第20話「命の洗濯」
「あーいい湯だった」
「全く、一緒に入れなんて言うからさすがに焦ったぞ」
風呂上がりの二人はしばらく居間でサボり……もとい休憩して行くことにした。Tシャツに短パン姿で団扇を使う姿はとても魔王と大将軍には見えない。
「なんでよ。ちょっとは期待してたくせに、命の洗濯を」
気取らないガーネは付き合っていて楽しい存在ではあるのだが、時に発言が大胆というか、積極的過ぎてジーヴァとしては焦ることがある。あくまでも上司と部下の関係である一線を越えてはならない。
次のタイミングを見計らうように、チラチラとガーネが魔王を見る。そして、ようやく決心をしたように、語り掛けた。
「最近さー魔王ちょっとおかしかったから心配してた」
「そうか?」
「うん。ずっと遠く見てボーっと考えてるみたいでさ」
自分としてはそんなつもりはなかったジーヴァだった。しかし、やはり見る者が見ればわかっていたのだろう。彼はずっと勇者ニアのことを考えていたのだから。
「あのさ、魔王」
改まったようにガーネが口を開いた。
「なんだ?」
「今日までちゃんとお礼してなかったから今言っとく。……ありがとう」
普段のガーネからは信じられない程に丁寧で奥床しい口調だった。
「なんのお礼?」
急な礼だが魔王には思い当たる節が無い。
「勇者の剣からあたしを護ってくれたじゃん。フルパワー魔法まで使ってさ」
「どうってことないよ、あれくらい。魔王が部下の将軍を助けなくてどうするんだ」
無論魔王としても、ただの部下としてだけ見ている訳ではない。仲の良い友人以上の関係にある彼女を身を挺してでも護りたかった。それだけである。
「そうだけどさ……。いっつもあたしにあれこれ絡んでくれてたのにさ、この間からスルーされてるみたいで。……なんかちょっとね」
突然、珍しく弱気なことを言うガーネ。自分が勇者への不必要な同情をしたせいで、周囲にまで悪影響を及ぼしていたのかと思い、ジーヴァは無意識に唇を噛んだ。
「魔王はどこまで行ったって魔王だからさ。自分の中で考えてたって世界が変わる訳じゃないんだ。だから何か嫌なことがあったり、悩んでたら周りに吐き出すってのも大事なんじゃない?」
「そうだな。……ごめん」
「謝んなくったっていいよ。ただそっちの方が魔王もあたしも楽になるだけだし。なんだったらあたしに吐き出してくれても良いからね」
お調子者で振り回されることも多いが、ガーネの本質は気立ての良い優しい子であると魔王は知っている。だからその言葉に感謝の念しかなかったし、それ故逆に甘える訳には行かなかった。
「ガーネ、ありがとう。だがな、その言い方は誤解を招くぞ」
「誤解? ……あー、そういうことね。魔王もそういうので喜んじゃう年頃か~」
「俺は男子中学生か!?」
それでも、こういう気楽な関係を持てるガーネを大事にしたいと思う魔王ジーヴァだった。
一方ルダは青銅の巨人製作に精魂を傾けていた。設計図は元よりない。全ては彼女の頭の中にある。それを具現化し、統合し、組み立てる。かのガ〇プラの如き、緻密な設計思想と蓄積された匠の技術、まして若年購買者層への配慮などというものがある訳ない。全てはルダの魔物製造にかける思いと執念と創作意欲が辿り着いた極地なのだ。
「ふっふっふ。これが完成した暁には勇者パーティなどあっという間に叩いて見せる……」
ルダの目付きが座っている。
(あー、これは手を出さない方が良いですね)
早々に参謀ハンヌは助け船を出すこと諦めた。今まさにルダの中で長らく待望した一点物の巨大な魔物を製造しているという興奮とやりがい、技術屋魂が燃え盛っている。それでいて自分の軽い思い付きで導入してしまった新機軸が全体の調和と機能性、見た目のスマートさにおいて齟齬をきたしていることが判明しつつある。人間工学を一切無視し、「ユニバーサルデザイン? なにそれおいしいの?」状態の設計思想は勇者の前に開発者たるルダがあっという間に叩かれてしまいそうなのだ。
ここで思考が煮詰まりつつあるルダに何かしらの意見を迂闊うかつに挟もうものなら、どんな破綻が生じるかわかったものではない。ハンヌは製造現場から退散することにした。
(全く、あの二人は……)
風呂から中々帰って来ない魔王と将軍に恨み言を言いたくもなったが、やめておいた。自分も二人が仲良くすることに嫉妬するほど野暮ではないし、そう思われたくも無かった。ただ幼馴染のガーネのように何事にも明け透けにして相手に飛び込んで行ける積極性が羨ましい、そう思えてならないだけだった。
「あれれ。まだ完成してないの?」
そのガーネがようやく現場へ顔を見せた。のん気に風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んでいる。
「ルダがね……。あの通りなの」
能力不足のパソコンで最新のゲームソフトを無理矢理起動した挙句に高熱を発し処理落ちした。そんな表現がぴったりに顔を真っ赤にして各種パーツをあーでもないこーでもないといじくりまわしている。
「この際しょうがない。ハンヌ、補強用のテープ買って来い」
遅れてやって来た魔王は禁忌を破って参謀へお使いを頼んだ。どうせ一度の戦闘で勇者に破壊されてしまう魔物なのだ。この際細かい部分には目をつぶって早く完成させねばならない。
「うう……技術者としての敗北だ」
ルダはがっくりとうなだれている。完成した青銅の巨人タロスはどこか埴輪というか大〇神染みた外観をしている。一見すると高い完成度を誇っているがその実、関節部などにハンヌがホームセンターで箱買いした補強テープが多用されていた。
「いやぁさすが大魔導士の婆ちゃんだ、見事だねえ。この質感も最高じゃないの」
調子に乗ったガーネがべたべたと巨人のボディに触りまくる。ついにはテープで補強されている関節部をつんつんと弄り出した。
「あ、そこを触らない方が良いぞ」
ルダが制止する。その瞬間、青の粘液がテープの隙間から噴き出した。
「げげっ。なんだこれ……スライムじゃないか」
「タロスの血液代わりに使った。体を消化されたくなければ触るな」
スライムと言うとジーヴァは有名なタマネギ型のアレがまず思い浮かぶ。だがこの世界のスライムは本来の、より粘度が低く剣によるダメージを与えられない強敵寄りの存在だった。
人間の皮膚や筋肉を消化するブルースライム、水分を吸収するグリーンスライム、金属を溶かすレッドスライムなど多士済々だ。中には衣服の繊維だけを溶かすピンクスライムなるものもいてジーヴァ個人としては興味津々なのだが、ハンヌら女性陣の目が怖くて製造できない彼である。
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