22着目 これがレビ虐、これが誘い受け

 最初は混乱し、反抗していたレヴィア様もだんだん雑談配信のような、リラックスした状態になる。


 最初の数十枚は捨てるつもりで撮っていく。そうしてモデルの肩の力を抜かせる。


 昔、職場で会ったカメラマンの教えだ。カッコいいとか綺麗とかポージングセンスだとか、そんなのレヴィア様は気にしなくて良い。


「―――あなたは自然体ナチュラルが一番魅力的だからさ」

『ん? 何か言うたか?』


「いいえ。それよりも昨日、罪運フェイトリング持ってるって言ってましたね? どの種類ですか?」

『無論、6種類全てに決まっておろう! 

 特に葉告アガスティアのデザインが好きでな!』


「んんん、何だかこそばゆい……じゃあ今リングを付けてる前提で、俺に見せてください」

『良かろう!』


 レヴィア様は右手の中指と人差し指を上に向けて、右肘を反対の手で支える。

 自然と出たポージングは右腕を覆うアームウォーマーの存在感を際立たせていた。


 シャッターを切る。


「流石! カッコいい! そのまま右腕を掲げてみませんか?」

『こうか?』


 右肘を掴んでいた左手がスッと昇って、右の手首を掴む。

 そのまま両腕を上げたことで、アームウォーマーに隠されていた腋とタンクトップのスリットが目立つようになった。


 シャッターを切る。


 そうして段々と、俺は口を閉ざしていき、指示は最小限になっていく。


 レヴィア様は時には指示通りに、時には自然と羽衣の特徴を魅せるポージングをしていく。

 ……やたら男心掻き立てるポーズになっていくのは……し、仕方ないか。


 かなり撮りためたところで、俺とレヴィア様は自ずと撮影を止めて、お互いに歩み寄った。


『どうじゃ?』

「これとか良いんじゃないですか?」

『むぅ……こちらの方がタンクトップのスリットが艶らしいぞ?』


 確かに。こっちの写真の方が良いかもしれな―――――ん? 


 肩に感じる華奢で儚げな感触に、俺は眉をひそめて振り向く。

 すると……円らな空色の瞳が熟慮によって切れ長に細められていた。


 近っ⁉ 

 無意識に肩と肩が触れ合い、彼女の横顔と間近にまで迫っていた。気づいた以上、俺は少しづつ彼女から離れ、


『それにしても……やはり扇情的な写真が多いな』


 ――フッとレヴィアたんが隣に並ぶ俺の顔を見やる。彼女はじっと俺の目を見つめ続けると……クスッと微笑んだ。


 すくめた肩で微笑みを隠しながら、堕天使はからかい混じりに囁いた。


『ふぅん――――こういうのが好きなのかぁ』


 レヴィアたんの囁き声が、ASMRの比じゃないほど耳をくすぐる。


「ああ、好きだよ」


 肩を寄せる。体を傾ける。彼女の顔に近づいた。


『へ? あ、あれ? ちょっ、使徒? なに?』


 余裕の微笑みが消えて、空色の瞳に困惑の色が浮かぶ。

 堕天使としての余裕を失った彼女の表情を見た瞬間、俺は高鳴りと同時にようやく理解した。


 市川、いや他の眷属達よ――――これが『レビ虐』か‼


 うずうずと胸の奥底で何かが疼く。俺はその疼きのままに彼女との距離をずいずい縮めた!


『わっ、わぁぁぁぁあぁぁあっーーっ‼‼ 

 わ……妾も、もうツイログ上げないとぉ!』


 残り5センチというところで、レヴィアたんは俯きながらズザァー‼ っと後ろに下がった。


 俺も、我に返って慌てて離れる。


「あ……じゃあギィスコードで写真送ります」

『た、たのたのっ頼むぞ、我が使徒ぉ!』


 しどろもどろに指示らしきものを飛ばすと、レヴィアたんはパッと俺に背を向けてしまった。


 俺はホロアクティで撮影した写真をギィスコードに同期させ、彼女のアカウントに送信し―――――やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ‼‼


 頭を抱えたまま床に伏せった。後悔を握力に込めて拳を固める。


 昨日の採寸でもアウトだったのに、今のはマジで駄目だろうが! 


 前回は仕事モードだったけれど、今のは完全に……男の欲に取り憑かれていた。


 ん~~死ねぇ~~~~い俺! 眷属の誰か、俺を殺せ!

 配信終了直後も、こんな気まずさに苛まれていたが、今俺とレヴィアたんの間に横たわった気まずさは深度が桁違いだった。


 俺はもうこの気まずさの峡谷を乗り越えて話しかける気概も無くただ彼女の背中を見つめた。


『よ、よしあげたぞ……で、では、今日はこれで』


 おずおずと身を引きながら、レヴィアたんがゆっくり立ち上がる。俺も拳を床に突き立てて体を起こそうとしたら……テーブルの上の俺のスマホが震え始めた。 


「はいもしも」



【まさか貴方が〝宵月レヴィア〟に選ばれたなんてね】



 耳の中に土砂を流し込まれたかと思うほど、俺にとって、その人の声音は重く・厚く・遠い。


 こんな声を喉に飼ってるのは、あの人しかいない。


 日本最高峰のファッションブランド『Sii《シィ》 Forte《フォルテ》』の社長――――聖岳ひじり冬華とうかの声が淡々と俺の脳髄を揺らしにかかる。


【今すぐRAVFICから外れなさい。

 


――再び通達された戦力外通告が、堕天使にくべられた火を踏み消した。

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