第8話 悪い狼


 さて、いっちょやりますか。


「今からちーっと見苦しい姿を見せるが……ま、暴走したりはしないから心配すんな」


 キョトンとするアリスから視線を外すと、普段は使っていない能力を解放した。


 ググっと犬歯が鋭く伸びていくのを感じる。


 と言うのも、俺は普段血を摂取するときは剣などで少し傷つけて、指で血を掬い取って口に含む方法をとっていた。


 だが、実際のところはこの犬歯を突き立てれば直接摂取することもできる。


 完全に人外な光景なので、誰にも見せたことがない摂取方法だ。


「牙……?」


 変化に気づいたアリスが、口元をじっと見つめたまま呟く。


「ま、そう言うことだな。ちょっくらあいつの血を頂いてくるわ」


 特に警戒する様子もないミスリルタートルの懐に潜り込むと、最も柔らかそうな首筋目掛けてかぶりつく。


 これでダメなら本当に打つ手なしだ。 


 だが、幸いにもスッと牙が突き刺さった感触の後、口一杯に鉄臭い血の味が広がった。


「ギャッ?! ギャギャギャギャッッ!!」


 まさかダメージを負うとは思っていなかったのだろう。


 突如暴れ出した亀は、その場で大きく飛び跳ねた。


「おせぇよ。お前の情報はもらったぜ?」


 吸いだした血から得た、亀の能力についての情報。


 『伸縮』、『魔銀生成』、『魔銀操作』、『高速回転』。


 そして、直接摂取の影響なのか、この亀が強いせいなのかはわからないが、いつもよりもはるかに強い力が流れ込んで来て、ゆっくりと俺の身体に浸透していくのを感じた。


 攻撃を回避しつつ、何度か血を奪って能力の底上げをしていると新たな変化が起きる。


 どうやら俺も、少量なら魔力から魔銀――ミスリルを生成できるようになったようだ。


 だが、これだけじゃ意味がねぇ。


「魔銀操作もよこせ!!」


「ギャォオオオオッッ!!」


 俺の狙いに気づいているのかいないのかは定かじゃないが、先ほどよりもさらに激しく暴れ回る亀。


 首を伸ばして鋭い歯で噛みつき、太く強靭な手足で踏み潰し、なぎ払い、その巨大な身体で押しつぶそうとしたりと、あらゆる攻撃手段を持って俺を殺そうとしてくる。


 野生の勘か何かで、追い込まれていることを理解しているのかもしれないな。


 俺はそれらの攻撃を躱しつつ、皮膚に牙を突き立て血を奪う。


 側から見れば、化け物同士の戦いなんだろう。


 とてもじゃないが、怖くてアリスの方を見れん。


「ククッ……ついに手に入れたぞ!」


 俺は待望の能力が使えるようになったことを直感的に理解し、歓喜に打ち震えた。


 すぐに魔力からミスリルを生成し、魔銀操作でより鋭くより強靭な剣をイメージしながら形作っていく。


 俺の手によく馴染むそれは、無骨ながらも渾身の一振りだった。


「ミスリルの剣……? どこから……?」


 アリスから、ポツリポツリと小さな声で疑問が漏れる。


 その声はどこか怯えを含んでいるような気がして、返事はできないが。


「俺のミスリルとお前のミスリル、どっちが硬いか勝負しようじゃねぇか!」


「グギャァアアアアッッ!!」


 俺が残っている魔力の8割ほどを込めた剣を構えて走り出すと、亀も背中の結晶を鋭く尖らせて回転し出す。


 本当は全部込めたいところだが、これ以上は俺の方が動けなくなっちまうからな。


 破片の雨も飛び上がれば避けられるのかもしれないが、俺の後ろにはアリスがいるんだ。ただの一つとて通す気はねぇぞ!!

 

 何十、何百と飛び散るミスリルの破片の雨を片っ端から弾いて横へと流しながら、一直線に亀目掛けて駆け抜ける。


 何発かは弾ききれずに身体で受け止めることになったが、身体が動いて剣が振れるなら問題ねぇ。


「俺の勝ちだッッ!!」


 がら空きの首元目掛けて、逆袈裟に剣を斬り上げる。


 手に伝わる、金属同士がぶつかり合う激しい衝撃。


 次いで、肉を裂く嫌な感触。


 最後まで振り切ると、首から吹き出した血で真っ赤な雨が降り注いだ。


「おいおい、ここで終わるところだろ……?」


 傷が浅かったのか、血を吹き出しながらも強い敵意の視線を向けてくる亀。


 少し格好悪いが、仕方ない。


 しまらねぇなぁと思いつつも、もう一度剣を振り下すと首が落ち、その瞳から命の光が消え失せた。


 それとほぼ同時、俺の手に握られていた剣がその役目を終えたかのように、キィィンと儚い音を立てて砕け散る。


「拙い腕で悪かったなぁ。ありがとよ」


 手からこぼれ落ちていく欠片にお礼を告げていると、不意に背後からアリスに抱きつかれた。


「ロードさん! ロードさん! ロードさん!!」


「あー、なんだ? 怪我とかはねぇか?」


「ないですよ! 私よりも、ロードさんがボロボロです! 治しますから座ってください!!」


 涙目でキッと睨まれ、大人しくその場にへたり込むとハイヒールをかけてくれる。


「その……怖がらせちまってたらすまねぇな。あんまり見せたくなかったんだが、緊急事態だったからよ」


「馬鹿ですね……。私がロードさんを怖がる訳ないでしょう。なんなら、その牙で噛まれたいくらいですよ」


 フフと泣きながら笑ったアリスは、俺の頭を優しく引き寄せると抱きしめた。


「ちょ、はな――」


「ありがとうございます。そして、ごめんなさい。ロードさんが隠したかったものを、無理に披露させてしまいました」


「……アリスが無事なら、別に俺が隠したかったもんなんてどうだって良いんだよ」


「ロードさんのお陰で、私は無事ですよ。不謹慎ですが、また少しロードさんを知れた気がして嬉しいです」


「そうか……。んで、いつまでこうしてるつもりだ? そろそろ、俺の中の狼さんが暴れ出すぞ?」


「フフ、そうなんですか? じゃぁ、悪い狼さんは封印しなきゃいけませんね」


 そう言って、より力を込めて抱きしめてくるアリス。


 なんだかアリスが身体全てを使って俺を怖くないと、受け入れますよと言ってくれているような気がして、いつものように無理やり引き剥がすこともできずにしばらく抱きしめられていた―――。

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