第3話 明日の天気
「……ただいま」
はなえは、言い知れぬ疲労感とともに帰宅した。
キッチンから顔をヒョコッと出して、はなえを出迎えたのは伯母だった。
「おかえり、はなちゃん。学校どうやった?」
「うん」
「お友達でけた?」
「うん」
本当は後ろの席の誠人に話しかけられていた時以外は、基本的に言葉を発さなかった。だがそれを正直に言ったところで無駄に伯母を心配させるだけだから、はなえは適当に誤魔化した。
「そう……それは、よかったわ。またお話聞かせてな?」
なにかを悟ったか、深くは聞かずに伯母は笑顔だけ見せた。
「せや、後でお風呂お願いできる? 先に入ってええからね」
「うん」
制服から私服に着替えて、少ししてから浴室に向かう。浴槽を洗ってお湯を溜めるのが親戚の家に来てからの、はなえの唯一の仕事であった。
ドドド……。
お湯が浴槽に溜まっていくのをボーッと眺めながら、はなえは今日のことを思い返していた。
『自分なあ、あんなあ』
誠人は、勝手に高層ビルで完敗していたが、気を取り直して再び話しかけてきた。
『高けりゃ、ええってもんちゃうで』
『え……』
『ほんま。あのスカイツリーなんてえげつないで』
『スカイツリーね』
はなえは、スカイツリーはあまり好きではなかった。都内だけでなく、友人と遊びに行った千葉の遊園地からでも、どこからでも見える姿は異様だった。
『あんなんズルいで。高いし、ちょっと高いし、かっこええけど、高いだけやし』
『かっこいいんだ……』
『ちょっとだけやで。光ってる色もかっこええし。通天閣はなあ。明日の天気分かるだけやしな。光ってても小さいしなあ』
誠人は呟くように続ける。
『なあなあ、自分、知っとる? 知らんか』
『なにを?』
『通天閣のてっぺんな、赤と白と青で色が変わって、それって明日の天気予報やねんけど。俺ずっと赤が晴れで、白が曇りで、青が雨や思ててん』
『うん』
『ちゃうねん。白が晴れで、赤が曇りやねん。なんでやねん。逆やろ、普通!』
キーンコーンカーンコーン。
机に突っ伏したままの姿勢で文句を言っている誠人の声を遮るようにチャイムが鳴った。それから特に誰にも話しかけられることもなく一日が終わった。
ジョロジョロ……キュッ。
蛇口を締めてお湯を止めながら、はなえは呟く。
「『赤が晴れで、白が曇りで、青が雨』、か……確かに」
後でスマホで調べてみようかななんて思いながら、はなえは、くすっと笑った。
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