これが智子か!

 今日は会社の後輩と三人で飲みに来てた。異動の歓迎会みたいなものだったけど、一軒目で新しく来た子が酔い潰れちゃったんだよな。そしたら、もう一人が送って帰るってさ。酒弱いなら、そう言ってくれれば良いのに。恵梨香に合わせて飲んだら、弱かったらああなるよ。どうも飲み足りないから、バーに行くことにした。


『カランカラン』


 やっぱり混んでるな。


「いらっしゃいませ、今日はお一人様ですか。それならこちらの方に」


 荷物を動かしてもらって、


「モヒート下さい」


 ここのモヒートは神戸一じゃないかな。ミントが嫌いな人には無理だろうけど、恵梨香はこの香りが好きだし、ラムも好きだもの。モヒートに使うのはホワイト・ラムだけど、ダーク・ラムはウイスキーより恵梨香は好きなぐらい。


 それはともかく左に座ってる四人はえらい盛り上がってるな。歳の頃は恵梨香とドッコイドッコイだけど、会社の同僚というより、同窓会か何かの流れかな。話し言葉でそれぐらいは恵梨香にもわかる。


 男二人、女二人だけど、とくに恵梨香の隣に座ってる女。どうみても仲間だろうけど、えらい若いな。二十代は言い過ぎだとしても、余裕で三十代前半に見えるものな。でも他の三人とはタメ口だから同い年なんだろうけど、聞くともなしに聞いてると、


「それで智子がさ・・・」

「上村さんはあの時に・・・」

「そうや上村さんが・・・」


 隣の女は名字が上村、名前が智子だって! 四人が同級生だとしたら隣の女が恵梨香の二つ上でも不思議ないじゃないか。恵梨香の聞き耳がピンと立ったよ。


「それにしても智子は明文館だものね」

「カノリも来ると思ってたのに」


 なんだって。明文館!


「智子は理系だったよね」

「へぇ、珍しいな」


 もう間違いない。あいつの初恋の聖女智子だ。あいつが言ってたもの。小柄というよりチビだって。スタイルも間違ってもグラマー系じゃないのも合ってるよ。イメージと違うのはえらい明るいこと。その辺は二十年の歳月もあるし、結婚経験もあるから変わっていても不思議ないか。


 女としての評価は強敵だ。結婚して旦那とやりまくってるはずだけど、それでも清純さが隣にいただけで感じるじゃない。それもただの清純じゃなくて、しっとりとした色気もある。泥棒猫のプンプンする色香は好かんけど、こういう清潔感溢れる色気は認めざるをえないもの。


 それとこれは育ちだろうな。とにかく上品だよ。泥棒猫のわざとらしいのと違って、なんの違和感もないじゃないか。本物のお嬢様だよありゃ。お嬢様ぶってる奴は知ってるけど、あんなのが本当にいるんだ。


 それに悔しいぐらい笑顔が可愛い。ああいうのを輝くようにって言うと思う。恵梨香より二つ上だぞ。それであれだけ若々しくて、可愛い笑顔が自然に出来るなんて、なんと羨ましい。恵梨香にないものを全部持ってるじゃないか。でも智子は未亡人。再婚の意思があるかどうかは大きなポイントだけど、


「そうそう智子はもう一花咲かすって言ってたけど、もう決まってるの」

「さすがに決まってはないけど、したい人は決めてる」


 ぎょぇぇぇ、再婚の意思ありかよ。最後の希望はターゲットがあいつじゃないことだけど、


「ひょっとして、その相手って、まさか」

「そうよ、初恋の夢を追うつもり。今度こそあの時の後悔を繰り返したくない」


 恵梨香は頭を思いっきりぶん殴られた気分になり、


『ガッシャ~ン』


 しまったグラスをひっくり返しちゃた。バーテンさんが手際よく片付けてくれたけど、智子も少し濡れたかも。


「申し訳ありません」

「少し濡れただけですから、お気になさらずに」


 キッカケが出来ちゃったから、少し話をしたのだけど。一〇〇%間違いなく智子だ。それにしても綺麗だし可愛いわ。たしかにグラマー系じゃないけど、男だったら飛びつくと思う。その辺は好みがあるにしろ、女が思うより男は巨乳より、この程度の上品清楚系が好きなのが多いと聞いたことがある。


 それと目がチャームポイントだな。つぶらな瞳ってこういうのを指す見本みたいなものだよ。性格も悪くなさそうだ。いや、はっきり言って良いとしてイイと思う。さっきからアラを探しまくってるけど、見つかりもしないや。


 あいつの目の高さを思い知らされた気がする。智子の高校時代は地味子だったかもしれないけど、地味は地味でも実は素敵なレディって奴じゃないか。こういうタイプは、たしかに高校生ぐらいでは地味子で終わるかも知れないけど、大学から社会人になれば花を咲かせる地味子だよ。同級生がビックリさせられるぐらい変わるタイプの典型。


 泥棒猫相手なら、このビヤ樽狸でも闘志が湧いたけど、智子の前では対抗する手段さえ思いつかないよ。恵梨香が勝てる要素は・・・・・・あの不思議すぎるあいつからの好意だけど、これだって智子があいつの前に現れたら、それこそ風前の灯でしかないよ。



 他に、他に、恵梨香が対抗できるもの。あれぐらいしか思いつかないよ。鍛え上げられた恵梨香のビッチ。これには自信持ってるけど、同時に最大の不安要素だもの。あいつが果たしてビッチを好むかどうかの賭けになるよ。なおかつかなり分が悪い。


 智子だって清純そうに見えるけど、ベッド経験は恵梨香を上回るはず。五倍以上あっても全然不思議じゃない。下手すりゃ、もっと多い。さすがにビッチのトレーニングを受けてるとは思いにくいけど、それこそ時間と回数をかけて丹念に開発され花開いた体ってところだろ。


 智子みたいな女のジャンルは熟れた人妻とか未亡人になる。こういう女が男に好まれるのは、ベッドで何を望まれ、どういう反応が喜ばれ、どうなれば良いかを知り尽くしてること。つまりは最初から高いレベルで楽しめるってことになる。


 恵梨香のビッチはかなり違う。ビッチを楽しむ経験が必要なんだよ。恵梨香なら、ほぼなんでも応じられるし、新しいチャレンジをされても喜んで受けてやるよ。でもね、ああいう事をやりたいとか、そもそも知らないとビッチを十分に楽しめないのよね。


 ビッチを極めたい男が相手なら、人妻や未亡人では到底味わえないような世界を提供することが出来るけど、そうじゃなければ宝の持ち腐れになるってこと。ましてやビッチの世界を好まない男にすれば変態としか見られないもの。


 それでもってあいつだけど、どこをどう見ても常識人。普通に考えれば智子の世界がお好みになるはず。恵梨香の最大の武器であるビッチが威力を発揮するには、実はあいつがビッチ好きでないと無理。勝てるのは僥倖ぐらいしか期待出来ないよ。



 さらに不利な材料がある。ここまで付き合えばわかってきたのだけど、おそらくあいつは再婚を決めた相手しか寝ないと思う。そりゃ、離婚の原因が奥さんの不倫だから、恋人相手でも一人に絞りたいはず。だから泥棒猫は未だに抱かれてないんだよきっと。


 もっとも基本はそうでも、お試しはアリとみている。あいつの心の中の整理として、再婚を決定する最終試験みたいな位置づけかな。どうしてもエッチの相性が悪ければゴメンナサイして、次の相手を探すぐらい。これなら浮気にならないぐらいだろう。


 ただそのお試し期間は短いと見てる。たぶんワン・チャンス。多くても二度か三度。やはり一度と見ておくべきと覚悟しておいた方が良いと思う。そう、次があるなんて甘い夢を見てたらダメ。


 そうなっても有利なのは智子。かなりのレベルであいつを満足させてしまう可能性が高い。さすがにあれに対する拒否感とか、嫌悪感はないだろうからな。あったら再婚なんて考えないもの。いくら清純そうに見えても女の喜びを知ってなければおかしい。


 受け入れたらごく自然に感じるし、喜ぶ姿を見せることになる。その時の智子の最高の武器は恥じらい。ああいうタイプは残るんだよな。恥じらいながらも耐え切れずに喜ぶ姿は多くの男が興奮するんだよ。まるで処女を達せさせたような満足感があるらしい。


 だが言うまでもなく智子は処女じゃないどころか恵梨香以上のベッド経験者だ。恥じらいながらも求めるのもごく自然に可能なはず。そうやって恥じらいながらも求める女は男は好きだ。ましてや智子はあいつの初恋の聖女だよ。そうなった智子に完璧すぎる満足感を覚えないはずがない。


 智子に先にベッドに行かれたら勝ち目はない。そこで恵梨香はジ・エンド。なにがなんでも先にベッドに行かないと話にならないってこと。恵梨香に勝機があるとしたら、先にベッドであいつを満足させた時のみ。


 それでも恵梨香があいつを間違いなく満足させられるかと言えば不安要素がテンコモリ。ビヤ樽狸の体を置いといても、あいつがビッチ好みでない限り不利も良いところ。これも回数があれば、あいつにビッチの扱い方を教え込む作戦が取れるけど、いかに恵梨香でも一回では無理があり過ぎる。下手すりゃ淫乱にしか思われない。


 ああ、こんな事なら、トットとベッドに行っておけば良かった。最初からNOのリスクもあったけど、泥棒猫や智子が現れる前にビッチの楽しみ方、ビッチでどれだけの世界を見れるかを体験させることが出来たのに。後悔先に立たずとはまさにこの事だよ。



 それでも恵梨香はあきらめたくない。これだけは説明不能だけど、なぜかあいつは恵梨香を気に入ってくれている。一時は泥棒猫に傾いた時期もあったけど、また恵梨香に戻ってきている実感があるもの。


 それと智子がトンデモない強敵とわかったけど、まだリングに上がって来ていない。現時点であいつの前にいるのは恵梨香と泥棒猫のみ。泥棒猫が脱落してくれれば、残るのはビヤ樽狸の恵梨香ビッチ様だ。理由は不明だけど何故かそうなっているとしか言いようがない。


 そう今なら先攻権は恵梨香にある。次に会った時に誘われたら迷わずベッドに行く。誘われなくとも引きずり込んでもベッドに行く。そのベッドで恵梨香は一世一代の女をあいつに見せる。


 そうだよ恵梨香はビッチとして鍛え上げられてるけど、ビッチ以外のエッチだって出来るはず。クソ元夫は突っ込んで自分が満足するだけで何にも感じなかったけど、不倫上司との時だって最初はノーマルだったし、あの時もちゃんと感じられた。あそこで感じられたからこそ、あの不倫は花開いたんだ。


 問題は恵梨香がビッチの喜びを教えられてしまったこと。ノーマルで満足出来るかになる。あかん、あかん、そう考えたらアカン。恵梨香の喜びを中心に考えたらダメ。勝負のベッドはあいつを満足させられるかどうかがすべて。


 ノーマルで感じることに全神経を集中させて、なにがなんでも恵梨香があいつに喜ぶ姿を見せてやる。恵梨香だってノーマルで優しく導いてもらって、喜ばせてもらうのは夢なんだよ。自分の夢のために一世一代の女になる。


 ビッチは再婚してからあいつを飽きささないように出せば良いじゃないか。ビッチ以外の恵梨香でずっと満足してくれれば、それでよし。倦怠期が見え始めたらビッチだ。そうビッチも出来る奥さんとわかれば、あいつも新たな発見で励んでくれると思う。


 結婚がゴールじゃないことは恵梨香だって経験してる。本当に大事なのは結婚してから。いかに恵梨香を飽きさせないかが重要なんだよ。あいつだってそういうのを再婚相手にしたいはず。


 夫婦生活で夜はやはり重要。夜を充実させるには、禁断の蜜をあいつに舐めてもらう。あれは不倫の時には自然に味わえるけど、夫婦だって味あうのは可能のはずだ。禁断の蜜の味はビッチの味、普通の夫婦では女が拒否してしまう事が多いけど恵梨香は違う。


 昼間は優しくて、可愛げのある奥様になって、夜はビッチで満足させる。どうだ、こんな素晴らしい女はそうはいないはず。だからお願い、恵梨香を選んで。必ずそうなるって約束するから。

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