第19話 ある「健康診断で「顔が悪い」と診断された」物語

「や~、突然、呼びつけてしまってすみません。瀬崎さん」


緒方医師からの呼び出しで訪れたよくある普通の喫茶店。


・・だがそこに、-もっと正確に言えば緒方医師の隣の席に-少なくとも私にとっては普通とは言えない人がいた。


・・・いや、ひょっとしたら、意外でも何でもないのかも知れない・・



「・・先日。君と話したのは少しだけだから、ほぼ初対面だね。」


その人物はスッと立ち上がると、懐から名刺を取り出して言った。


「改めまして、「株式会社JINNNAI代表取締役CEO」を務めている陣内隆利と申します」




「・・・もちろん存じ上げております、陣内社長。わたくしは」


「ああ、社交辞令的な自己紹介は大丈夫です。知っていますので。・・と言うより」


陣内社長は、心持ち面白そうに、しかし試すように言った。



「気づいているんでしょう?」 「・・うすうすは」



陣内社長が座った後、促されるまま素直に前の席に座る。


「では、単刀直入に言います。私が、緒方君に個人的に頼みました」


「・・それは、医師として大丈夫なんです?」


緒方医師に水を向ける。


「・・金銭などの対価を得たなら間違いなくアウトですね。が、もちろんそういったことはなく、診断結果についてもまるっきしの嘘八百ではないので」


「噓百、くらい?」


「ありていに言えば。なので、白とは言いませんがグレーゾーンギリギリですかね?」


「ギリギリは白寄り?・・それとも黒寄り?」


「そこはご想像にお任せします」


俺は軽くため息をつくと、再び、陣内社長に顔を向ける。


「気を悪くしたなら大変申し訳ない。・・ただ、悪いことばかりじゃなかったのではないかな?「内面性顔面悪性傾向化症候群」の改善プログラムは」


「・・ちなみにその病名は、「八百」じゃないのですか?」


「精神と身体の関係性については多くの論文や実験結果があります。・・裏を返せば、全くのでたらめである証明も難しい。なので、「百」です」


自身の分野のためか、緒方医師が口添えしてくる。


「わかりました。・・・答えはYESです」



「改善プログラム。楽しませて頂きました」



真正面に言った

正直な気持ちだ。



「・・ただ、何故このような事をなさったのか、それは説明して頂けますよね?」


「それも気づいているのでは」「それでもです」


失礼を承知であえて被せる。その行動に、陣内社長は満足そうに口を開く。


「君が「そういう人物」かどうかだよ」


「・・「そういう人物」、ですか」


「もっと言えば、「私にとって面白い人物かどうか」テストさせてもらいました」


「それが「改善プログラム」だったのですね」


楽しそうにうなづく社長。


そんな態度に意地が悪いと思うが、どこか憎めない。・・やはり、ひとかどの人物ということだろう。


「・・・すみませんが、私の求めるものとは少々違う答えです。」


「ほう?どこが違う?」


「何故、ただの派遣社員の私に、このような回りくどいことを?」


「・・経営者は、多角的に視点を持つことが重要だ」


相手は瞬時に、真剣な面持ちに変わる。


「それは人。人材探しにも言えると私は思っている。これはその一環だ」


「・・と言う事は、」


俺は緒方医師に顔を向ける。察した彼は、


「そう。陣内さんの依頼で、同じようにした人もこれまで何人かいました。勘弁して欲しいよね」


・・・だから、謎の病名でも、院内の人は動揺しなかったのか。


「・・でも、ここまでの結果を出してくれたのは、瀬崎さん。あなたが初めてです」


緒方医師もまた、真剣な面持ちで続ける。


「・・・正直私も、半信半疑でしたよ」「それでも君は続けてくれた」


意趣返しなのか、今度は社長が被せてくる。


「どんなことでも真摯に聞く姿勢。真剣に取り組む態度。柔軟な対応力。協調性。などなどを、見たいと思っていた」


「過去形なのですね」


「ああ。色々と想定外の事が起きたからね」


「娘さんが関わった事ですか」


「娘が関わったのは、世の中何が起こるかわからないと私も思ったよ。後は「皆瀬瑠衣」さんとかね」


陣内社長の娘、渚氏とのあの出会いは用意できるものではない。皆瀬さんと初めて会った時は、「プログラムとはまた別」とか言っていたな。


「そんないろいろの結果、・・・私は当初よりも良いものが見れた」


「・・流石のポジティブですね」


「ええ。これも経営者にとって重要なことです。そして、結果をズバリ言う事もね」



「瀬崎さん、私の会社に来ませんか?」



慎重に言葉を選んで返す。


「・・評価いただいて光栄です。ですが、短期の出向で見た限りでも、すでに優秀な方々はたくさんいらっしゃると思いますが」


「もちろん、優秀な社員が多くいてくれていると、社長として自負しています」



「・・・が、面白い人材であるかは、また別です」



一応確認する。


「「面白い」が会社の運営に重要なのですか?」


「会社を存続、持続させるには、博打を打たない確実さ、堅実さが大事。

プラス、発展、拡大も常に視野に入れないといけない。と私は思っている」


「確実に仕事をこなしていける優秀な人材。時に博打を打てる面白い人材。その両方が私は欲しい。」



「なので瀬崎さん。あなたには私の会社に来て欲しい」



・・・・・・


「・・度々失礼ですが、社長命令、ではないですよね?」


「やり方がやり方だからね。命令はできないよ」


「・・・むしろ、命令したら社長自身が面白くないからでしょう?」


表情を崩す陣内社長。


「・・いいねぇ。さらに面白いと感じたよ」


「恐縮です。・・返事は今すぐ必要では流石に無いですよね?」


「流石に無いよ。僕は変人ではあっても無法者(アウトロー)じゃない」


・・ここで相槌を打つのはいくらなんでも失礼過ぎるな。・・物凄く打ちたいけど。


なのでこの不満は、隣の人にぶつけることにする。


「・・緒方さん。最後に一つだけいいですか?」


「? なんでしょう?」


いきなり話を振られてキョトンとなる緒方医師。陣内社長もそういったように見えたが、それも一瞬。すぐに面白いものを見る顔になる。・・頭の回転が速すぎるのも、色んな意味で流石だな。


俺は、限りなく冗談を言う表情で、おどけるように言った。


「・・・こんな医師にとってスレスレのことやるって、陣内社長にどんな弱み握られてるんす?」


「なっ!?」


アタフタする緒方氏の横で、懸命に笑いをこらえる陣内氏。・・最後の最後で空気を柔らかくできたな。緒方氏、感謝!


「えっと、それは・・」「他の人には教えられないから弱みなんですよ」


スムーズな助け舟。陣内社長にも感謝。


「返事は、緒方くん経由でも私に直接のどちらでもいいです。あ、ここの料金はこっちで支払うんで」


「私、何も頼んでないでしょう!?」


「じゃあ、緒方君、会計よろしくね」「私ですかい!!?」




- 帰路にて、-


「・・陣内社長。面白い方だったなぁ・・」


素直に感じた好印象。だから真剣に考えよう。




この「健康診断で「顔が悪い」と診断された」末の、紆余曲折の結末を・・

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