第9話 無表情 再会
無表情 再会
1年と数カ月が過ぎた。
ヤリモクサイトでの出会いは、長い人で3カ月。短い人で一回きり。
妊娠が怖いので、避妊具は自分で購入し、持参した。
最初にお願いをする。装着なしで挿入しそうになった場合には両手で相手を突き放し、帰り支度を始めた。
ここで謝ってくれれば、装着を手伝う。そうでなければ本当に帰った。
変わった事と云えば、色んな交通機関に迷わず乗れるようになった。もちろん携帯アプリのおかげだが。
もう一つ、笑わなくなった。愛想笑いもしなくなった。無表情が板についてきた。会社でも。
梅雨が明けそうな時期に酷い目に会い、一か月サイトと離れていた。
盆休み前、サイトで募集を掛けてみた。数名のマッチ通知。その中で”深入り無し。詮索無し”が気になった。DMを送る。
13日に○○市で会う約束をした。
その頃将太は、3名いた女性の内の2名と関係を解消していて、そろそろ補充をしようか考えていた。
姉さん(女性A)とは続いている。
女性Bのどんちゃん(仮ネーム)は旦那の単身赴任先へ行くという。
女性Cのまる子(仮ネーム)は「今度、結婚する!、これ逃したらもう無いから!」と言うので、おめでとうと言って解消した。
とは言っても、まる子は将太の住んでいる街で、靴店の販売員をしている。自分の自動車販売店の顧客でもある。
顔見知りに戻ったと言う感覚。深追いをするつもりは毛頭、無い。
新しく登録したサイト、直感で申し込みをした。DMが着た。
13日に○○市で会う約束をした。
8月13日、○○市、24時間営業の立体駐車場4階。
約束の10時、将太が着いた。DMを送る。
”着きました。当方は黒1BOXミニバン”
向かい側の数台先に、運転席でマスクをせず化粧をしている女性を見た。
【ん?、何処かで見たような、、、。あっ、愛美か?】
胸の鼓動が激しくなった。いつかどこかで会えるかも思っていたのが今日だとは、、、。
【今から、ヤリモクと会うと言うのに、、、。どうする?】
さっき送ったDMの返信があるかどうか確認したが、無い。
意を決し、声を掛ける事にした。車を降り、女性の車に近づく。
相変わらず化粧を続ける女性。視界に入ったのか、将太の方を見た。目が合う。
愛美の顔が驚いた表情に変わった。
運転席の窓を将太が指で叩く。窓ガラスが下がる。愛美がいつもの無表情になる。
「久しぶり。元気だったか」手話で聞いた。
「うん。あなたは?」手話で返す。
「相変わらずだ」マスクを下にずらし、言葉で話した。「待ち合わせか?」
「うん。」愛美が視線を外し、俯く。
「……もしかして、、、」将太は携帯を持ち、DMで”あいてはおれだ”と送信してみた。
愛美の鞄から、バイブレーションの音がする。愛美が携帯の画面を確認すると、、、
”○○市 24時間営業立体駐車場4階 10時”
”着きました。当方は黒1BOXミニバン”
”あいてはおれだ”
将太はDMの画面を愛美に見せる。愛美は自分のDMの画面と同じ内容に驚いた。固まった。
将太は踵を返し、愛美の車の後部ドアにもたれ掛かったまま、しゃがんだ。
「……なんでだ。なんで愛美なんだ、、、。何かの冗談か、、、」呟いた。
夏の駐車場は暑い。汗が顔から滴り落ちる。ましてや車のすぐ横、排熱で更に暑い。
”どうしますか。帰りますか”愛美からDMが着た。
ちょっと考えた後、”いこう。おれのくるまにうつってくれ”と送り返した。立ち上がり、自分のクルマへ向かう。
窓を閉め、エンジンを切り車から降りる愛美。将太の後を着いて行き、あの1BOXミニバンの助手席に乗り込む。
【この車、ちょっと懐かしいな、、、】
二人を乗せた将太の車は走り出した。
将太の車は高速道路に乗り、北へ向かって走る。
「どこへ向かってるの」愛美が手話で将太に見えるように問いかけた。
「日本海だ」マスクを外し、将太が言った。
初デートで行った海。家族との思い出が無い愛美の海の思い出は、将太との思い出。
無表情の愛美の顔が少しだけ笑った様な気がした。
愛美、一月前。
サイトで知り合った相手との3回目のデート。前2回のデートは紳士的で優しく気遣ってくれていたので、愛美は安心し切っていた。
【この人なら暫く付き合えるかな?長くなるかな?】と期待していた。
その日、前とは違う態度。少しイライラしている。身振り手振りも少ない。
メモとボールペンを渡してみたが、受け取らず首を横に振った。
ラブホの部屋に入ると、何時もなら”シャワーを浴びてくる”と言うその人は、ベッドに愛美を押し倒し、着衣のまま下半身をまさぐり始めた。
その手が乱暴に、激しく、愛美を弄ぶ。
【……痛い!、、、】相手を両手で押しやり、ベッドの上で正座しながら「優しくしてください」と手話で頼んだ。
すると相手は平手で愛美の左頬を思いっきり、叩いた。愛美、恐怖で顔が引きつる。
【私、何かした?、怒らせる様な事した?、喋れないから?、、、。私のせい?】
相手はスラックスとパンツを脱ぐと、愛美の頭を両手でしっかり掴み、自分の下半身を押し当ててきた。
イキリ立った下半身が愛美の口に無理やり押し込まれる。いつか見たアダルト動画の様に。
【……苦しい、、、モドシそう、、、】
お構いなしに、抱えられた愛美の頭は、前後に激しく揺さぶられる。
苦しさに耐えかね、両手で思い切り相手の腰のあたりを押す。ようやく離れた所に、また平手打ち。意識が遠ざかる。
また、相手の下半身が愛美の口に無理やり押し込まれる。前後に激しく揺さぶられる。
揺さぶりが収まるとこれでもかと押し込まれる。また前後に揺さぶられる。
どの位、時間が経ったか判らない。
唾液や鼻水や胃液で口の周りをドロドロにしながら解放された瞬間、胃の内容物が全て出た。
シャツやスカートへ広がる嘔吐物と相手の精液らしきもの。
同時に襲ってきた激しい咳き込み。気管か何処かに、何かが引っ掛かった様な変な感覚。
咳が止まらない。涙も出てきた。うめき声か何か判らない声も出ている。
よろめきながらバスルームへ行く。洗面台で何度も口をゆすぐ。その間も咳は止まらない。
良く見ると、血が洗面台に散っている。
鏡を見ると、ぐしゃぐしゃになった自分の顔。情けない顔。酷い顔。
顔を洗う。何度も、何度も。顔を拭いたタオルを水に濡らし、嘔吐物で汚れたシャツやスカートを拭く。何度も、何度も。
その間に相手はシャワーを浴びていた。
愛美の車が置いてある待ち合わせた場所で、相手は財布から一万円札を数枚取り出し、愛美に押し付けてきた。
咳はもう治まっていたが、咽喉が痛い。顔は相手に向けないまま、差し出された物を握り締めた。
【何?、、、お詫び?……口止め?……どうでもいいか、、、】
無表情のまま、車を降り、自分の車へ戻り発進させた。
【話が出来れば機嫌とか考えとか判るんだろうか、、、。無いものねだりか?。】
怒り、諦め。どっちでも無い様な虚脱感。
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