第27話 トナーク農場 三

 隠されていたのは、大きな檻だった。中に水を入れた皿が入れてある。だが、水だけで餌の用意はない。床には羽根が散らかっていた。そして、見なれない鳥が四羽、しゃがみ込んでいる。

 大きさは鶏の三倍はあるだろうか。頬(ほお)や足の付け根には、ウロコのある肌が羽毛からむき出しになっている。細いレイピアのようなくちばし、かぎ爪を備えた足。鳥というより、鳥型の化け物(モンスター)だった。

 金色の目がファーラの姿を捕らえる。大きくくちばしを開き、ファーラの肉を食い千切ろうとする。だが、格子(こうし)に防がれ、ガチャガチャと檻を揺らすだけだ。爪で削られた金属が、耳障りな音を散らす。

 ニヤリとロウェンが笑った。

「フレアリング原産の鳥、オクシュ、だよ」

 そして、檻の扉に手をかける。

「ちょっと、まっ……」

 ファーラが「て」を言い切る前に、ロウェンは扉を開けた。そして無責任にもそのまま気を失う。

 ギャーギャーと悲鳴のような鳴き声を上げ、怪鳥が檻を飛び出した。

 ファーラは立て続けに銃を撃ち、二羽を沈黙させる。

 残った三羽は、翼を広げ思い思いに飛び上がった。

「クッ」

 ファーラは、もう銃を向けたりはしなかった。弾はすでに使い切っている。

 テーブルの上にあった酒ビンをひっつかむ。

 鋭い爪が、顔面めがけて振り下ろされる。

 爪は、水平に構えたビンの胴にはじかれた。ギィッと鳥肌が立つような音が鳴った。

 ファーラは宙を落ちていくオクシュの胴を、思い切りビンで殴りつけた。

 翼の空気抵抗であまり飛距離は伸びず、ぼとっと鳥は地面に落ちる。

 背中にふわっと空気の流れを感じて振り返る。

 残っていた一羽が、くちばしを突きだしたまま、翼を広げて滑空してくる。

 近い。ビンを構える余裕もない。せめてもと、腕で顔をかばう。

「ギャアア!」

 声をあげたのは、オクシュの方だった。

「ファーラさん! なんでこんな所にいるんですか!」

 サイラスが剣を持ったまま、口をとがらせている。

 横を見ると、さっきファーラを襲った怪鳥が、かなり離れた場所でノびていた。思い切り殴り飛ばされたらしい。

「もう! 探したんですから!」

「サイラス、よくここが分かったわね」

「プ!」

 入口の辺りで、プーが得意げに鳴く。

「ああ、プーに私の匂いを追わせたのね」

 プーはぱたぱたと尻尾を振った。

「嗅がせる物がないから心配だったけど、さすがにファーラさんの匂いは分かったみたいです」

「偉いわプー。でも、なんで部屋の中に入らないのかしら」

「プ! プ!」

 プーは器用に鼻の頭にシワを寄せてみせた。

「プーちゃん、タバコかお酒か、この部屋の臭いがダメみたいですね」

「そういえば、予告状の臭いを嗅ぐのを嫌がってましたわね」

 おそらく、あの予告状はここで書かれて、この部屋の臭いが移ったのだろう。

「それにしても、何かひどいことになってますね」

 言われて、改めて地下室を眺める。

 ケラス・オルニス達は床に転がり、うめき声を上げていた。そして、怪鳥から抜けた白い羽。

 埃っぽく、酒の匂いのする空気に、血の匂いがかすかに混じってくる。そして、さっき怪鳥が飛び出してきた檻。

「これ……」

 さっきは気付かなかったが、檻の中には卵が一つ残っていた。オクシュの卵だろうが、ちょうど、鶏のものと同じような色とサイズをしている。

 危険だからあとでつぶしておこう。とりあえずは、賊たちの方をなんとかしないと。

「いったい、何なんです? この凶悪そうな鳥は」

 サイラスが鳥の死体を眺めて言った。

「オクシュ、という鳥らしいですわ。ちなみに、フレアリング原産だそうですわよ」

 話しながら捕縛用の縄を取り出し、トナークを縛り始める。

「ああ、そうですね。動けないうちに確保しておきましょう」

 サイラスも、慌てて剣をおさめ、手伝い始めた。

 ファーラはトナークを縛り終え、結局名前を知ることのなかった浅黒の男に取り掛かる。

 サイラスはどうしているかと見てみると、しっかりとロウェンを縛っている。

 その横に、だいぶガランとした檻が置いてある。

(まさか、あんな鳥がいるなんて)

 気味の悪さを感じながら、卵を眺める。

 ちょこんとおかれた卵が小さく揺れた気がした。

(ん?)

 ファーラは目をこらした。

 ピキ。表面に、小さなヒビが入る。長いくちばしがそこから飛び出した。

「サイラス、見て、卵が」

 とうとう、小さなヒナが体を出した。

「え?」

 ちょうど縄をかけ終わったサイラスが檻のほうに顔をむける。

「あれ! 卵がかえった! うわ、かわ……」

 いい、と言おうとしたのか、いくないと言おうとしたのか。

 爆発するかのようにヒナの体がふくれ上がった。その勢いでばさばさと羽毛が舞い散る。小指の爪ほどもない小さなくちばしが、ナイフのようにとがって伸びる。脚と爪は鉄のクマデのようになった。

 ヒナは、一瞬で成鳥の大きさにまで育ちきっていた。

「はあ?!」

 剣を抜くのも忘れ、サイラスは目を丸くする。

 爪が床を蹴る音をさせ、オクシュは開けられたままだった檻の戸を飛び出ようとする。

「バカ!」

 ファーラの言葉にハッとして、サイラスは檻の入り口からオクシュに剣を突き立てる。

 オクシュは壊れた笛のような声を出して動かなくなった。

「うわ、うわ、びっくりした、びっくりした! いきなり大人になって襲いかかってくるなんて!」

 サイラスはそうとう驚いたらしく、左手で胸を押さえて落ち着こうとしている。

「まさか……」

 ファーラは低く呟いた。

 なんだか、ようやくケラス・オルニスのたくらみが分かった気がする。

「ケブダーが買った食料から、毒は見つからなかった。でも、卵が鶏の物からこっそりとオクシュの物に変えられていたとしたら?」

 ミドウィンがしたのは殻に毒を注入した穴が無いかのチェックだけだと言っていた。

 それはそうだろう。まさかこんな奇妙な鳥の卵とすり替わっているなんて思いもしなかったはずだ。

「え! じゃあこれってケブダー邸を襲う生物兵器ってことですか!」

 その言葉に応える時間を惜しみ、ファーラはテーブルに駆け寄った。

 運良くそこにあった羽ペンを、紙片に走らせる。

『ケブダー邸に送られたのはすりかえられた怪鳥オクシュの卵。生物兵器として使うつもりとみられる。トナーク農場にケラス・オルニス三人。負傷  ファーラ』

 怪鳥と言っても、文だけではすぐに信じられないだろう。証拠としてオクシュの爪をはぎ取り、手紙に添える。

「森を通るなら、私たちが馬で駆けるより、プーの方が早い。プー!」

「プ!」

 ファーラはテーブルの上にあったドレスを裂き、手紙と爪をくるむ。

 それを入口で待っていたプーの首に巻きつけた。

「行って! 私たちも後から行く!」

「プ!」

 元気よく返事をすると、プーは外へ走り出て行った。

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