第6話「勇者と魔王の一日目」

「ニア様、さすがにそれは無茶では?」


 先程新しき勇者の従者になったばかりの魔法剣士フィニク。どこか頼りなさげな姿は、石頭の勇者を御しきれるか傍から見ても心配である。


「しかしもう決めたんだ。私がお世話になった孤児院は経営危機なのだ。金貨は全て寄付する」


 実際国王の不安は的中した。ニアは旅の資金にと下賜された金貨を全て自分のいた孤児院に寄付するという。必要な路銀は自分で稼ぐ、という信念に燃える彼女としては当然の行為だった。いつか勇者となったらそうすると、数年前に決めた以上守らない訳には行かないニア。冒険初っ端からこれである。


 国王からもらった冒険者の服もサイズを過大申告していたせいでダボダボ。袖を捲って着ていた。とにかくも勇者としての自負心が大きすぎて、虚勢を張りたがる性格のようだ。


「でもこのままだと、今日の宿代どころか晩御飯も食べられないわよ~」


 カトスもどこか他人事な風に意見を述べる。


「むむむ……。どうしよう」


 決意は立派だが後先考えない性質のようである。まあそれは当初から織り込み済みなのでフィニクも既に手筈は取ってある。


「それではどうでしょう。勇者としてニア様を慕う民は多い。そこで討伐のための寄付を募っては?」


「おお、それは良い考えだ」


 ニアはそれに乗った。教会が運営する孤児院しか世間を知らない彼女である。信心深い人ばかりで世の中は成り立っていると思い込んでいる。きっと自分たちの聖戦のため浄財を投じてくれる人は沢山いるに違いないと考えた。


 街の辻に立ちニアは訴えた。自分こそが新しき勇者であり、これより邪悪な魔王を討つための旅に出ようとしている。そのため民一人一人の協力が必要であると。そして人々の求めに応じて彼女は時に握手をしたり、馴れないサインまでするのだった。


 これはそれなりに効果があり、たちまちお金が集まった。もっとも道行く庶民の投げ銭である。小銭がほとんどで、今日はなんとか空腹と雨風を凌げそうという程で心細かった。


「ニアちゃん、こういう時こそお金持ちを利用す……頼るのよ~」


 その両目に金持ちへの恨みと嫉みの炎を湛えたカトスは街の有力者の家を周ると言い出した。こういう時こそ富の偏在を是正するのだとでも言わんばかりに、勇者の肩書を使うべきだと彼女は考えているらしい。


「やあやあ、これは新しき勇者様。どうぞお待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 そう言って慇懃に邸宅へ迎え入れる大商人。廊下に飾られた絵画や彫像を見ながら、さすがに勇者の肩書は凄いと思う三人であった。


「私は古き勇者イクスの孫で、ニアと申します」


 あの魔王を討った勇者イクスの話はこの国で知らない人はいない。もちろん八百長の一件も知らないのだから、方々でニアは歓待を受けた。自分の志を述べ、慣れない素振りで頭を下げると、目に涙を浮かべながら金持ち達も金貨や銀貨を寄付してくれた。


「さすがはニア様ですね。もうこんなに集まりました」


 宿屋で今日一日の反省会を開く三人である。麻袋の中には金貨や銀貨、銅貨に至るまで沢山詰まっている。これで当分の路銀には困らないだろう。


「だがこれで良いのだろうか」


 結局街から一歩も外へ出ていない。ゴブリンの一体も退治していないのだ。それに彼女には今まで経験したことのない、不可解な出来事があった。


「食事を御馳走になったあの館でのことだ。やたら私へ酒を杯へ注いでくれと言ったあの主人は、何故自分でやろうとはしないのだ? それどころか主人は是非家に泊まってくれと言ったのに、二人はなぜ断ったのだ。私とゆっくり二人きりで話を聞きたいと言っていたのに」


 その誘いの意味するところを理解していないニア。さすがにこの勇者の危なっかしさに先行きの不安を覚える従者二人である。



 魔王島の朝は夏でも冷え込む。息が白いのを確認しながらジーヴァは服を着替えた。さすがにリクルートスーツ姿で魔王というのもあんまりなので、魔法で服を作ってみた。魔王らしく黒衣に黒マントをまとってみたのだが、どうにも自分が着ると高校時代の学ランを思い出してしまって今一様にならなかった。


「魔王陛下、おはようございます」


 すでに参謀ハンヌは起床している。そればかりか朝食の用意すら整っていた。


「ハンヌ、ありがとう。……と言いたいところだけど、これうちにあったシリアルと牛乳じゃないか」


「はい、さすがは御明察です。このままですと消費期限が切れてしまいますので、早速回収させていただきました」


 ハンヌの手抜きなのか、資源を大切にするエコな心なのか。釈然としない思いで、シャクシャクとシリアルを齧るジーヴァ。


「本日の予定ですが、領内の見回り……もとい案内をいたします」


 魔王と言うくらいだから領地はあるのだろう。と言っても、あのパンフに載っていた小さなひょうたん島のことではあるのだが。


「わかった。で、領内にはどんなものがあるんだ?」


「はい。何もありません」


「え?」


「だから無いんですってば」


 城下に魔族の人々が暮らす町、というか村のようなものはある。だがそれを除けばあとは荒漠たる原野と岩地しかない。厳しい風土では木すら満足に育たず、泥炭の湿地が広がっているという。


(オーバーに言っているだけだ。そんなことはまさかないだろう)


 という甘い期待を抱きつつ、ジーヴァはハンヌと城の外を歩き出した。確かに話の通り、城下『村』はある。だが今にも崩れそうな土壁と草ぶきの屋根の家々はひっそりと寄り添うように建っている。見るからに頼りないというか寂しさを感じさせた。


 王とは言っても支配する民がいなければ路傍の案山子にも劣る。もしくはただの空手形に等しい。言いようのない虚しさを感じ出すジーヴァであった。


 三〇分程二人は歩き続けた。そうは言っても何かしらあるだろうという期待はやがて不安へと変質して行く。もはやハンヌとデート状態とかそういう気分にはなれない。そしてもう三〇分歩き続けた時、我慢ができなくなりジーヴァは口を開いた。


「何も無い……」


「陛下、だから言ったでしょう」


 一応領地を知っておきたいという思いから二人はひたすらに遠出してみたが、草や苔がわずかにへばり付くように生えている土地の他はめぼしいものは何一つ無かった。


「あれ?」


 動く影が見えた。ようやく村人発見かと思って近づく。遥か遠くでその村人と思しき魔族の数人が泥を掘り返してはもっこに詰めて運び出していた。農作業ではない。土木工事だろうか、とジーヴァは思った。


「あれは何をしているんだ?」


「後で城に戻り次第ご説明します」


 常に冷たい北風が強く吹き付けており、農業もままならないだろう。産業を興すにも人影は城下を除けば見ることはほぼ無かった。


 これでは人間とグルになった戦争ごっこで金を稼ぐしかこの島で生きる術は無いのも実感できた。魔王と言ってもとんだ外れくじかもしれない。普通の人間より頑健な魔族でなければ生きて行くにはあまりにも過酷な環境であった。


「正に忘れられた土地だな……あ」


「どうかしましたか?……あ」


 そこまで言ってジーヴァとハンヌは思い出した。昨晩、城の屋上に縛り付けておいた魔王将軍の存在を。


「うううひどい……こんな仕打ち。あたし、これでも魔王将軍なのに」


 ビキニアーマーのままガタガタ寒さで震えるガーネを救出したが、ジーヴァもハンヌもしばらくは放っておいた。彼女の辞書には口は禍の元、自業自得という言葉が存在しないらしい。

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