第5話
男は道中まったくとにかく度し難く煩かったが、僕は完全に唇を真一文字に紡いで応えぬよう努めた。飯こそ共にするが決して親しくはない。そう意思表示していたのである。だが、奴の放った一言によって、つい返事が出てしまったのだった。
「ところで友君は、どうしてこの学校へ来たんだい?」
立ち止まり、男を見ると、やはり薄い微笑を浮かべていていて、何を考えているのか分からない。
「……なぜ僕の名前を」
愛洲友。それが僕である。馴れ馴れしくも下の名で呼びくさった事は際不問にしてやったが、なぜ知っているのか聞かねば気味が悪くて仕様がない。万が一荷物を漁って身分を証明するものを勝手に確認したというのであれば、それこそ部屋交代の願いを出さねばならない事体。他人の私物を許可なく覗くなど人として最低の行為であるからして、当然の処置であろう。
「なぜもなにも、鞄に付けてたじゃないか。ネームタグ」
「……え?」
「ほら、赤いお守りみたいなやつ。手作りだろ? あれ。誰かに作ってもらったのかい? それとも、君は裁縫の趣味があるのかな?」
「……ちょっと待ってろ」
部屋まで一駆けし鞄を確かめると、確かにある。謎のお守りのようなタグが。こんな事をするのは母しかいない。恐らく、「分かりやすいから」と無断で装着したのだろう。そして僕が嫌がる事を知っていて、わざとなにも言わず、しかも目立たないようにしていたに違いない。
「あ、お帰り」
律儀に待っていた男は呑気に手を振っていた。やるせなく消沈している気持ちを促進させる、見事な対応である。
「どうしたんだい友君。なんだか浮かない顔だけれど」
一々うるさい男に対してそのまま「うるさい」と口に出したが意にも介さず、奴は引き続き何やら僕に向かって口を動かした。それもまったく興味のないクラシックだとか海外だとか小説だとかの内容で、「君はどう思うか興味があるけれど、僕はこう感じるんだ」などと言って一方的に所感を述べるのだからそもそも口を挟む暇さえない。壁に向かって喋っているのと変わらないじゃないかと思ったが、指摘するのも面倒なのでそのまま進み、やかましながら食堂に着いた。
中には、疎だが人がいた。見てみるに上級生。一瞬怯えるが、隣に男がいる手前震えるわけにもいかず、僕は率先して入室し、トレーを持ってうどんを頼んだが、「食券買ってね」とあしらわれ恥をかく。この時の屈辱は、今も忘れられない。
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