第26話「ハンヌの闇」
「とにかく魔王をやる以上、やるからには中途半端では無く徹底してやりたい」
根が正直者のせいか、ついにはそんなことをジーヴァが言い出した。ただ仕事に対するやる気があるのは結構であるが、そんな真っ正直にやられては困るのが魔族代表たるハンヌである。
「お、いいね。あたしは賛成だ」
面白がって煽るガーネだが、ハンヌは二人を何とか制止しようとした。
「陛下もいい加減にしてください。良いですか、八百長システムさえ守っていれば全ては万事OK、安泰なんです。陛下もそれで金貨がもらえますし、何でしたら私もお付けします。それの何が不満なんですか?」
こっそり自分をアピールするハンヌはともかくも、ジーヴァにしてみればこのまやかし自体の胡散臭さに気付き始めていたのだ。
「それでハンヌは満足するのか? わずかな金貨でティグロ王国とドゥラコ王国から顎で使われて。奴ら俺や魔族のことなんか何とも思っちゃいないぞ。これじゃ俺らは体の良い人身御供じゃないか」
熱くなって来たジーヴァはまだ話足りないようだ。
「そもそも俺はニアだけじゃなく、他の勇者達だって可哀想だと思ってるんだ。英雄だ何だと持ち上げちゃいるが所詮使い捨ての鉄砲玉扱いだろ? 適当に活躍させといて最後は都合により負けて下さい、で普通納得するもんか。ニアの爺ちゃんが本気出したのだって良く考えりゃ理解できるよ。あー自分で喋ってて腹が立って来た。今すぐワープしてニアを……いや、ティグロとドゥラコ両方ぶっ潰して来る」
「陛下、それはいけません!」
ハンヌが魔法でジーヴァを拘束した。しかし魔力の総量ではジーヴァの方が遥か上のはずである。
「こんなことしたってすぐに解いてやる……できない!?」
「この前使った補強テープの残りがありましたので、使わせていただきました。魔法とホームセンターの合わせ技で陛下でも簡単に破ることはできません」
まさかの展開に歯噛みするジーヴァ。しかしハンヌの目が本気だった。
「おいおい、ハンヌ。ちょっとやりすぎじゃ――」
「ガーネも黙ってて。お願いだから……」
ハンヌは口をつぐみ、下を向いてしまった。
しばらくは三人の間に言葉は無かった。しかし何かを察したのか、それを破るように魔王ジーヴァはゆっくりと口を開いた。
「ハンヌ、この前の暗殺集団の正体知ってるんじゃないのか?」
「私は知りません!」
だがハンヌの声が上ずったのをジーヴァは聞き逃さなかった。
「最近俺宛ての手紙は、お前が全部一括管理することになったよな?それでおかしいと思ってこの前全部読み直したんだ」
無言のままのハンヌ。だが色白の顔からさらに血の気が引く。
「ほとんどがティグロ王国からだったさ。だけど一通、ドゥラコ王国からのがあってな。あっちからの手紙なんて聞いてないし、珍しいと思ってな。そしたら――」
ドゥラコ王国からの機密扱いの通信。それはニアの暗殺に関するものであった。真相に対して魔王側は関知せず、とすること。そしてニアの途中リタイアに伴う裏金の損失はドゥラコ王国側が秘密裏に補填する旨記載されていた。
「ハンヌは嘘をつくと目が泳ぐか声が上ずる癖があるからな。あの襲撃のあった日、モニターが壊れた時も声が上ずっていた。あれは暗殺集団がニアへ接近するのを俺に見られたくないから、お前がジャミングをかけたんじゃないのか?」
ハンヌは沈黙したままだ。だが明らかに眼が泳いでいる。ジーヴァが持ったクールな第一印象とは裏腹に、彼女にはどうも嘘をつく才能は無いようだった。
「おい、マジかよ。あたしまで巻き添えにするつもりだったのか!?」
ガーネもさすがに幼馴染のしでかしたことに信じられない様子だ。
「……それは無いわ。奴らの狙いはあくまでニアだけ。魔法剣士と賢者はどうか知らないけど。あくまでも私達の襲撃でニアは死んだ、ということにしたかっただけ」
ようやく重く口を開いた魔王参謀。ジーヴァとガーネはただ黙って聞くしかない。
「だって……だって、ただでさえ陛下ったらニアのことばかり気に掛けるから。それにガーネとも何だか良い感じになってるし~。一人置いてけぼりの私の立場はどうなるのよ~」
大声を出して子供のように泣き出すハンヌの精一杯の告白だった。彼女なりの嫉妬心だったのだろうが、事がことだけに捨て置くこともできないジーヴァ。
「ふん!」
ジーヴァは後遺症が出ないよう、慎重にパワーを上げて拘束を千切り破った。
「おっ魔王そんな芸当できるんだ」
ガーネもそのパワーに感心したらしい。そこはお気楽脳筋将軍の面目躍如である。
「この前全身がボロボロになった時、ハンヌが治してくれただろ? それで骨と筋肉が一緒に強化されたらしいんだ。これくらいなら問題は無い……はず。さてと」
泣きじゃくるハンヌを小脇にひょいと抱えたジーヴァ。
「ま、魔王陛下?」
「さてと、無駄な人死にが出なかったから良かったようなもの。しかしこんな重要な手紙を俺に教えなかったのは許せん。罰は受けなくてはな……」
ゴクリとガーネは唾を飲み込んだ。しょんぼりとしつつもそれを受け入れようという顔のハンヌ。
パンッと乾いた音が響き渡る。
「ハンヌは尻叩き……そうだな一〇〇回の上、競泳水着で一晩城の屋上に磔とする」
「はい……。ずびばぜん……」
尻を叩かれつつ魔王参謀ハンヌは次第に感じ取った。自分の軽率な行動を恥じるとともに、それをこの程度で許す魔王の度量の大きさを。そして幼馴染のガーネ、加えて異変を察知してやって来たルダの二人がいる衆人環視の元、叩かれるうちに新たな世界に目覚めつつあることを。
なお、魔王本人としては叩くよりは叩かれる側の方が本来好きなのだが、それは秘しておくことにした。いずれ罪を赦されたハンヌに是非やってもらおうと思い、今は叩く側に徹したのである。
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