第20話 後始末

「ふーん。やっぱりですか」


 俺が麗子さんとの関係性を白状すると。

 藍葉から予想通りの反応が返ってきた。


「そんなことだろうと思いましたよ」


「すまん……あの時はだいぶ焦ってた」


 先日のあの一件。

 今となっては何とか丸く収まったものの。

 藍葉には少なからず迷惑をかけてしまった。


 あの時の俺は頭がいっぱいいっぱいで。

 去り行く麗子さんの後を追いかけることしかできなかった。

 訳もわからずあの場に残された藍葉は、相当困惑したに違いない。


「色々と迷惑をかけたな」


「別に気にしてないですよ」


「そ、そうか? それならまあ……いいんだけど」


 あんなやりとりを見られては言い逃れはできない。

 そう思った俺は、謝罪ついでに藍葉を飯に誘ったのだ。


 初めこそ普通の居酒屋にしようと思っていたのだが、「私、オヤジ臭い店とか無理なんで」と藍葉に全力で拒否され、行きつけの焼き鳥屋に行くことはできず。


 やけになった俺が「じゃあお前が決めてくれ」と言ったその結果、そこそこいい値段のする庄屋に行くことになり、俺の財布はかなり危険な状態だった。


「くれぐれも頼むぞ」


「何のことですか?」


「このことが会社の人間にバレたらまずいだろ?」


「あー、そういうことですか。まあいいですけど」


 自分の財布を犠牲にする代わりに。

 藍葉には何としても黙秘してもらわないといけない。

 そのために藍葉のわがままを飲んでこの店にしたのだから。


「あ、センパイ。この生牡蠣も食べたいです」


「3つで1200円……」


 予想はしていたが、流石の藍葉様だ。

 こないだ焼肉を奢ったばかりだというのに遠慮するそぶりすらない。

 黙っていて欲しかったら私の好きなものを奢れということだろうか。


「私まだ生牡蠣食べたことないんですよね」


「なら何で頼むんだよ……」


「だって気になるじゃないですか」


「はぁ……。ちなみに1つは俺が食べてもいいよな」


「え、普通に全部私が食べますけど」


「普通に……ね……」


 言い返す気も起きない。

 というか、言い返す勇気がなかった。

 藍葉のことだから従わないと何をしでかすかわからない。


「食べたいならもう一皿頼んでください」


「いや……俺はいい」


「そうですか。なら私が何か違うの頼んでおきますね」


「…………」


 尻に敷かれるとはこういうことだろうか。

 まるで横暴な嬢王様に使える召使いの気分だ。


「それで、いいんですか? 私と2人で食事して」


「ああ。麗……瀬川さんにはちゃんと言ってあるよ」


「ふーん。あの人そういうの許すタイプなんですね」


 お世辞でも頷けなかった。

 多分麗子さん的には、今日の状況だって許しがたいはず。


 その証拠に藍葉と飯に行くと伝えた時。

 ちょっとだけメンヘラが出かかっていた。


 でも本人もそれを許せるようになりたい。

 変わりたいと思っているのは確かだと思う。


 それに藍葉には悪いことをしていたと言っていた。

 彼女も彼女なりに前に進もうと努力しているのだ。

 

「私はてっきりメンヘラだと思ってたんですけどね〜」


「っっ……」


 唐突に図星をついてきた藍葉。

 俺は思わず言葉に詰まってしまった。


「あれ〜? その反応は図星ですか〜?」


「い、いや。別に普通だと思うぞ」


「ふふっ、目が泳いでますよセンパイ」


「ぐっっ……」


 相変わらず俺は隠すのが下手らしい。

 俺の反応を見て藍葉はケラケラと愉快そうに笑っていた。


 今更麗子さんの人柄がバレるのは別にいい。


 それで俺の彼女に対する気持ちが変わるわけでもないし、俺と麗子さんにとっては、すでに自覚している事実だから。


 だとしてもちと鋭すぎやしないだろうか。


 藍葉といい堀といい。

 俺の周りには勘のいい人間が特別多い気がする。

 そのせいで俺は、最近肩の力が入りっぱなしだ。


「でもまあ、好きなことには代わりないよ」


「そうですか〜。いいですね幸せそうで〜」


 俺がそう言った瞬間。

 瞬く間に藍葉から笑顔が消えた。


「刺されて死ねばいいのに」


「……えっ⁉︎」


 そして耳を疑うような言葉が……。


「お前今死ねばいいのにって……」


 かなりボソボソ口調ではあったが。

 今確かに藍葉はそんな感じの言葉を吐いた。


「冗談ですよ〜。応援してますよセンパイ!」


「だ、だよな。冗談だよな」


「もちろんですよ〜」


 でも気づけばいつも通り。

 まるで何事もなかったかのように見慣れた笑顔を浮かべている。


(何だったんだよ今の……)


 藍葉は冗談だと言ってはいるが。

 果たして本当にそうなのだろうか。

 思い出すだけで背筋がゾクッと震え上がった。


「お待たせいたしました。こちら生牡蠣でございます」


「わーい!」


 到着した生牡蠣に早速手をつける藍葉。

 大きな身をつるんと一口で食らっては。


「んんんんー! おいしー! めっちゃ濃厚!」


 先ほどのあの表情が嘘に思えてしまうほど。

 とても満足そうに初めての生牡蠣を絶賛していた。

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