第26話 初デート ②

「もしかして似合っていないかしら……」


「そ、そんなことは……! めちゃくちゃ似合ってます!」


 できる限りのフォローはした。

 だが麗子さんの機嫌が劇的に変わるわけもなく。

 気合を入れてくれていた分、かなり落ち込んでいる様子だ。


 確かに俺は服装に気づけなかった。

 でも意図して褒めなかったわけじゃない。


 麗子さんを30分も待たせてしまった。

 そのせいで俺は焦っていたのだと思う。

 彼女の服を褒めるほど、心に余裕は残されていなかった。


「すいません……気づいてあげられなくて」


 今になると自分が情けない。

 男にとってはあるまじき行為だ。

 彼女の服装一つも褒められないなんて。


 でも——。


「本当似合ってます。凄く綺麗ですよ」


 そんな罪悪感を忘れてしまいそうになるほど。

 今の麗子さんはいつにも増して可憐で素敵な女性に映った。


 シンプルなデザインの白いワンピース。

 その裾から顔を出す色白で艶やかな細い脚。

 まるで女神が降臨したかと思わせるような神々しさだ。


 腕を靡かせればレース状の布がひらひらと揺らめき、ピシッとした生地のおかげで、麗子さんの魅力の一つでもあるスタイルの良さが、より一層際立って見えた。


 今の彼女を一言で表すと”最高”。

 これ以上にないほどに俺好みの仕上がりだった。

 一度彼女の美しさに気づけば、もう目を離すことは叶わない。


「一瞬天使かと思いましたよ」


「そんな、大げさよ」


「大げさなんかじゃないですよ」


「そ、そう。ありがとう」


 俺が褒めると麗子さんはわかりやすく目をそらす。

 その純白な頬を赤く染めた彼女がこれまた……。


 ……っと、危ない危ない。

 思わず見惚れてしまうところだった。


 今日の初デートを何としても成功させる。

 そればかりを考えていたせいでうっかり忘れていたが。

 今思えば麗子さんは、誰しもが認める絶世の美女だった。


 その証拠に。


「あの人綺麗!」


「めっちゃ美人!」


「芸能人?」


 先ほどからそんな声がちらほらと聞こえて来ている。


 それは男性だけではなく女性まで。

 すれ違うほとんどの人が麗子さんを2度見し。

 その完璧すぎる美貌に思わず気を取られているようだった。


(てか凄い見てくるのな……)


 注目される立場になってわかったが。

 意外とこういう視線には気づくものらしい。

 これだけ見られて、麗子さんは嫌じゃないのだろうか。


「だいぶ見られてますね」


「そうみたいね」


「気にならないんですか?」


「ええ、慣れているから」


 一つ返事でそう言えてしまうあたり。

 やっぱり麗子さんは凄い人だと思う。


 それに比べて自分はどうだ。

 せっかく2人で出かけているというのに。

 どうしても周りの声ばかりが気になってしまう。


「うわっ、めっちゃ美人。それに比べて何だよあの男」


「何であんな冴えないのと付き合ってるんだろうな」


 ほら、また聞こえて来た。

 先ほどから何度か耳に入ってはいたが。

 俺はできるだけ気にしないようにしていた。


「俺の方が100%イケてるだろ」


「美人なのにもったいないよなー」


 何であんなのと付き合ってるんだ。

 だったら俺でも付き合えるんじゃね?


 そうやって俺を見下す声。

 麗子さんを羨む声と共にそんなものまで聞こえていた。


 確かに俺は冴えない男だ。

 麗子さんみたいに見た目も良くないし。

 今日のために服を新調したわけでもない。


 せいぜい髪の毛をセットしたぐらい。

 だがそれはデートに行く男なら当たり前の事だ。


 冴えない俺には一体何がある。

 彼女の隣に立つために何か努力したことはあるのか。


 今日までの自分を思い返してみたものの。

 麗子さんが用意してくれた特別に対抗できるものは何もない。


 だから俺は周りの声を気にしないようにしていた。

 自覚があったからこそ、真に受けたくはなかったのだ。


 ただでさえ俺たちは釣り合わないカップル。

 今までは会社という慣れ親しんだ環境にいたから。

 だからこそ俺はその事実を気にしないで済んでいた。


 傷を負っている彼女を救ってあげる。


 それだけで自分の方が優位に立っていると。

 自分しか麗子さんの彼氏は務まらないのだと。

 勝手に思い込んでしまっていたのかもしれない。


 今思えば俺が付き合わなくとも。

 麗子さんなら幾らでも彼氏なんか作れる。


 俺が隣にいなくとも。

 隣にいたいという男はこの世に幾らでもいる。


 例え俺じゃないとしても麗子さんには——。


「誰が何を言おうとあなたは私の彼氏よ。だから前を向きなさい」


「えっ……」


 自分の無力さを噛み締めていたその時。

 麗子さんは俺にだけ届くような声でそう呟いた。


「落ち込んでいる暇があったら、もっと私を褒めて欲しいのだけど」


 加えてそんな彼女らしい一言まで。

 確かにまだ服しか褒めていないが。

 そんなこと言っていられる状況でもなかったろうに。


 でも。


 今の一言のおかげで俺は少し冷静になれた。

 脳内に張り詰めていた何かがスッと消えたのがわかる。


(俺を元気付けてくれたのか)


 不満を表に出すわけでもなく。

 周りを非難するわけでもなく。

 彼女は今、そっと俺の背中を押してくれた。


 それが今の俺にとっては一番の救いで。

 周りの声を遮断する良いきっかけとなっていた。


 この人は俺のことをちゃんと見てくれている。

 好きでいてくれているんだと、心底安心できる。

 彼女らしい、とても思いやりのある言葉だった。


「そうですよね。周りなんて気にしちゃダメですよね」


「ええ、だってこれは私たちのデートなんだもの」


 この休日は俺たちだけのもの。

 そう思うと、とても心が楽になった。


「すみません。ちょっとヘラッちゃいました」


「いいのよ。私なんていつもそうなんだから」


「あ、確かに」


 あははははっ!!


 と、最後は笑うオチかと思えば。


「イテッッ……!!」


 どうやら今のは罠だったらしく。

 麗子さんに背中を強めにつねられてしまった。


「すいません……調子乗りました」


「わかればよろしい」

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