第5話「5色のモヒカンと銀髪。そして、ミイラ男」

 屋上には、僕と銀髪の彼が立っていた。外は風が吹いて、床には砂や埃が積もっている。

 銀髪の彼はここに来る途中、購買でメロンパンを買い、モグモグと食べている。どんだけ食うんだ、こいつ……。

 この屋上の出入りは自由なのだが、今日は風があったためか、人は居なかった。

 僕はこの屋上で彼と話すことにした。今なら、誰も居ないので話に集中が出来る。

 早速、話をしようと思うのだが……聞きたいことがありすぎて、なにから話せばいいものか?

 キミは誰だ?何故ここに居る?この学校の生徒か?昨日は何故、タキオンショッピングモールに居た?なんで、僕と白石さんを不良から助けてくれた?なんで、そんなに体が頑丈なんだ?なんで、自分の手を犠牲した?そんなに体が頑丈なら、何故不良達を殴らなかった?あのあと、なにがあった?そして、昨日の朝に出会ったモヒカンファイブのピンクが言っていた銀色の髪の男とは君の事なのか?モヒカンピンクはボロボロだったが、君がやったのか?そして……。

 ……ああ、ダメだ。聞きたいことが多すぎて、なにから聞くべきか……。

「ところで、お前。誰だ?」

 メロンパンをモグモグ食べながら、彼は言った。

 そういえば、自己紹介をしていなかったな……。

「ぼ、僕の名前は平良一成(たいら かずなり)……。最近ここに越してきたんだ、よ、よろしく……」

 彼は僕の名前を聞き、特にリアクションもせず、ただメロンパンを食べている。

「……」

「……」

 しばらく、沈黙が続いた。

 彼はメロンパンを食べ終わると口を拭った。

「そうか。お前、たいらって名前なのか」

「う、うん……。それで、君の名前は?」

「俺か?俺の名は……」

 僕は息を飲んだ。ただ名前を聞くだけなのに、何故か緊張した。

 彼が自分の名前を言おうとした瞬間。

 バタン!!と屋上の扉が乱暴に開いた。思わず、僕と彼は扉の方に目を向ける。

 すると、そこには……。

「居た!居ましたよ!レッドさん!!あいつです!!例の銀髪がここに居ましたよ!」

「なんだとぁ!!」

 昨日、フードコートで僕と白石さんに絡んできた茶髪で耳にピアスをした不良Aが居た。

 嘘だろ……。冗談だろ……と思った。

 まさかの不良Aの登場で、ここから最悪の展開が始まるのであった。

 奴は今、確かにレッドさんと言った……。

 レッドさん……。

 ということは、もしかして……。嫌な予感がしてきた。

 屋上の扉から、モヒカンの男達が次々とやってきた。赤いモヒカン、青いモヒカン、黄色いモヒカン、緑のモヒカン……。

 嫌な予感が的中した。やっぱり、こうなるのか……。

 間違いない……。彼らは昨日の朝、僕に絡んできたモヒカン集団……モヒカンファイブだ……。

 もう二度と会いたくないと思っていたのに……。

 そして、アレが始まろうとしていた。

 赤いモヒカンの男が前に出て、

「モヒカンレッド!!」

 今度は青いモヒカンが前に出て、

「モヒカンブルー!!」

 今度は黄色のモヒカン。

「モヒカンイエロー!!!」

 更に緑のモヒカン。

「モヒカングリーン!!」

 そして、モヒカンレッドが真ん中に立ち、

「我ら、牛丼高校最凶不良チーム・モヒカンファイブ!!!」

 と言って、ポーズを決めた。

 ……。

 ……やっぱ、メチャクチャダサい。

 ポーズ決めた後、レッドが銀髪の少年を睨み、

「てめぇか!!昨日、モヒカンピンクをボコボコにし、更に俺の部下もボコボコにした銀髪の男ってのは!?」

 どうやら、この不良Aはモヒカンファイブの部下、腰巾着だったようだ。

 ……この不良A。昨日は「夜のクレーンゲーム」「夜のUFOキャッチャー」「夜のレースゲーム」と、かなりイキっていたが、こんな変なモヒカン達の部下だったのかよ……。

 レッドが銀髪の彼に指を差す。

「俺達に喧嘩を売るとは、ふざけやがって!!覚悟できてんのか、てめぇ!?」

 物凄い圧を放つレッド。モヒカンファイブの四人は、かなり怒っている。

 これは下手なことを言ったり、やったりしたら、明らかに爆発する。

 なんとか、上手くこの場をやり過ごさないと……。

 そう思っていると、銀髪の彼は急にモヒカンレッドの前に立った。

 なんだ?なにをする気だ?

 モヒカン達も、いきなり前に出てきた彼に少々戸惑っている。

「なんだ、てめぇ!?やる気か!?」

 レッドが叫ぶ。

 彼はじーっと、モヒカンレッドの頭部を見つめる。

 すると、彼は予想外の行動をとった。

 なんと、レッドの赤いモヒカンヘアーをグイっと掴んだのだ。

 この場に居た全員が驚いた。

 僕はムンクの叫びのようなポーズを無意識にした。

「てめぇ!俺のモヒカンにさわ……いででで!!」

 痛がるモヒカンレッド。

 彼はなにを思ったのか、レッドのモヒカンヘアーを引っ張っている。

「てめー!なにしやがんだ、コラァ!!」

 モヒカンブルーが彼を突き飛ばす。その衝撃で、彼はレッドのモヒカンヘアーから手を離した。

 本当に何をやっているんだ!?見た目にもガラが悪く、自称・牛丼高校最凶の不良達であるモヒカンファイブのモヒカンヘアーを引っ張るとか、正気か!?

「おい、大丈夫か、レッド!?」

 ブルーがレッドを見る。

 レッドは自慢のモヒカンヘアーを引っ張られ、爆発寸前。マジでブチギレる5秒前ぐらいになっている。

 一方、銀髪の彼は残念そうな顔で、レッドのモヒカンヘアーを見つめていた。

「お前……そのブーメラン、頭から外れないのか?」

 ……。

 彼の言葉に全員が固まった。

 というか、時間が止まった。

 ……どうやら、彼はモヒカンヘアーは頭から取り外せると思っていたらしく、とても残念そうな顔をしている。まるで、欲しかったオモチャを買ってもらえなかった子供のような顔だ。

 モヒカンヘアーは取り外し可能なブーメランでも、アイスラッガーでもない。

 ピキッ!ピキッ!と言う擬音が聞こえてきそうなぐらいに、モヒカンファイブ達の額の血管が激しく脈打っている。

 もう駄目だ、死んだわ、僕……。

 僕はこんなバカと屋上に来てしまったことを激しく後悔した。

 モヒカンレッドが拳を固く握り、振りかぶる。

「ふざけやがって、この野郎!!!」

 しかし、彼は避けようとはしない。あの時と同じように、ただ立っている。

 まさか、また相手の拳を受ける気か?

 そして、彼はまるで他人事のように、

「やめとけ。怪我するぞ」

 と言った。

「うるせぇ!!」

 レッドの拳が彼の顔面に向かって放たれた。

 ドン!!ゴキッ!!と嫌な音が屋上に響く。

 レッドの拳は間違いなく、彼の鼻、顔面のど真ん中に当たっていた。

 いくら体が頑丈な彼でも、あの勢いで顔面、しかも鼻を殴られたら噴水のように血を出すに違いないと、僕は思った。

「ぐぎゃああああ!!!!」

 やっぱり、噴水のように血が噴き出した。ただし、レッドの拳から。

「ぎゃあああ!!!いでぇ!いでぇ!!」

 皮膚が裂け、血が噴き出している拳を押さえて、レッドが叫んでいる。

 嘘だろ……。

「だから言ったろ。怪我するって」

 殴られたはずの彼は、平気な顔をしていた。しかも、無傷。鼻血も出ていない。

 昨日も不良達から殴られて無傷だったが、まさか顔面のド真ん中を殴られても平気なのか……。それどころか、ケガを負わせている。

 痛みに叫ぶレッド。不良Aは焦りながら、

「レッドさん!そいつ、何故か異常なまでに頑丈な身体してるんです!!気を付けてください!!」

「早く言え!!ボケ!!!いでぇ!!」

 アイツ、伝えてなかったのか……。

 しかし、まさか、ここまで頑丈だとは思ってもいなかったんだろう……。

 もうここからは、まるで嵐のようだった。

「ふざけやがって!!」

 今度はブルーが前に立ち、彼の脚に鋭い蹴りを放った。 

 ゴン!!と鈍いと音が鳴る。

「うぎゃああ!!!」

 ブルーは脛を抱えて叫んだ。

「痛い!痛い!!痛い!!!」

 クールなキャラのブルー。そんなブルーが情けなく、片足でピョンピョン跳ね、脛を抱えている姿はなんというか滑稽だった。

 ドスン!と足音を響かせ、今度はイエローが前に出た。

「どすこい!!」

 イエローは鋭い張り手を彼の頬に浴びせた。

 ぺチン!と大きな音がした。

「あひぃいいいいーー!!!」

 イエローは手を押さえて叫んだ。

 やっぱり、張り手をされても彼は無傷だ。しかも、頬が赤くなってもいない。

 それにしても、このイエロー。相撲でもやっていたのか?

 今度はグリーンが前に出てきて、普通に殴った。なんの面白味もない。

「ぎゃあああーーー!!!」

 グリーンは普通に痛がった。

 銀髪の彼はモヒカンファイブ達から殴られ、蹴られ、張り手をされたが全く効いてない。逆にモヒカンファイブ達がダメージを負っている。

 だんだん感覚が麻痺してきたが、本当に彼の身体はどうなっているんだ?超合金で出来ているのか?

 レッドはボロボロになった拳の痛みに耐えながら、

「ふざけやがって、この野郎!!いくぞ、お前ら!!一斉攻撃だ!!!」

「「「おおう!!」」」

 このレッドの一声で、ブルー、イエロー、グリーンが彼を囲んだ。

 そして、モヒカンファイブは四人がかりで彼の全身を殴る蹴る張り手など、数々の暴行を加えた。

 グチャ!バキ!!ゴキィ!!メキャア!!と激しい打撃音が響く。

「ひぃいい!!」

 僕は思わず、声を出した。

 いくら彼が頑丈な身体をしていたとしても、さすがにここまでやられたら無事で済むはずがない。

 不良Aが下卑た笑いをする。腰巾着のくせに。

 モヒカンファイブ達の激しい攻撃のせいか、屋上の床に積もった砂や埃、花粉などが宙を舞い、辺りがよく見えなくなった。まるでスモークが焚かれたようだ。

 四人がかりで一人の人間をここまでボコボコにするなんて、やっぱり、この学校の不良共は狂ってる!

「や、やめろ!!!」

 僕は叫んだ。

 人が殴られて、蹴られているということが、もう耐えられなかった。

 すると、


「そうだぞ。やめろ」


 僕の背後から誰かの声がした。

 ……。

 物凄い違和感を感じて、振り返った。

 そこには今、モヒカンファイブ達に殴られているはずの銀髪の彼が立っていた。

 ……あ、あれぇ?

 頭が混乱した。僕は幻覚でも見ているのだろうか?この街に来てから、いろんなことがありすぎて、脳がおかしくなったのか?

 なんで、今モヒカンファイブに殴られている彼が僕の背後に立ってるんだ?

 しかも、無傷。学ランに砂埃が付いているだけ。

 しばらくすると、砂埃がなくなり、悲惨な光景が広がった。

 モヒカンファイブ四人全員が、ボロボロになって倒れている。

 レッドも、ブルーも、イエローも、グリーンも、顔がボコボコに腫れあがり、鼻から口から血を流している。着ている制服は破け、手や足は血に汚れていた。

 異様な光景が広がる中、銀髪の彼は口を開いた。

「だから、怪我するって言ったのに……」

 そう言って、彼は学ランのポケットから、スティック状のスナック菓子を取り出した。

 僕はゾクッとした。

 まさか、あの砂煙で周囲が見えなくなった間に、彼がモヒカンファイブ全員を倒したのか?

「ええーー!?嘘だろ!レッドさん!ブルーさん!イエローさん!グリーンさぁん!!」

 情けない声で不良Aが叫び、倒れているモヒカンファイブに駆け寄った。

 銀髪の彼は袋を開けて、スナック菓子をサクサク食べている。

 僕は恐る恐る、彼に聞いた。

「い、一体……君はなにをしたんだ?どうやって、あの四人を倒したんだ……!?」

 彼は無表情でスナック菓子を食べながら、

「なんか殴られているのもめんどくさくなってきたんで、あの場から離れたら、あいつらが勝手に殴り合いを始めた」

 彼はそう言って、スナック菓子を食べ終えた。

 生まれて初めて聞いたぞ、殴られるのがめんどくさいって言葉……。

 僕は屋上で倒れているモヒカンファイブ達を見つめた。

 モヒカンファイブは四人がかりで銀髪の彼を殴っていた。だが、途中から砂埃で周囲が見えなくなった。その間に彼はエスケープ。モヒカンファイブ達は砂埃で周りがよく見えていなかったので、彼が居なくなったのに気づかず、いつの間にか味方同士で殴り合っていた。

 要するに、モヒカンファイブ達は同士討ちしたということか……。アホだ……。

 銀髪の彼は学ランから、二本目のスナック菓子を取り出した。

 不良Aが倒れたレッドの身体を揺らす。

「ううっ……」

「レッドさん!」

 意識を取り戻したレッドは、不良Aの肩を掴んでフラフラと起き上がった。

 全身がボロボロのレッド。ボロボロになった手で弱々しく、銀髪の彼に指を差す。

「き、貴様……。まさか、牛丼高校最凶最悪の不良である俺達四人を倒すとは……」

「いや、お前らが勝手に仲間同士で殴り合ったんだろ……」

「グォホゴホゴホ!!!」

 レッドは、わざとらしく大きく咳き込んだ。

 ゼーハー、ゼーハー言いつつ、レッドはまた彼に指を差した。

「まさか、たった一人で、こ、この俺達は倒……」

「いや、だから、お前らが勝手になぐ」

「この俺達を倒すとは、お前、ただ者ではないな!!ゴホッ!!」

 レッドは彼の言葉を遮るように大声を出し、また吐血した。どうしても、同士討ちを認めたくないらしい。

 銀髪の彼は二本目のスナック菓子を食べ終え、三本目のスナック菓子を食べ始めた。

 レッドは口についた血を拭いながら、

「てめぇ……その常人離れした身体と度胸。そして、その銀髪……どうやら、ピンクをボコボコにしたのは、貴様で間違いないようだ……。てめぇ、一体、何者だ!?」

 レッドは、僕が抱えている一番の疑問をぶつけた。

 長々と引っ張ってきたが、一体、この銀髪の彼の正体はなんなんだ?

「……」

 銀髪の彼は三本目のスナック菓子を食べ終え、静かに口を開いた……。

「俺は」

「おーい!!みんなー!!」

 彼がなにかを言おうとした瞬間、絶妙なタイミングで屋上の入口から声がした。

 そのせいで彼の口が止まった。

 なんだよ、これからって時に!?

 レッドと不良Aと僕は入口の方に目を向けた。

 そして、目を疑った。

 全身が包帯グルグル巻きで、頭からピンクの毛が生えたミイラが松葉杖を持って立っていた。

 屋上の時間がまた止まった。

 そして、僕は大きく、

「ぎゃぁあああーーーース!!!」

 と情けなく叫んだ。

 レッドと不良Aも、

「ゲゲェーー!!ミイラ男!!」

「ぎゃあああああ!!!」

 情けなく叫んだ。

 銀髪の彼は無反応で、四本目のスナック菓子を食べ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る