第4話 『A Perfect day starts with breakfast』

翌朝は、思いのほか早く目が覚めた。

カーテンを開け放ち、広がる中庭に目をやると、そこには自然が溢れている。

洗練されたホテル正面玄関とは全く景色が違うその光景。

たとえそれが人の設計のもとで与えられたせいであったとしても、木々は息吹いぶき、キラキラした木漏れ日が注ぐ清々しい朝を演出する。

窓から視線を下ろすとホテル内の森林に設けられた小道があり、そこを何人もの人達がジョギングに行き来する姿が見えた。


ここはアメリカ。

改めてそれを感じる。



オーランド、フロリダ。

日本との時差は14時間、フライト時間はトランジットに遅れがあったため18時間を越えた。

気候はほぼ一年中温暖。

日差しが強くスコールが降る事もたびたびある。

有名なテーマパークが多数、巨大ショッピングモールやアウトレット、世界トップレベルのゴルフリゾートやスポーツ施設、スパにナイトライフと、飽きる事がないほど娯楽にけた〝眠らない街〟としてアメリカの中でも有数のリゾート地として位置付けされている。


何気なく目覚めた自分は今、その地にいる。

大きく開いたカーテンに並ぶ賑やかなキャラクターたちが、今自分がどこにいるのかを教えるかのように微笑みかけてきた。


「Good Morning ! Mickey Mouse !」



彼女は簡単な身支度をして、朝食に降りた。

モーニングビュッフェには多くの家族連れがいて、まるでフランス人形のようなブロンドヘアーの子供達が大きな皿を片手に食べ物を選んでいたり、中にはなみなみと注がれたグアバジュースを手に慎重な面持ちで席に向かう子もいた。


通路を走り抜けようとした小さな少女とぶつかる。


「oh ! excuse me ! 」(あ、ごめんなさい!)


愛らしい口元からかわいい声の英語が流れるのを聞いて、思わず目の高さまで腰を下ろして微笑む。


「It's okay ! No worries.And you ?」(だいじょうぶよ、心配ないわ。あなたは?)


「That's fine ! bye !」(大丈夫、バイバイ!)


「ふふっ! Bye-bye !」


それからも時折手を振ったりして彼らを微笑ましく見つめながら、彼女はミッキーの顔の形をしたワッフルとエッグベネディクトで手短に朝食を済ませ、ストレートティーをかたわらに、今日から始まるこのフロリダでの一連の動きを確認しようとバッグから手帳を取り出した。


「あれ? ここに挟んでたはずなんだけど……どうしてないんだろ?」


モーニングブッフェを背にして、プールに面したテラスの窓を前に、彼女は持ち上げようとしていたカップを慌てて下ろし、不可解な表情でその手帳をまじまじと見つめた。


いつもその手帳に挟んであるはずの物が見当たらない。

真鍮しんちゅうでできた細かい彫り細工で、天体を模したデザインのしおりは、ロンドンで一目惚れして全種類揃えて買った。

そのブックマークは、それぞれのMy favorite booksに挟まっていてその業を成しているが、この手帳に挟んであるはずの一番のお気に入りのJupiter木星が、何故かなくなっていた。


バッグの中に栞が落ちていないか確認する。

中の物を取り出して探すも見当たらない。


「おかしいわ……別のページに入り込んでるのかな? でも、そんなことした覚えはないんだけど……」


そう思って手帳を大きく開いてみた。


「ちょっと……なに?! これ……」


中にはびっしりと文字があった。

しかし、それは自分の筆跡ではなく、すべてが英語で書かれていた。


「え!……ウソでしょ!」


手帳を閉じてもう一度表紙を確認する。

間違いなく『Francesフランセス Georgetteジョーゼット』の手帳。

なのに、中身はあきらかに別の人の書いた文字が並んでいる。


「あ、ダメ……混乱してるわ。ちょっと落ち着かなきゃ」


深呼吸して、再度その手帳を開いてみる。

書かれている内容をよく見てみると、それらはおそらく飲食店であろう店の名前で埋め尽くされ、それぞれにその店の感想と外観や内装についても詳しく書かれてあった。

他のページにはアパレル系のブランドや貴金属の有名店の店舗についても、同様に細かく記されている。


Parmパーム Beachビーチ? これって、このフロリダのパームビーチのことよね?」


彼女はスマートフォンで、その中に書かれている一つの店を検索してみた。


「やっぱり、間違いないわ!」


自分ががこれから向かう予定のWorthウォース Avenueアベニューの近くの店だった。


「じゃあ、この手帳の持ち主は……この辺りの人間ってこと?」


そこまで考えてから首を振る。


「ちょっと待って。おかしいじゃない! だって私は、昨日これをヒューストン空港で取り戻した……はずだったのよ。でも……」


誰かが落とした全く同型の手帳であることは、紛れもない事実だった。

あの清掃員の彼が間違えて持ってきてしまったのか……


「いいえ、清掃員の彼は確かにコーヒーラウンジの前で拾ったと言っていたし……」


何より不思議なのは、この手帳が非売品で、ごく限られた人にしか渡らないものであるということ。

それが偶然にも同じタイミングで紛失物として出るなんて、あまりにも非現実的に思える。


「ああダメダメ、頭がおかしくなりそう……とにかく、出かけなきゃ」


今日この後に商談のアポイントメントを取っている相手こそ、そのハイブランド店が並ぶWorthウォース Avenueアベニュー全体を牛耳っているぬしだった。


とにかく一旦その手帳を閉じてバッグに入れる。

そしてサッと立ち上がると、神妙な面持おももちのままモーニングブッフェを出て、部屋へ向かった。



廊下ですれ違う人々も、エレベーターに乗り合わせている人々も、皆がこの夢のMagical Worldを堪能するべく、心踊らせて笑みを浮かべていた。

それに反するような緊張した面持ちの自分が鏡に映る。

ここへ来てまた一段と周囲と大きな温度差を感じるも、廊下に降りて燦々さんさんとしたフロリダの朝日に照らされると、不思議と勇気が湧いてくる。

部屋に戻った彼女は意を決したように、りんとした表情で鏡の前に向かった。



第4話 『A Perfect day starts with breakfast』- 終 -

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