が違うためあまり接点はない。
というかあの広大なキャンパスで特定の人と出会う確率なんて結構低いんじゃないか?
そう考えると黒瀬……なんであいつはいつもタイミングよく出会うんだよ。
「真白くん?」
「ああ、いえ、何でもないです」
「そう? ならいいのだけれど」
この間のショッピングモールの時も思ったんだけどやっぱり紫雲先輩は面倒見がいいというか、お姉さんって感じだ。
普段は他人を信用できないし、紫雲先輩のことも完全に信じてるわけじゃないけど他の人に比べれば自分をさらけ出せるというか不思議な感じなんだよな。
ともあれバイトも終わりを迎えた。今日は比較的客足が少なかったな。
店としては客足が多い方がいいのだろうが、俺としては少ない方が楽でいい。
「それじゃあまたね」
「お疲れさまでした。失礼します」
紫雲先輩とも別れの挨拶を済ませ、帰途に着く。
葵ちゃんにはゲームをしていてもいいと言っておいたしお菓子も用意してきたから大丈夫だろう。
とはいえ俺の連絡先くらいは伝えておいた方がいいか。
葵ちゃんの連絡手段がないけど。
そうこうしているうちに見慣れたボロアパートに着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
ドタバタとリビングから駆けつけてきた葵ちゃんが出迎えてくれる。
おかえりと言ってくれる人がいるというのはいいものだな。
「留守番大丈夫だった?」
「んもぅ、確かに私は子どもっぽいかもしれないですけど一応中学生なんですよ? 留守番くらいできます」
「そうだよね。でも心配だったからさ」
俺がそう言うとなぜか頬を赤らめながらリビングに戻っていった。
今の会話に恥ずかしがらせる要素あったっけ?
それから俺は葵ちゃんに連絡先を教え、今日も一緒にゲームをして楽しんだのだった。
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