失くし物の行方

 撫子が春樹達と別れた後、三人の教室では三好が荷物をまとめていた。その表情はなぜか苦しそうに見える。


「・・・はぁ、大丈夫、後は帰るだけ」

「よう、大丈夫か? 随分と顔色が悪いが」


 突然の背後からの声に、半ば過剰とも言えるくらいに反応する三好。


「!? え、さ、さっきの」

「長月だ」


 見ると先程別れたはずの撫子がいた。


「長月先輩・・・大丈夫です」

「いや、だいぶ苦しそうだぞ。その苦しさはただの貧血か? それとも・・罪悪感からか?」

「・・・っ!?」


 撫子の一言に思わず身体が強張る。その三好の反応に撫子は確信する。


「やはりな。盗みはバレなかったとき、安堵と共に罪悪感が押し寄せるものだ」

「な、何のことですか?」

「言ってほしいのか? 今まさに鞄に入れようとしている物のことなんだが」

「!!」


 思わず荷造り途中の鞄を倒し中身が床に散乱する。撫子はその中の一つを手に取る。


「あっ!」

「おっと、これだなクロッキー帳」


 咄嗟に奪い返そうとした三好の手を避ける撫子。


「か、返してくださいそれは私のです!」

「ああ、確かにこれはお前のだろう。ただ・・」


 撫子はそのクロッキー帳に挟まったプリントを抜き取る。


「これはお前のじゃないだろ?」

「っ!」

「そう、これはお前の似顔絵を描いた近藤のだ」

「それは、近藤君からもらって」


 額に汗を滲ませながら答える三好に、撫子はまるでその言葉を予測していたかのような余裕を持って反論する。


「ほう? なら何で近藤は私にこれを探してくれと言ったんだ?」

「それは・・・」


 近藤と撫子が会話していたことを知らない三好は明らかに動揺し俯く。


「ま、理由は話さなくてもいいさ」

「え?」


 意外な言葉に顔を上げ目の前の先輩に目を向ける。


「私が近藤から頼まれたのはこれを見つける事だけだ。後は知らん。それにこれは、今私が偶然拾っただけ。これで依頼は達成だ、じゃあな。」

「ま、待ってください!」


 それ以上は関係ないと教室から出ようとする撫子を、引き留める三好。


「?」

「なんで、分かったんですか?」


 その言葉は、自らの行為を認めた事を意味している。例えバレたとしても他の誰もが分からなかった事が何の関係もない先輩が解き明かせたのかをただ知りたかった。その後輩の覚悟を宿した姿に撫子は礼儀を持って答える。


「最初に引っかかったのは近藤に話を聞いた時だ。他の生徒はペンや消しゴムといった失くしてもおかしくない小物だ。けど近藤のこれは、明らかにこの絵を目的として抜き取られている。恐らく小物は誰が犯人か分からなくするための撹乱だろ」

「でも、それだけじゃ私だと分からないじゃないですか」

「ああ、確かにな。けどお前、文月が何か取られたものがないかと聞いた時、何も取られていないと言ったな。なぜ分かったんだ? あの時事件の事を初めて聞いたのに、だ。普通は『分からない』か『今のところはない』とか曖昧な言葉になるはずなんだ、けどお前は確信を持っていた。なぜ? お前は知っていたんだ何もなくなっていない事をな」


 数分前の何気ない一言からたどり着かれたという事実に、三好は少なからずショックを受ける。


「けど、どうやったっていうんですか? クラスみんなの持ち物から誰にも一つずつ抜き取るなんて出来る訳が・・」

「全校集会だよ」

「!!」

「お前は体調不良を理由に保健室へ行った。」

「そうです、だから私が保健室から出たら先生に見られるじゃないですか」

「普通はな。けど保険医の先生がいなかったら?」

「……」


 三好はただ黙ってその先の言葉を待つ。


「普通は体調不良を訴える生徒がいる場合、有事の際に対応できるように付き添うが、もし付き添うほどではないと判断したら? 答えを言うとな、お前は女性特有の体調不良を口実に使ったんだよ。…生理だ。この症状はたとえ同じ女性でも個人差がある。しかも風邪などと違い繊細な問題だからな、お前が付き添わなくていいと言えば気を使って保険医教諭も席を外し集会に参加するだろう」


 静かに聞いていた三好はそこまで聞くと、再び口を開く。


「…教室にはどうやって入ったんですか? 教室のドアにはカギかかっています」

「ドアにはな」

「っ!」

「窓ならどうだ? 流石に窓自体が開いていたら気づくだろうが、鍵だけ。それも半分だけかけられているなら見落としても不思議はない。もともと30分前後の集会だからな、それほどしっかりとは確認しない」


 その推理に、三好は怪訝な顔でありえないと反論する。


「そんな不確実な事に頼るとでも?」


 ただ、それでも撫子の余裕は消えない。


「ああ、頼るだろうな。それに開いてなくても別によかったんだろ?」

「ど、どうして」


 逆に崩されたのは、反論を仕掛けた本人である。


「窓が開いて無ければ鍵自体を借りればいい。流石に鍵のある職員室には誰かいるだろうが、体調不良で教室に薬があるとか言えば貸してもらえるだろうしな。まあ、窓が開いていればラッキーくらいでいたんだろ。」

「……」


 言い返せる隙を探している三好に、さらに追い込みをかける。


「それにお前の袖のボタン。この時期、新品同様の制服のボタンがそう簡単に取れるはずない。大方窓を乗り越える時に引っ掛けたんだろ」

「……」


 その三好の沈黙を肯定と捉え、撫子はさらに続ける。


「そうすれば後は簡単、いじり放題だ。盗るもん盗って、保健室に戻るだけだ」

「……あはは、本当にすごいんですね、探偵部って」


 観念し、自嘲気味に答える。


「部員は私だけだがな」


 三好は誰に聞かれた訳でもないが、自ら経緯を語る。


「…私、中学校の頃から近藤君の事が好きで。でも全然伝えられなくて、美術の授業でペアになった時本当にうれしくて。近藤君が私の絵を描いてくれてると思ったら、どうしても欲しくなっちゃって」

「本人から貰えばいいじゃないか」

「出来る訳、ないじゃないですか。私が欲しいっていえば、好きって事ばれちゃうし。私なんかに好かれても、きっと近藤君に迷惑かかっちゃうし、それに…」


 言葉に詰まる後輩に代わり、その先を撫子が引き継ぐ。


「好きだと知られたら嫌われるかもしれないからそれよりかはバレずに盗ろう、か?」

「…はい」


 三好が全てを認めた瞬間、教室には重い沈黙が訪れる。


 その沈黙を破ったのは、撫子の大きなため息だった。


「はぁ…」

「あ、あの本当に、ごめんなさい」


 頭を下げる三好に対し、特に気にする様子もない撫子。


「別に私に実害があった訳じゃない。それにお前は悪にはなりきれん」

「え?」

「お前、盗った物絵以外全部職員室横の落とし物収集BOⅩに入れただろ」

「はい」

「それをしたら絵以外が本人の手元に戻った時、真っ先に疑われるのはお前だぞ。唯一戻らないその絵には他でもないお前が描かれてあるんだからな」

「あ…」

「他にもいろいろ甘いところがある。お前はこんなことをしても心の奥底にある良心を捨てきれなかった。お前が本質的なところで善人な証拠だろう。」

「ごめん、なさい」


 抑えていた感情の糸が切れたのか、その目からは後悔と申し訳なさがあふれている。しかし、その表情はそればかりでなないようで


「はは、バレたっていうのに何かから解放されたような顔だな」


 自分の非が明らかにされた事で、罪悪感に締め付けられていた心が解放された彼女の顔からは清々しさすら覗かせていた。


「さて、私はそろそろ失礼するよ。依頼人が待ってるからな」

「あの、この事…」

「言ったろ、私に頼まれたのはこれを見つけ出す事だけだ」

「で、でも」


 それでは許されない事をしたという事は三好が一番理解している。暗に見逃すという撫子の言葉は素直に受け止められずにいた。


「あ~、せっかくだからこの絵もお前にやるよ」

「いや、それは」

「欲しかったんだろ?」

「で、でもやっぱりこんなのはダメです。これで貰ってもたぶん私、一生後悔します。」

「なら本人から貰えればいいんだよな?」

「それは、どいういう」


 それが出来ないから今回の行動に出た事は説明したはずである。そのうえでの撫子の言葉に三好は理解が追い付かない。


「私がこのことを黙ってる代わりってことで、完全下校時刻までこの教室で待ってろ。じゃあな」


 撫子はそう言い残すと、いたずらめいた笑みを浮かべ教室を後にする。


「あっ」


 反論も説明を求める事も許されず、一人残された三好はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

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