第18話:崩壊の序曲:まるで低予算の居抜き工事

数日後、制作三役が一斉に退部した。

一身上の都合と言うが、西野派におどされたに決まっている。

部が回らなくなる。

この日、稽古けいこはできなかった。

さすがに水谷は落ち込んでいた。

しかし、西野たちとケンカしようとはしなかった。

なんとか水谷派の3年と話し合って代役を立てようとした。

しかし、みんな役者に取られていて、裏方の、しかもハードな業務である三役まではとても手がまわらなかった。

水谷、ここまでされても黙ってるのか?。

部長として、部をまとめる責任は分かるが、これは明らかな乗っ取りだぞ。

この劇は水谷たちの劇だ。

シナリオ書いて、部員を勧誘して、後輩を育て上げてきた水谷たち3年生の集大成だ。

それを、いきなり空から男目的おとこもくてきの落下傘で降りてきた奴らに仕切られたんじゃたまったもんじゃない。

私は、確かに半端者はんぱものの部員だが、これは許しておけない。

私は、水谷派、中立派の数人と、池田のもとに向かった。

どうして三役を辞めさせたのか?。引き留めなかったのか?。三役が辞めたら部が動かなくなるのは分かっていたはずだと、みんなでめよった。

「頼むからゴタゴタ起こさないでよ。内輪うちわのことなんか誰も分かりゃしないんだから……。文化祭が終わればいいのよ。黙って見てればいいのよ」

 泣きつくように声をひそめて言いやがる。

「でも、進行も記録も会計も辞めたんじゃ、部が動きません」

「あんたは黙っててよ……」

 中途入部の私には強気でいやがる。

「そんなに大事ですか、報告書?」

池田の顔からオロオロが引いた。そして、ムスッとしてこっちをにらんだ。

プライドなんかありやがるのか、このサラリーマンにも。

池田は低く発する。

「貴方は黙ってなさい。何ですか。新しい部に入っちゃき乱して勝手に辞めてったくせに。他人ひとのこと言える立場ですか?」

「今は、私の過去のことなんてどうでもいいと思いますけど」

理にかなっていたらしく、池田は口をとがらせて私を見る。

私も引かない。引けない。

にらみ合いが続く。

「分かりました。裏方の三役については、明日、なんとかします。とにかく稽古を続けて下さい」

稽古を続けろって言ったって、その稽古ができないって言ってんだよッ。

顧問の立場を上手く利用しろって言ってるんだよ、こっちは。

いくらやっても話は平行線。

みんな、とりあえず、「なんとかする」の言葉にわずかの希望を残して引いた。

私もこれ以上は出しゃばれない。


翌日、池田が、緊急ミーティングだと部員を集めて、言った。

「制作進行、記録係、会計係が退部しましたけれど、誰か、新しくやりたいと思う人、いませんか?」

バカヤロウッ!。

それじゃ、西野の思うツボじゃないか。

ちょっと待てッ!。

私は、思わず立候補しようと手を上げかけたッ。


にょろーんと上に伸びる三本の手。


西野と川田と中村がすでに手を挙げ、ニヤニヤと私をにらんでいた。

バチリと目が合う。

目の奥が笑っていない。

私は、情けないことに、ちぢみ上がっていた。

「他に誰もいませんか?」

池田の甲高かんだかいアホな声が顳顬こめかみを握りつぶすように響く。

西野派の、何をしでかすか得体の知れない酔っ払った、とろーんとした不気味な目。

水谷たちは、口を真一文字まいちもんじにして黙っている。

 終わった……。

池田に頼ったのが間違いだった……。

いや、遅かれ早かれ、いずれこうなっていただろう。

西野の、すでに私を待ち構えていたあの目。

怖かった……。

悔しい。

翌日から、新制作進行・西野主導のもと、部は、水谷が雇われ演出のような形となって文化祭へと向かっていった。

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