第8話「魔王軍団の財政危機」

「今、我が魔王軍団の財政は危機的状況にあります」


 居間に戻ったハンヌは真剣な顔で言った。本業たる魔物の製造にすら影響が出るというのだから、それはかなり深刻なのだろう。


 実際幹部も今はハンヌ、ガーネ、ルダの三人で回しているが、昔はもっとたくさんいたと話した。城内にも本職の料理人や執事、メイド達がいたそうだが、涙を呑んで人員整理したという。


「あたしもこう見えて昔は沢山の部下がいたんだよ。四天王とか親衛隊とかさ~」


 往時を懐かしむガーネ魔王将軍が遠い目をしながら語った。巨大なティグロ王国とドゥラコ王国を相手に戦えるというくらいだから、冗談や嘘ではないようだ。初っ端から夕食の牛丼代をたかられる現状では考えにくいことではあるのだが。


 ハンヌ自身も本職は参謀ではあるが、軍団の総務や経理事務を一手に担当している。何やらお局OLのような雰囲気を醸し出しているのはそれが原因らしい。


「それはともかくとして」


 軽く咳払いするとハンヌはそうなった原因が三つあると挙げた。


「理由として第一にティグロ王国とドゥラコ王国が我々に払う報酬を渋っているのです」


 両国とも二〇〇年間領土拡大がないのだから、経済的には頭打ちなのである。それでいて上から下まで贅沢な暮らしに馴れてしまった。さらに福祉予算やら実質使いもしない軍事予算が地味に増加傾向にある。そこで両王国は無い袖は振れないとばかりに何かしら理由を付けては魔王軍団への報酬を削る方向にあるという。


「第二に穀物の値段が上がっていることですね」


 表面的には大きな戦争が無い平和な時代が続いており人口が増加傾向にある。しかし一方で農業生産の上昇が追い付いていないのが現状だという。穀物の供給に対して需要が相対的に増加することで全体的に価格が上昇しているとハンヌは指摘した。そうなれば同じ額の金貨でも、買える穀物の量は当然減って来るという訳だ。


「はーい、第三の理由はあたしが説明する! ……原因はね、なーんとハンヌ参謀でーす」


 待っていましたとばかりにガーネが手を挙げる。それと同時に普段ポーカーフェイスであるハンヌの表情が一瞬で青ざめた。ジーヴァの顔を直視したくないのか、そっぽを向いてしまっている。


「何で財政危機なのに、参謀のハンヌが原因になるんだ?」


 状況を飲み込めないジーヴァはガーネに問い質した。


「実はね~金貨の備蓄は、昔はもっとあったんだけどね。だけど、そこにいるハンヌが資産運用で大失敗したんだ」


 衝撃の発言だった。それはジーヴァが常識人だとばかり思っていたハンヌの意外な側面だった。


 元々戦争におけるヒール役の代価として大量の金貨をティグロ王国とドゥラコ王国から得ていた魔王軍団。しかしこの魔王城へ実際に実物の金貨が渡って来る量は全体からして微々たるものに過ぎないのだった。


 その一部は島や大陸各地に点在する迷宮の宝箱へ入れられた。それらは魔王軍団のタンス貯金として、あるいは勇者を危険な罠へ誘い込むエサとして機能していた。だが残りの大部分はティグロ王国とドゥラコ王国にある銀行へ直接預けられていた。


 その預金の管理は参謀であるハンヌが行っていた。そして本来は魔王城や各地の迷宮の建設や維持管理、魔物製造設備の更新費用他、魔族の人々の健康保険や年金などに充当されるはずだった。


「陛下、申し訳ございません。私としたことが目の前のお金に目が眩らんだのです」


 基本的に堅実、あるいはせこい性格のハンヌは両王国から振り込まれる大量の金貨を銀行の定期預金に入れて預けていた。だがそれでは折からの低金利で手に入る利子収入はごくごくわずかなものだった。しかも近い将来老朽化した魔王城の大規模な改修を控えていることを考えればやや不安が残る。


 その状況を打開しようとハンヌが考えていたところへ、担当の銀行外交員が高利回りの投資商品を紹介したのがそもそもの原因だった。上手く行けば金利の低い定期などとは比較にならない利子収入が得られるとの皮算用である。


 当時、ティグロ王国とドゥラコ王国のある大陸とは別の、遥か海の彼方に浮かぶ大陸へ向かう貿易商船団へ投資をすることが流行っていた。外交員は言葉巧みにその投資商品の利益が多いことをハンヌへアピールした。


「私だって最初はそんな濡れ手で粟な話がある訳がないとわかっていたんです。でもその外交員が結構なイケメ……、話が上手でついついその気になって。今この流行に乗り遅れるのは明らかに損、と思ってしまい……」


 そこでハンヌは定期預金を解約し、言われるがまま別の大陸へ向かう商船団へ投資することにした。これで魔王軍団の財政は一〇〇年安心と鼻息を荒くした彼女であった。


 ところがいざふたを開けてみると、彼女が投資した商船団に限って何故か沈没したり海賊に襲われたりする被害に遭った。結局当初の目論見はすっかり外れて大赤字の大損をしたのだ。


「ふふふふふ。でも、今度投資予定の商船団では魔王参謀の名に懸けて、今までの赤字を全て取り戻して御覧に入れます。それは貿易相手に無料で毛布を配る優しい船団でしてね……」


 そう語るハンヌの目が血走っている。非常に嫌な予感がしたのでジーヴァはその投資はやめさせることにした。結局魔族よりは人間の方がよほど恐ろしいという結論に至った魔王である。

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