第14話「勇者の涙」

 二人の戦いが始まった。空中へ跳び上がった二人の刃が交わり激しくぶつかる。プラズマのような光が飛び散り、二人は弾き合うように地面へ降りた。しかしそのまま間髪入れず、一気に距離を詰め、激しい斬り合いへ移行した。金属のぶつかり合う音があたりに響く。その凄まじさに他の三人は手を出すこともできない。




(意外に勇者もやるな。だがここはガーネ有利だ。年季が違う)




 ジーヴァはそう判断していた。とは言うものの、別段彼が剣術に詳しかったからでない。ガーネが事前にそう言っていたから、それを鵜呑みにしてそのまま信用しただけだ。そして最大の問題点として、彼は自分が正体を明かすという事前の段取りをすっかり忘れていた。




「食らえ、魔王将軍!」




「ハハッ、この程度! ビキニアーマーくらいでピーピー言うようなガキに負けるつもりはあたしには無いっ!」




 しかし戦いが進むにつれて、ガーネ本人は予想外の展開に少し焦りを覚え始めていた。




(ええマジ!? この子、こんだけ強かったっけ? ヤバい、あたしが押されてるって!?)




 依然として剣と剣の絶え間ない、激しいぶつかり合いが続く。




 まだ若いニアの体重を乗せて繰り出す重い一撃一撃を巧みに受け流す熟練の魔王将軍。だが次第にガーネの旗色が悪くなって行き、見るからに軽口を叩く余裕が無くなっていった。そこまで状況が悪化すればさすがにド素人のジーヴァにも判断がついた。




(まだ冒険を初めて間もないはずのニアだろ? なんだこの展開は)




 想定外の事態にパニクりそうになるジーヴァだが、今はガーネを信用するしかない。




(まずいまずいまずい。こんなところであたしが負けたら魔王だけじゃなくてハンヌからも怒られる!)




 魔王はなんだかんだ言って色仕掛けすれば問題無い、という風に見られていた。しかし幼馴染であるハンヌの恐ろしさを知っているガーネからすれば後の展開の恐ろしさを考えると、とても負ける訳には行かなかった。




 重い攻撃の休みない連打が続き、徐々に焦燥感に駆られるガーネ。集中力の糸が今にも切れそうだった。そしてついにニアの攻撃の勢いを殺し損ねて、決定的な隙が生まれた。




「行ける! 食らえ、魔王将軍!」




 勇者ニアは好機とばかりに、剣を体ごと大きく振り回すようにして入魂の一撃を繰り出す。ガーネは目でそれを追うことはできるが、全く体が反応できなかった。




(あぁ、あたしがここで死ぬ!? 魔王、ごめん……)




 さすがにガーネは観念をした。今際の際に浮かんだのは腐れ縁のハンヌではなくジーヴァだった。




 しかしガーネが死ぬことは無かった。ニアの剣は空中で止まっていた。




「え、旅人さん……?」




 目の前には先程助けたはずの旅人が立ち塞がっている。二人の間に割って入ったジーヴァが素手でニアの剣を掴み、止めていたのだ。旅人の姿が一瞬黒い炎に包まれたかと思うと、黒衣に身を包んだいつもの魔王スタイルとなった。




「すまんな勇者ニア。私の正体は魔王ジーヴァ。お前の力を試すため、姿を欺いていた」




 突然、都合よくジーヴァが秘めたる力に覚醒してパワーアップした訳ではない。以前ハンヌから危険であると忠告されていた、持てる魔力を用いての肉体能力向上へ全振りをしていただけなのだ。でなかったらニア渾身の攻撃で、生身の彼は文字通り物理的に塵と化していただろう。




「くっ……剣を放せ! 好機だ、今ここで貴様を討つ!」




 ジーヴァが掴んだままの剣をなんとか振り解こうと右へ左へと遮二無二に力を籠めるニア。だが今のフルパワージーヴァにかなうはずがない。




(いやー魔王、やるねえ。さすがあたしが目を付けただけのことはあるわ)




 ガーネは呆然としながらもそう思っている。なお実際のところ最初にジーヴァに目を付けたのはハンヌの方だったのだが、そういった事実は都合よく改変されていた。




「勇者ニアよ、そうではない。お前には他になすべきことがあるはずだ」




 冷厳にジーヴァはニアへ告げるのだった。




「そんなものはない! 貴様を、貴様をお爺様のように倒すんだ!」




 必死に剣を引き戻そうとするニア。だが無情にも剣は少しも動こうとはしなかった。




「聞き分けの無い。お前はもう子供ではないはずだ。新しき勇者は魔王城にて私と一騎打ちをする。そしてその上で……破れる。そのように全ては決まっている」




 少女へ告げられる、国家レベルの秘密にして勇者本来の任務。しかしニアは聞こえない振りをしている。そんなお為ごかしの言葉など決して受け入れるつもりは彼女には無かった。




 目の前にいる宿敵を、剣が自由になればすぐにでもジーヴァを切り捨てるつもりの勇者だった。だがその剣は微動だにしない。そして、それは少しずつ魔王が掴んだあたりから微細なひびが入り始めていた。




「嘘だ、嘘だ、嘘だ! そんなことはない。私は勝つんだ、勝ってお爺様の墓前に報告するんだ……」




 ニアの目から涙が滲み始めた。偽りの平和のための敗北など彼女は認めたくなかった。祖父の名誉のためにも自分は勝たねばならない。だからここまでいかなる艱難辛苦にも耐え、ひたすらに頑張って来たのだ。




「否!」




 ジーヴァの一言とともにニアの剣、祖父イクスの形見は真っ二つに折れた。勢い余ってニアは地に転んだ。それでもすぐに彼女は起き上がり、そこにいるはずの魔王を見上げた。だがその姿は既に無かった。




 『勇者』という存在の現実に直面したニア。そして自分の心の支えであった祖父の剣は無情にも失われた。ニアは地に伏して嗚咽し涙を流した。祖父の死に際して、今後決して流すことは無いと誓ったはずの涙だった。




「おーい、魔王。ティグロ王国から速達で手紙が来てるよ。先日の戦闘、実に天晴だってさ。ここからニアがどう復活して盛り返すか、みんな楽しみにしてるって」




 ガーネが手紙を代読する。だが魔王ジーヴァは反応できなかった。ティグロ王国の無責任な盛り上がりなど今の彼にはどうでもいいことなのである。そもそも限界突破、四倍界〇拳の如き魔力大放出による肉体強化の反動で体中の骨という骨、筋肉という筋肉が粉々ボロボロになっていたのだ。これは死にも等しい地獄の苦しみだった。




(これじゃニアに勝てても、使ったこちらが死んでしまう)




 先日の約束通りミニスカナースのハンヌが膝枕を提供して、必死の魔法治療が続いている。全身を走る激痛のせいで彼女の太ももの感触を今一楽しめないことの方が今の魔王にとっては大問題だった。二度とこんな魔法使ってなるものかと思い知ったのである。




「ハンヌ」




「はい、なんでしょうか?」




 魔王の問いかけに優しく応える参謀だった。




「治療が終わった後だが。この要領で耳掃除を頼んで良いか?」




「……承知しました。でもそれは勤務規定外です。お代は高いですよ?」




 普段は聞くことのできない、妙に艶っぽい声で答えるハンヌ。それでも、やはりお金に関してはどこまでもシビアな魔王参謀であった。

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