第35話
ジノヴィオスは酒場にも見かけなかったが、誰に相談しても詮ないこととは分かっていた。恩に報いる方法はひとつしかない。師の房に見つけたあのパピルスは、懐にしまってある。
(小生の問題で、リンが
異端者の刑罰に続く
「おじさーん、
酒場のカウンターにうなだれたユッタの隣に座り、脳天気な大声で注文する者があった。先ほどの黒髪の少女である。
「さっきはどうもね。お礼に一杯おごってあげよっか」
「……子供がなにを言っているんだ」
「むー、失礼だなきみは。あんなにたくさんかけられちゃ、もう子供じゃいられないよう……」
「おふざけに付き合えるような状態じゃないんだ。見て分からないのか」
「はなげが伸びきってるところを見るに、たしかにストレスが溜まっているようだね」
ユッタは鼻をかきがてら、それとなく穴のあたりを探ってみたが、はみ出ている感触はない。思わず少女を睨むと、「ぷーっ」と吹き出された。「だははははは」
「どこの悪がきだ。凍境から出てきたばかりで、しつけもなっていないらしいな」
「凍境から出てきたのはあってるよ。私窩子みたいに、神官お墨付きのことではないけどね」
少女が神官に追われている身の上であったことを思い出したが、
「どうせ他愛ないいたずらをして、叱られるのから逃げているのだろう」
「創造主の御業をただの子供のいたずらと思われちゃ困るけど、てんで間違いってわけでもないのがまた困るところだなあ」
ユッタは何かうそぶいた少女の横顔を見つめた。食料頭がしぶしぶ出した
「ぷは。君、困ってるみたいじゃん。
「……いったいどういう女の子なんだ、君は」
むっとする酒気を一瞬で吹き飛ばすよう、快活に少女は名乗った。
「イエッセウス・マザレウス・イエッセデケウスと言ったら、信じてくれる」
長い名前に、聞き覚えがなくはなかった。考えるうち、ああ、と思い至ったのは、至高神の隠された神名の記述様式を語る
「……神官が怒るのも無理はない。なんて冒涜的な小娘なんだ」
ユッタが仰天して目を見張ると、至高神の名を騙る少女はにへらとぬるい笑顔を返した。
「よかった。今度は冗談が通じる人だったね」
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