ワンカートンの恨み
第38話 ①
「なんだ、その目は?」
「それは、違法じゃないでしょうか?」
「あぁ?」
今日は孤独死の現場だった。初老の男性で心筋梗塞の突然死だった。定期的に訪問していた家族が遺体を早めに見つけたので腐敗が起こる前だった。部屋に親族が訪れたとき、ベッドの上で横になったまま亡くなっていて煙草を噛みちぎっていたそうだ。
部屋は物で溢れかえっていたが定期的に家族が訪問していたので生ゴミなどの汚物が溜まっていなかったのが幸いだった。久間と高田は家具や部屋にあった不用品を全て処分し、値段のつくものの買取査定を終えて依頼人と部屋の確認を終えた後に事件は起こった。
蒲田遺品整理業者の開業当初より働いていた高田がゴミとして分けていたワンカートンの煙草を自身のリュックに忍ばせているところを久間に見られたのだ。
「若造にとやかく言われる筋合いはない」
「それは、違法です。社長に報告しますよ」
高田はイライラして顔を真っ赤にした。
「てめぇ、殴るぞ!」
「殴りたければどうぞ。違法なのは、そちらなので」
高田は怒りに任せて久間の腹に一発拳を入れた。久間はよろけて後ろの壁に激突した。が、表情を変えずに高田を見ている。その表情が高田を苛つかせた。
「報告するなり、何なり好きにしろ」
「……わかりました」
* * * * *
営業所に戻るなり高田は社長のデスクの前に仁王立ちした。
「蒲田」
「おお、高田さんお疲れ様」
「あのよ、久間とは別の仕事にしてくれないか? やりにくくて」
「なんでや? 久間は仕事は早いし礼儀正しいやろ」
「性格が合わないんだよ」
「……そうか。とりあえず、明日の清掃は他の社員は変われんから二人で頼むわ。後の仕事はかぶらんようにするから」
高田は無言で頷いた。営業所で久間が社長にチクリに行かないか睨みを効かせていたが、久間は営業所に戻ってきてからはカメラのデータをパソコンに取り込んで報告書を作る作業をしていて終業時間を過ぎると帰っていった。
(あいつ。あんなこと言って結局俺にびびったんだな)
高田は笑いが堪えきれず椅子から立ち上がると機嫌良く高笑いしてから帰宅した。
高田の家は蒲田遺品整理業者から徒歩で15分のマンションだ。独身貴族で金には困っておらず家にはワインセラーがあり世界中の酒や煙草を集めるのが趣味で一部屋を完全に趣味の部屋にしていた。高田は帰宅したり一番最初に匂いや汚れを落とすため必ずシャワーを浴びることにしていた。シャワーを浴びるとまずは一服だ。今日は孤独死の現場からカートンで頂いたセブンスターをリュックから取り出した。一箱取り出すと、長年愛用しているZIPPOのライターを取り出した早速燻らせた。肺に入ってくる煙、鼻孔を通じて感じる匂い。甘く、そして煙草らしい苦い香りが強く広がる。体中の隅々まで煙が行き渡ったかのように感じられた。セブンスターはよく吸うが、いつものとはまるで違う吸い心地と味わいだ。
「うまい……! じいさんは、こんな美味い煙草を食いちぎったのか……」
笑いが止まらなくなりそうなほどに美味い煙草だった。煙草は好きなメーカーを部屋の棚に飾っているが普段吸うのは特にこだわりは無く片っ端から吸っている。年々煙草の値上がりが止まらないことに苛立ちを覚えるが、死ぬまでやめられないだろう。そもそもやめるつもりないし電子タバコにするつもりだってない。
冷蔵庫からビールを出すとその場で一気飲みをした。煙草をくわえながらカップラーメンにお湯を注ぎ、冷凍チャーハンをチンして食事を済ませた。冷蔵庫はビールで一杯で、冷凍庫は冷凍食品で一杯だ。そんな生活も悪くない。独り身の高田は自由なのだから。
一人で寝室で寝タバコをしながら横になった。明日は金曜日だから、帰りにキャバクラに行って、次はお楽しみにも行こう。一人でニヤニヤしなが、気分が良くなっている。煙草のあまりの美味しさにあっという間に一箱吸ってしまい、二箱目に手を伸ばしていた。目を閉じると空を飛ぶような浮遊感と、頭がスパークするような快感で高田は身震いした。煙草の煙で部屋が白くなりまるで霧の中にいるようだ。頭の天辺から爪先まで、甘く苦い煙が、香りが、痺れるような快感が広がる。手が止まらなかった。一本……また一本、次から次へと吸ってしまう。
「おぇぇぇぇっ!」
高田は数分後に飛び起きた。口の中が苦い。煙草を噛みちぎっていた。慌てて洗面所に駆け込んでうがいをした。
危うく煙草を食べてしまうところだったと高田は青ざめた。どうやら、寝タバコをしたまま眠ってしまっていたようだ。
「危ねえ」
火事にもなるところろだった。リビングを通り寝室に戻ろうとした時だった。高田はギョッとした。一パックだけ出したはずの煙草の箱が散乱して床にまで落ちている。
「寝ぼけて……全部出しちゃったのか?」
床に落ちている箱を拾ってテーブルの上に置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます