第31話 side最強の矛《ゲイボルグ》9
『アオォォオオオオンッッ!!』
ズシリと腹に響く獣の雄たけびが洞窟内に轟き、隊列を成してマザマージ達目掛けて駆ける魔狼の群れ。
「はぁぁぁああっ?!?!」
突然の出来事に目を見開き、驚きの声をあげたまま固まるというリーダーとして致命的な失態を犯すマザマージを傍らに、覚悟を決めた顔で盾を手に前へ出ていくバセイ。
まるで自分だけを見ろと言わんばかりに何度も盾へ手甲を打ち付けて大きな音を鳴らすと、鬼気迫る雰囲気を纏いながら盾を構えた。
狼の群れはそんなバセイの並々ならぬ気迫を警戒してか、足を緩めて様子を伺うようにしながらも徐々に横に広がり囲いを作っていく。
バセイが作り出したわずかな時間でようやく我に返ったマザマージだったが、あろうことか自身の判断を待たず動いたバセイに舌打ちした。
「チッ、勝手な真似してんじゃねぇよ! まぁいい、前に出たのはあいつの判断だ! 俺様達は少しずつ下がりながら隙を見て撤退すんぞ!!」
マザマージの言葉に仲間たちは静かにうなずき、目線で合図されたコラプスがバセイに『狙いの標的』をかける。
そのままゆっくりとバセイから離れるように、魔狼たちから目を離さずに後ろ歩きを始める一同。
「な、何を言っているんですかっ?! 迎撃しないと、バセイがやられてしまいますっ!!」
ただ一人、エレノアを除いて、だが。
ようやく事態を飲み込んだエレノアは、距離を取りつつあるマザマージたちが迎撃ではなく撤退に向けて動いていることにその場に留まったまま抗議した。
「エレノアは優しいな。だが、あいつは俺様の指示を待たずに勝手に前に出たんだ。さっきの遠吠えが聞こえたろ?
どこか諭すような言い方で、勝手なことばかり述べるマザマージ。
通常なら正論ではあるが、今回で言えばバセイが注意をひかなければ急襲を受けてとっくに囲まれ、劣勢に追い込まれていたことは容易に想像できる。
だが、そんな問答すら時間の無駄だと判断したエレノアは、悲壮な覚悟をもってバセイの元へ走り出した。
「チッ、優しすぎるってのも考えもんだな。オイ、ここでエレノアを失う訳にはいかねぇ。俺様たちもいくぞ!!」
このまま逃げたいと顔で語るスィエンたちにも気づかず、颯爽とエレノアを追うマザマージ。
そんな彼の後をすぐに追いだしたヒリテスとシルストナは、足踏みしている二人とは別の理由で顔を険しくしていた。
主要メンバーが飛び出してしまい、躊躇していたスィエンらも泣く泣く後を追う羽目になる。
一方のバセイは、様子見と言わんばかりに右から左から一頭ずつ交互に襲い来る魔狼を前に、並々ならぬ集中力で一撃ももらうことなく攻撃をさばき続けていた。
その間も着々とバセイ包囲網が完成していくなか、エレノアが囲いの中に突入。
魔狼の群れはしっかりとエレノア達の動きも把握しており、わざわざ包囲網の中に入って来てくれるのか? と、その後も突入を図るマザマージ達の邪魔をすることなく見逃して見せた。
かくして完成した包囲網の中、ようやくマザマージはエレノアに固執しすぎて危機的状況に自ら飛び込んだことを理解。
だがすぐに、所詮魔狼など
つい先ほどまで撤退しようとしていたことなどすっかりと忘れて。
「いいかお前ら! 所詮魔狼なんぞ群れて行動しなきゃ生きていくこともできねぇ雑魚魔物だ!! 片っ端から素材に変えるぞォッ!!」
そう叫びながら、飛び込んできた一体を見事一刀両断に切り伏せて見せた。
いくら
というのも、魔狼は警戒心が高く、よほどのことがない限りは
しかしその毛皮は刃を通しづらい上に美しく、その牙の使い道は武具の素材から装飾品と多岐に渡る。
骨や肉、内臓はテイマーたちが使役する魔物に与えることでわずかに俊敏性の上昇が見込める薬になるとあって、市場に数が出回りづらいことも影響して全身くまなく非常に高値で取引される。
同階層に出現するハイゴブリンや魔蜘蛛の素材に比べて、おおよそ20倍~25倍の値がつくのだ。
近頃何かと出費がかさんでいるのに収入が減っている
先ほどまでは自らの命を天秤に乗せるべくもないと考えてもいなかったことが、彼我の実力差を目にしたことで余裕が生まれ欲に目がくらんだのだ。
「みなさん、できるだけ綺麗な状態で倒すようにしてくださいっ! こいつら、状態が良ければ高値で引き取ってもらえますよっ!!」
一瞬だけスィエンに指図されたことに不機嫌そうに顔を顰めた一同だったが、すぐに気持ちを新たにした。
これでまた酒場で豪遊できる、なくなりかけて節約して使っていた高級髪油がたくさん買える、さらに性能が良く見た目も良い高級武具が買える――など。
理由は違えど、皆過去の輝かしい暮らしが忘れられず、なんとしても取り戻したいと思っていた。
莫大な依頼料がないせいで彼らからすれば微々たる収入だったものが、過去の基準に戻るかもしれないのだ。
彼らの目にさらにやる気が灯るのも無理ない話だった。
実際にはS級ダンジョンという普通の冒険者ではまず入れない場所の素材を売っているのだから、依頼料などなくても十分な稼ぎだったのは言うまでもない。
互いが互いを守りたいと奮起するバセイとエレノア、金に目が眩み魔狼たちが逃げ出す前に一体でも多く仕留めようと躍起になるマザマージたち。
理由は違えど不思議な一体感が生まれたことも幸いして、次から次に襲い来る魔狼たちのことごとくを打倒していった。
だが、討伐数が15を超えた辺りから魔狼たちの動きが一変。
今までは速度重視の個々によるヒットアンドアウェイを徹底していたにも関わらず、突然挟撃や時間差攻撃など幅を見せるようになる。
「なんだコイツら?! 急に動きが変わりやがったぞ!!」
「くっ! さっきまでは狙ってきたところにカウンターを入れてるだけでよかったのに、攻撃させてもらえなくなったよ!!」
「ちょこまかと鬱陶しいわね! どうせ勝てないんだから、大人しくやられてなさいよッ!!」
メイン火力である三人の攻撃が当たらなくなったことで、一気に形勢が逆転。
魔狼の執拗な攻撃にかすり傷が増え始めると、すぐにエレノアの回復では到底追い付かないほどに全員がダメージをもらい始めた。
その中でもとくにバセイがひどく、左腕はもう上がらなくなっている。
エレノアも自身に配られた
「クソっ、思ってたよりも疲労が蓄積してたかっ! こうなりゃしょうがねぇ、倒したやつだけ回収して戻んぞっ!!」
あくまで調子が悪いだけだと前置きしつつ、敵を倒すことを諦め受けに回ることで時間を稼ぎ、その間にスィエンが魔狼をマジックバッグに回収。
しっかりと全てを拾ったことを確認したのち、あろうことかマザマージはバセイを背後から剣の柄で打ち付けた。
「なっ?!」
エレノアが驚きの声をあげるも、マザマージはエレノアの腕を掴もうと手を伸ばす。
すんでのところで回避に成功すると、バセイをかばうようにしながらキッと鋭く睨みつけた。
「状況を冷静に考えろ! そいつはダメージをもらいすぎた、もう動けねぇんだよ!! ここで一緒に心中するつもりかっ?!?!」
「私は絶対にバセイを置いて行ったりはしません! ましてや貴方みたいな人と一緒になんて死んでもご免です!!」
エレノアの強い拒絶に、苦虫をかみつぶしたような顔をするマザマージ。
「ちぃ、しょうがねぇっ! まだ食えてねぇから惜しいが、俺様の命とじゃ釣り合わねぇ。置いてくぞっ!!」
最後にエレノアへ下卑た視線を向けたあと、マザマージは包囲網を突破すべく勢いよく駆け出す。
ヒリテスとシルストナは心底嬉しそうにエレノアへ嘲笑を向けてから、スィエンとコラプスは後ろ髪引かれる思いでその後を追うのだった―――。
追放《クビ》から始まる吸血ライフ!~剣も支援も全てが中途半端なコウモリヤローとクビにされたが、実際は底の見えない神スキルだった件~ 黒雫 @kurona_
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