卒業-Reverse-2


「卒業」-Reverse-2

 

コンクールを終えると、途端に目的を見失ったような感覚に陥った。

しかし、今年は全然休んでいられない。

俺が志望している茨城大学音楽教育科は、一応受験にも実技試験がある。

その上、普通科高校では習うことのなかったソルフェージュや楽典の試験もある。

もちろん、これまでにもその手の科目のレッスンは自分で先生を探して受けていた。

俺の場合は、ソルフェージュ、楽典、ピアノは同じ先生。打楽器の実技だけが別の先生だ。

レッスンはどちらも2週間に一回。しかし、コンクール1ヶ月前からはお休みさせていただいた。

 

コンクールが終わり、気持ちを切り替えるのに少し時間がほしいというのが本音だったが、こちらからお願いしている以上、休みの期間を伸ばすわけにもいかない。

よし。頑張ろう。さぎりもきっと、頑張ってるはずだ。

 

ソルフェージュ、楽典、それから一般教養科目。半日掛けておおよその試験問題の傾向、とまではいかないが、出題と配点の仕方を自分なりに分析した。

それが終わったらどの科目もとにかく基礎力を上げる。

数式、英単語、漢字、地名や人物名、化学式、物理の法則。等。おびただしい数に圧倒されながら、ひたすら覚える。

ありとあらゆる裏紙を引っ張り出して書き続ける。

効率は悪いかもしれないが、俺は書かないと覚えられないのでこれしかない。

基礎を頭に叩き込んだら、今度は文章でノートにまとめていく。

1日で全てをやらなければいけないわけじゃないので、休みながら、それでも確実に進めていく。

夕方、部活も終わりに近づく頃、俺は顧問の部屋行った。

「おぉ、樋口、コンクール、お疲れ様!」

なんだその挨拶は。まず言うべきは、部内の問題を解決したことへのお礼ではないのか。。まぁいいか。そもそも期待してないし。

『ありがとうございます。早速ですが、今日はお願いがあってきました。』

すると、とても驚いた顔をしたが、次の瞬間には、そのお願いが厄介なことじゃないことを祈るような、半端な表情になった。

「なんだ、言ってみろ。」

『はい。部活の時間に、楽器を練習させていただきたいんです。学校の楽器ではなく、自分の楽器です。場所も、空いてる教室や準備室を使わせていただければそれで十分ですので。』

どうやらこの顧問にとって、俺の話は「厄介なこと」ではなかったらしい。

「なんだ、別にかまわないぞ。ただ、使う部屋は、現役の子達を優先させてもらうぞ?」

当たり前だ。

『もちろんです。ありがとうございます。』

よし、これで実技の練習場所は確保できた。

練習できる時間は部活の時間だけなので限られている。有効活用しないと。

2、3パターン試して、ようやく勉強時間の配分が決まった。

よし、あとはやるだけだ。

1日9時間。これが今の俺の平均勉強時間だ。死ぬ程辛いが、やるしかない。

この時間配分でやろうとすると、必然的にさぎりとの時間はほとんどなくなる。

花火や、お祭りの日くらい、とも思ったが、それも結局やめた。

さぎりは予備校の夏期講習中だったし、俺も音楽大学受験講習会という、私立の音楽大学の夏期講習だった。ここでの結果はあまりよくなかったが、ソルフェージュや楽典の勉強方法、それに実技の練習方法も間違っていないことがわかった。

そう、後はやるだけだ。

部活のせいで受験に失敗したとは、思いたくない。だから、寂しくても辛くてもとにかくひたすら勉強と練習を繰り返した。

 

しんどいと感じる度に、さぎりも同じ想いだも言い聞かせた。

さぎり。わかってはいたけど、やっぱりさぎりは俺にとって一番大きく大切な存在だ。

依存はしていないが、やっぱりいつまでも傍にいてほしい。

こんな想いと同時に、最近は少し厄介な感情も湧き起こってきている。。

俺と同じ世代の男なら全員あるはずの感情、というよりは欲求である。。

彼女を自分のモノにしたい、いや、物とかではないんだけど、なんというか。

そう。男女になりたいと言うことだ。

同世代の男がどの程度この欲求に駆られているかはわからないが、最近の俺は勉強のストレスのせいか気を抜くとすぐにその欲求が沸き起こるようになった。

俺とさぎりも付き合い始めて約1年半。

そろそろあってもおかしくないだろう。俺とさぎりはかなりの時間を一緒に過ごしているし、ただ欲求を満たしたいだけで求めてると思われたりはしないだろう。

それくらいの信頼は得ているはずだ。

それに、さぎりにも同じ欲求があるようにも思える。。

無論、同級生には経験者もそれなりにいる。。

とは言え今は会えないのでどうしようもない。。

まぁいい。あまり好きではないが、欲求だけなら自分でも処理できる。。。

 

 

 

夏休みの間はずっとこんな感じだ。

勉強、練習。その合間に欲求と戦い、俺は一つの結論に達した。。

 

 

明日は、ついに始業式だ。勉強の手応えとしてはまずまずだった。実力テストや模試が少し楽しみだ。

そして、久しぶりにさぎり会う約束もしていた。

 

俺達は基本的に待ち合わせは正門ではなく人の少ない裏門にしている。

恋人同士で一緒に帰っているところなんて、大々的に見せるものでもない。

思いの外短く感じた夏休みも、さぎりと会えずにいた期間としては長過ぎたかもしれない。

ほとんど連絡も取らなかったので、さすがに不安も、あった。

だからこそ、裏門から遠くにさぎりがいるのを見つけた時には本当に安心した。

 

 

『ひさしぶり』

 

先に声を掛けた。

 

「ひさしぶり。」

 

よく似た調子で返してくれた。

 

『会いたかったよ』

 

ん?さぎりが少し笑った。

 

『なんだよ』

 

つっけんどんにならない程度に聞いた。

 

「ごめん、私も同じこと言おうとしてたから、なんかおかしくって」

 

なるほど!

 

『あぁ、最初のデートの時と同じだね!』

 

あの頃のことを、良い思い出として今も覚えておいてくれて素直に嬉しかった。

 

!?

 

「いこっか」

 

珍しい。。さぎりから手を取りに来るなんて。

 

『うん』

 

これだけ言うのが精一杯だった。

繋いだ手から、さぎりの鼓動が伝わってくるみたいで。。まずい。。我慢できない。。かもしれない。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取られた手を引っ張って、さぎりを抱き寄せた。

さぎりは抵抗することもなく引き寄せられ、俺の腕におさまった。

 

『あいたかった。』

 

言葉にしたら、離したくなくなった。

 

 

「うん、私もだよ。」

 

さぎりもそう答えてくれた。

それだけでは留まらず、俺を抱きしめ返してくれた。

最高に満たされた。

これまでの寂しさを取り戻すように、お互いの腕に少しずつ力が入っていく。

苦しさもあるが、それ以上にお互いを求めていた。

 

そうか、これは、やっぱり俺だけの欲求ではない。さぎりも同じように求めているんだろう。

抱き合いながら、そう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくそうして抱き合っていたところに自転車が通りかかり、一瞬で我に返った。。

急に恥ずかしくなって、お互いになんとなく身体を離した。

それとなく公園に歩き始める。

 

 

『ごめん、我慢できなくて。。』

 

本心だった。

 

「んん、いいの!私もだから」

 

そうなのか、やっぱり。

 

 

 

『あ、そうだ、さぎり』

 

思い出した。今日は、これをちゃんと言おうと思ったんだ。

 

「え?な、なに?」

 

 

『あのさ。。』

 

言いにくい。。そして、ちゃんとこちらの意図が伝わるか心配だ。

 

「ん?」

 

でも、言うしかない。

 

『今度、一緒に勉強しないか?』

 

言えた。ちゃんと説明しないと。

 

『いや、これからも、二人とも勉強漬けになると思うんだ。だから、入試が終わるまでは遊びにも行けないし。でも、勉強もずっと一人でやってると、煮詰まってくるって言うか。。だから、息抜きも兼ねて今度いっ』

 

「うん、いいよ!」

 

言い終える前に答えられてびっくりした。

 

『え?』

 

ただただ目を見開いてしまった。。

 

「だから、いいよ!勉強、一緒にしよ!」

 

これは、俺の意図は理解してくれているんだろうか??

 

『う、うん、ありがとう。』

 

照れ、というか、興奮をどうにか抑えていた。

俺の言ったことの意味は、果たして伝わっているんだろうか??

なんてことを考えていたら公園のいつものベンチに着いた。

 

 

『な』

 

なんだ、いつもより近い、というより身体同士が触れ合っている。。

ちょっと、待とうか。。さすがにこれは。。

 

『すごい、近いね』

 

まずい、反応して。。

 

「どうしたの?顔真っ赤だけど、熱っぽい?」

 

まずい、さぎりの匂いに余計興奮する。。

 

『や、これは、単純に。。』

 

なんと言うべきか、そうだ!!

 

『さっきのことを思い出して。。』

 

でも、なんだこの、興奮は。。

我慢するのがやっとなのに、心地良いというか。。

 

「そっか、ごめ」

 

待った!!

 

『違う!近くにいてくれるのは本当に嬉しんだ、だから、離れなくていい。というか、離れないでほしい。』

 

思わず腰に手を回してしまった。。

 

「大丈夫だよ、離れないよ」

 

??

さぎりの顔が赤い。。これは、照れというより。。

 

いや、ここは話題を変えよう。

 

『いつに、しようか。。?』

 

勉強する日ね、伝わってるよな?

 

「えっと。。来週の土曜日はどう?今週は予備校の講習があるから。それに。。」

 

それに??

 

「確か、その日はうちの家族みんな出掛けてるから。家でできるよ!」

 

 

うぉ!これは(°_°)

 

 

『え!?マジで!?』

 

いや、家に誘うってこれは。。

 

「うん、マジで」

 

『そ、そうか。じゃ、来週の土曜にしよう』

 

いや、落ち着け。そもそもこちらの意図は伝わってない可能性の方が高いんだぞ(°_°)

 

「うん!10時くらいでいいかな?せっかくだからお昼も一緒に食べようよ!」

 

そうそう、1日中一緒にいられるなんて、かなり久しぶりだしな!

今は会う約束ができただけ幸せだと思おう。

 

『うん、OK!楽しみだな!勉強だけど、さぎりと一緒にいられるのは嬉しいな。』

 

すると、不意にさぎりは少し表情を曇らせて言った。

 

「勉強、どう?夏休み、集中できた?」

 

その辺りは、全く問題なかったよ。

 

『うん、コンクール終わるまでは勉強しなかったからちょっと焦っていたけど、後半で取り返せたと、思う。模試を受けたわけじゃないから、どのくらいの成果が出てるかは、わからないけど。』

 

ん?まだ表情が曇っている。。

ということは、俺の心配をした訳じゃなさそうだ。

 

「そっか。よかった」

 

となれば。

 

『ありがとう。さぎりは』

 

 

「私は、この間の模試の結果があんまりよくなかったんだ。。」

 

そうかなぁと思っていた。

けど、俺は模試や実力テストを通してけっかを見たわけではない。飽くまでも自分の手応えだ。

その点、さぎりはここまでの自分の結果を見やすい環境にいるだけだ。今回はそれがたまたま裏目に出ただけだろう。

 

『そっか。でも、次はきっといい結果が出るよ!毎日遅くまで予備校行ってて、すごいなって思う。さぎりなら、絶対大丈夫だよ』

 

この程度のことで、自信を失ってほしくなかった。

さぎりは努力家だ。きっとすぐに結果は出る。

 

 

 

「ありがとう」

 

そう言って、なにか考え込んでいるようだった。

しばらくは見守っていたが。。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぎり?』

 

「え?」

 

あまりにも沈黙が長かったので声を掛けた。

 

『大丈夫?』

 

「うん、ごめん、大丈夫。次も、頑張ってみるね!」

 

 

 

 

『うん。あ、時間、大丈夫?』

 

 

そろそろ予備校では??

 

 

 

 

 

「ごめん、もう行かなきゃ!」

 

だよな。

 

「私急ぐから、恒星はゆっくりでいいよ!またね!」

 

 

 

『わかった!気を付けて!土曜日、楽しみにしてるから!!』

 

これだけはちゃんと言っておきたかった。

走るのはいいけど、気をつけて。

 

 

 

 

 

 

俺は、そのまま家には帰らず、ハーベストに行った。

今日程時間が取れる日も、もうそんなにないだろう。

と言っても、今日もそんなにゆっくりはしていられないので目的の店にだけ行った。

まとめて時間を取れない以上、何度かこうやって通うしかない。

目的は3つ。

卒業してから使う香水の目星をつけること。

指輪を売っている雑貨屋さんを探すこと。

ペアリングを買うお店を探すこと。

 

今日は1つ目の目的は達成できず、2つ目の目的だけ達成。3つ目は時間がなかったのでやめた。

 

 

 

さて、帰ったら勉強しよう。

今日は練習に充てられる時間はなさそうだ。

まだまだ残暑が厳しい。でもここから先はもっとあっという間に過ぎていくだろうと思う。

時間が足りなくなってからでは遅い。周りの生徒に惑わされず、自分のペースで進めていこう。

最初の目的は、10月頭にある模試だ。

次が、同月中旬の実力テスト。

ここで少しでも成果が見られるとかなり大きい。

その為にも、頑張っていこう。

再来週は、さぎりにも会えるし。

 

 

それにしても、今日のさぎりはなんだか色っぽかったな。。

 

 

 

 

それからの約2週間はやたらと長く感じた。

 

俺は、ひたすらさぎりに会いたいという気持ちをどうにか抑えながら、勉強と練習を続けた。

 学校で通常の授業を終えたら部活の時間を使って練習。

レッスンがない日は家に帰って勉強。ある日はレッスンに向かい、家に帰るのは9時を過ぎる。

もちろん、帰ってからも勉強した。日付を跨ぐなんてことは普通にあった。むしろ、特別疲れを感じる日以外は基本的に2時くらいまでは勉強していた。

 

 

そうして迎えた、例の土曜日。

この日は、正直勉強のことなんかあまり考えられなかった。

待ち合わせは10時。いつもの如く余裕を持って出発し、少し時間を潰してから向かう。

 

 インターホンを押してから、さぎり以外の誰かが出たらどうしようと思ったが、そう言えば、今日は誰もいないと言っていたのを思い出してほっとした。

いや、別に挨拶くらいはできるので、誰が出ても問題ないんだけど。

 

 それに、さぎりにもちゃんと挨拶はしないといけない。

今日は1日お邪魔する訳だし。

 

「おはよう!」

元気だなと思ったのとどうじに、見慣れない私服姿にちょっとくらくらした。

いや、反応しすぎだろう。。

『おはよう!今日は、お邪魔します。』

最初の挨拶だけはちゃんとしなければ。

「いえいえ、どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、ここからはちょっと、デリケートな話なので省略するよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、なんというか。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日に2人とも“初めて”を捨てた。と言えばいいかな。。

 

 

 

はい。おわり!!笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1つだけ言えるのは、初めてがさぎりにでよかったということだけ。。かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、少し勉強に対する集中力が上がった。

多分、心も身体も大分満たされたんだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達の二学期はずっとこんな感じだった。

基本的にはお互いの勉強のために連絡も取らずに頑張って、月に一回は一緒に勉強する。

後、俺は模試や実力テスト等で早くに解散になる日を使って、またハーベストに行った。

おかげで香水の候補も決まり、指輪の売っている雑貨屋も見つけ、さらに指輪を買うお店も決まった。

 

11月には指定校推薦の入試が少しずつ行われ、剣道部にいる俺の友達、柳瀬肇も志望校に合格したらしい。

なんと、それが偶然にも吹奏楽部で一緒だった東堂夏織と同じ学校だったんだとか。笑

2人は相性が良さそうだとほんの少しだけ背中を押したことがあったのだが、まさか志望校が同じだとは思わなかった。

文化祭を通して仲良くなったみたいだし、もしかすると。。。?

 

 

 

 

 

 

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