第10話

「ピアッディ!!」


 領主の悲痛な声が聞こえた。随分と裏返り、慌てふためき、滑稽だった。そんな声を発したところで、エルマには響かない。

 一応、信頼のおける魔女として大切にしていたのだろう。雑に扱っていないことはまだ評価できるが。

 それでも、今までの所業が許されるとは限らない。

 紫色の細やかな粒子となったピアッディは、夜の闇の中へと消えていく。風に運ばれ、遠く、遠く。闇に紛れてそれはもう見えなくなった。

 彼女が立っていた場所は少し抉れている。彼女の防壁とアーティーの魔法による結果なのかもしれない。

 頭を抱えて喚く領主を他所に、エルマはアーティーの元へ歩み寄る。一頻り魔法を使った彼女は、深い息を吐く。


「うーん、やっぱり全盛期ほどの力を使えないかな」

「いや、それでも十分だ。結果として魔女を倒すことができた。何ら問題はない」

「ふふ、ありがとう」


 アーティーは満足気に微笑んだ後、魔女がいた場所をじっと見る。領主は相変わらず嘆いているが、彼女も余り気に留めていない。


「……あの魔女、微かに言ってた気がするのよね。私を銀の魔女だって」

「そうか。だが、知ったところで意味はない。もう言った本人はいないんだからな」


 彼女の頭にぽんっと手を乗せたエルマは、ショットガンを背負い、領主の元へと歩き出す。

 保有していた魔女はいなくなった。今の彼は牙を抜かれた獣も同然。いや、丸裸も同然か? どちらにせよ、今の彼はエルマにとって全くの驚異ではなかった。


「おい」


 呼びかけると、ひっと上ずった声を上げて後ずさる。

 これがこの街を牛耳っていた領主か。なんて滑稽で哀れな姿なのだろう。


「お前、自分の屋敷にもっと野良を飼っているだろう」

「……っ」

「今すぐそこへ案内しろ。魔女がいない今、お前一人で野良を養うつもりか?」


 実際、このまま屋敷の中で野良の魔女を置いておくのは危険だ。かと言って一気に放ってしまうと街に被害が及ぶ。

 屋敷の中に乗り込み、一人ひとり確実に仕留めたほうが被害を最小限に食い止められよう。その際、領主がどうなろうとエルマは知ったことではないが。

 領主はがたがたと震えていた。エルマの気迫に押されているのか、ピアッディがいなくなったことを悲しんでいるのか。だが、一切の抵抗を見せることなく、大人しく何度も頷いた。

 あぁ所詮、魔女という後ろ盾を手にしただけの領主だったのだなと改めて知った。


 ◇◆


 街の魔女騒動は終わりを告げた。

 領主の屋敷からは10人ほどの野生の魔女が地下牢に収められており、それらは全てエルマとアーティーが駆除した。そしてホーウォンを通して領主の悪行が日の目を見ることになった。

 領主の信頼は地に落ちた。野生の魔女を倒してくれた英雄は、自ら野生の魔女を放っていたのだ。誰も彼を擁護することはなく。

 恐らく領主は罰を受けるだろう。この街を治めることもできず、財も差し押さえになるかもしれない。だが、それはエルマとアーティーには関係のないことだ。

 数日後、ホーウォンから報酬の5000ゴールドを無事に受け取った。何度も礼を言われ、何度も握手を求められた。余程領主の悪行に頭を悩ませていたのが分かる。

 魔女を倒し、報酬さえ貰えれば魔女狩り屋の仕事は完了だ。この街がこの後どうなろうと関係ない。だが、きっとホーウォンが必死になって街をいい姿に変えてくれるだろう。それを期待した。


「これで一件落着ってことね!」


 ホーウォンの家を後にしたアーティーは、軽やかな足取りで街を歩く。眩しい太陽が彼女の銀の髪を照らしていた。

 その姿を見つつ、エルマは小さく笑みを浮かべる。


「あぁ。目的の魔女はいなかったがな……」

「大丈夫、きっと見つかるよ」

「そうだな。……あ」


 エルマはふと思い出し、足を止めた。


「そう言えば、ここから東にあるユタットという街に、ローレインがいるそうだ」

「え? ローレイン?」

「昨日、酒場にいた他の情報屋かた聞いてな。ちょうどあいつに会いたかったし、すぐにユタットへ向かうぞ」

「はーい」


 その前に宿屋で手続きをし、車を回収しなければ。さぁこの街ともお別れだ。次の街へと向かおう。

 ひとまずこの街の魔女騒動は終幕した。だが、またいつか別の魔女によって脅かされるかもしれない。とは言え、かもしれない未来なんて今はどうだっていい。

 エルマとアーティーは先へ進まなければならなかった。全ての魔女を倒すために。片碧眼の魔女を探すために。

 そして、


「……片碧眼の魔女を倒したら、行こうね。《世界の果て》へ」

「あぁ」


 アーティーと改めて約束を交わしたエルマは、宿屋に向けて颯爽と歩き出した。

 

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