第11話 エルビィの酒場

 鳩が飛び交う噴水広場には、見世物や寸劇などがもよおされていた。その隅っこに、神がどうだとかの説明する者がいた。


 入信を勧めるセミナーといったところか。聴く者はあまりいない。どの世界も、神様の存在は薄いようだ。


 その熱心におしえを説く者のとなりに、募金箱を持つ者がいた。この教団への寄付金募集だ。オレはそこに、きのう強盗から奪ったお金を全額入れた。信者たちは目をまるくした。


 話しかけられたが断わり、早々と立ち去った。名前も聞かれたが答えなかった。


 寄付はしたいと思っていた。でも実際に、どこに行けば受け付けてくれるのかもわからなかった。


 オレは神とか信仰とかに興味はないが、募金箱を持つ彼らに自然と足が向いた。でも本心は、贖罪しょくざいなんだろうな。自己防衛とはいえ、人間を殺してしまったのだから。しかも三人も。


 たくさん寄付をしたらかといって、罪がチャラになるとは思わない。でもどこかで期待する自分を感じてイヤだった。


 うしろから、信者たちの祈りが聴こえた。


 「きっと、あなたに神からの祝福が訪れるでしょう」


 血のついた汚れたお金だ。なにも知らないクセに……。神は祝福などはしないだろうよ。


 オレはそうつぶやいた。







 “エルビィの酒場”。


 ニックと出会った酒場の名前だ。最初に入ったとき、店の看板なんて見もしなかった。


 昼間の酒場は、旅人でごった返していた。昨晩は気がつかなかったが、入口わきに大きなボードがあり、そこにたくさんの紙が貼られていた。


 護衛任務募集や買物依頼、魔物退治のパーティ募集など、いろいろあった。スタジオのバンドメンバー募集のボードを思い出す。あれの巨大版だ。


 指名手配書のコーナーもあった。これは似顔絵つきだ。


 窃盗、殺人未遂、放火、牛泥棒など、これまたたくさんある。報酬金額も書かれていて、やはり高額だ。ただしその条件は、生きたまま連れて来ることだった。つまり生捕りだ。たぶん、依頼主がその手で殺したりするんだろうな。


 手配書は日めくりカレンダーのように、紙が束になっていた。すべて同じ内容のものが印刷されているようだった。


 何人もの屈強な傭兵らしき男たちが、それをちぎっては真剣な顔で読みこむ。彼らは賞金稼ぎであり、食い扶持のひとつかもしれない。


 オレはレイプ容疑か未遂などの手配書を探した。探してはちぎり、集まったのは七枚。もちろん、この七人はレイプに失敗したことを意味する。DNA検査のないこの世界では、口封じで殺してしまえば、完全犯罪が成立する。


 オレを襲ったやつは、このなかにはいないかもしれない。それでも、こいつらを一人ひとり見つけては、なにかを聞き出せるかもしれない。同じような犯罪を犯すやつらだ。なんらかの共通点や情報を得られるかもしれない。そして最後は殺してしまえばいい。強姦は死刑だ。女性を代表して殺してやる。


 「ビアンカ?」


 うしろから声が聴こえた。振り向いたら、金髪のイケメンが立っていた。オルファだった。


 「やっぱりビアンカだ。見間違えそうになったよ。服もなんとかなったんだね。キレイになって」


 「ああ、オルファ。元気?」


 なんて答えればいいのかわからない。


 「ビアンカは賞金稼ぎになるの? 手配書を何枚か集めていたけど」


 「あ……まあ……生計を立てないといけないし……」


 お金ならニックからたんまりもらった。半年は遊んで暮らせるほどだ。つまりオレは、“死ぬまで”余裕で暮らせるのだ。


 「オルファは、例の報告は済んだの? あの……村襲撃事件の」


 「ああ。きのうそのまま王国情報管理局に向かってね。もう、国王の耳にも届いているんじゃないのかな」


 そういえばこのオルファは、職業はなんだろうか。剣の使い手ではある。その、王国情報管理局とやらの局員を生業なりわいにしているのだろうか。


 「ああビアンカ……食事は……まだ?」


 なぜかオルファは動揺していた。


 「食事?」


 「じつはわたしはまだで、よかったらいっしょにどうかなと思って……」


 こっちはついさっき、食べたばっかりだ。


 「さっき食べたばっかりなんだ」


 「ああ……そうなんだ……そっか……」


 オルファはニツプ村を調査していた。そこの生き残りの女性がいるとも言っていた。その女性は、おそらくオレだ。彼女のことをなにか知っているかもしれない。彼女のとむらいもふくめて、話をしてみたくなった。


 「オルファ、食事が済んだら噴水広場に来てよ。ちょっと聞きたいことがあって」


 オルファはうれしそうに返事をした。意外に茶目っ気のある男だ。なにかいいことでもあったのだろうか。


 とそのとき、旅人や傭兵らが一斉に外に出ていく。外がザワザワしている。オレもつられて外に出た。


 公示人がビラをまきながら話を始めていた。


 「一大事! リリカラン侯爵が誘拐された!」

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