第4話「石頭の勇者」
「大体、お前らだけ日本へひょいひょい行って帰って来るってのは不公平じゃないか?」
今度は牛丼のお釣りでアイスを買って来たハンヌにジーヴァは文句を言った。
「そうは仰いますが、異世界同士で簡単に人や物のやりとりをすることは魔法の禁忌なのです。第一、転移魔法はとっても疲れるんですよ」
カップのチョコミントアイスを食べながら、そのようなことを言われても今一説得力に欠ける。
「大丈夫、大丈夫。アイスの空箱は魔王のアパートから燃えるゴミで出すからさ」
果たしてそういう問題なのかはわからない。だが魔王の側近として重責を負う彼女らは役得としてそういうことを時々行っているらしい。
「とにかくよっぽどのことが無い限り、安易な日本とのやりとりは魔王として禁止する。もし犯したら、また寒い恰好にしてやるからな」
「だってよ~、ハンヌ。でもさ、セクハラ紛いで脅すってのも騎士道精神の風上にも置けないね」
いきなり正論で攻めるガーネ。だが彼女が寝っ転がって読んでいる本に目が止まったジーヴァには何の痛痒も無かった。いや、別の意味で深刻なダメージはあった。
「……何でそれ持ってるんだよ?」
「さっきガスの元栓閉めに行った時に見つけた。魔王の部屋がすげー散らかってるんだもん、あたしが片付けてやろうと思ったら律義にベッドの下に整理されてるからね。そっかー魔王は快〇天派か~。あたしはL〇の方が好きなんだけどな~」
魔王将軍ガーネよ、人はそれをセクハラと言うのではないのか。勝手に人の下半身事情まで探られて、もはや魔王ジーヴァの尊厳は風の前の塵に等しかった。
ティグロ王国は大陸の西側を領有する国家である。
東側のドゥラコ王国との秘密協定で魔王討伐の勇者を出すのは交互という約束になっている。前回ドゥラコ側が出した勇者が魔王と相討ち、という結果になった。実際には勇者は魔王まで到達できた割増報酬をもらい帰郷、魔王の方は「気力体力の限界」を感じて引退したということにすぎないのだが。
ドゥラコ王国の勇者はかなり活躍したことで両国の民の喝采を浴びた。今度のティグロ王国の勇者はどうなるのか。俄然注目を集めざるを得ない。ニ〇〇年の間に民の目も肥えた。勇者の活躍に対する要求は段々と高くなっている。
ティグロ王国としても国の威信がかかったこの『行事』である。勇者の選定には慎重に慎重を期した。そしてついに隠し玉、秘密兵器とでも呼ぶべき勇者を招聘することにしたのだ。
「勇者よ、偉大なる古き勇者の孫よ。よくぞここまで参った」
国王は自ら謁見の間の隅で跪いている勇者に声をかけた。
「はっ」
勇者は決して顔を上げない。実に奥ゆかしい心がけである、と国王は内心ほくそ笑んだ。
「それでは顔が見えない。近くへ寄りなさい」
それでも勇者はわずか数十センチしか前へ進まない。近頃の若者らしくなく、礼儀正しいのだなと国王は感心した。
「もっと近う寄れ」
国王は自分の顔が生まれつき不必要なまでに厳めしいので、勇者が怖がっているのではないかと疑心暗鬼に陥った。「本当はそんな怖いおじさんじゃないよ~」と優しく言いたいくらいだが王の権威のため黙していた。
「……いいからここへ来なさい。話が出来ない」
いい加減まどろっこしくなって来た。ついには脇に控える宰相へ命じて、玉座の前へ引っ張りだすことにした。
(これが今度の勇者か。大丈夫なのだろうか)
自分の命令で勇者に認定し連れて来たのだ。散々素行を調べ上げ、剣士としての腕、人徳、教養その他が勇者に相応しいと役人たちが太鼓判を押したはずの勇者である。それでも不安になった。
「名を申せ」
作法、脚本通りに宰相が勇者へ告げた。
「はい。古き勇者イクスが孫、ペクニアと申します」
ペクニア、通称ニアだが彼女は今年で一六になる。決して面を上げず、国王の顔を見ることは無い。
体格は決して大きいとは言えず、玉座の前でひれ伏した姿からはただの村娘にしか見えない。それもそのはず服装がただの布製の普段着だった。冒険者がまとう鎧をニアは用意することが出来なかった。死んだ祖父が残した剣が一本あるだけである。
「苦しゅうないぞ、面を上げい」
国王の言葉で、ようやくニアは顔を上げた。それでも国王の目を直接見るのは不敬とばかりに俯いている。
(あ、顔は結構可愛いのね)
どんな芋娘かと思っていたが、国王は意外なほどに整ったニアの目鼻立ちに息を飲んだ。これからティグロ王国の威信がこの少女の双肩にかかって来るのかと思うと、何やら罪深いとも思った。だがそれでもドゥラコ王国には負けられない、彼女にも魔王討伐の『寸前』までは行ってもらわねばならないのだ。
「これより汝は勇者として長く険しい旅に赴くことになる。よってこれを授ける」
ニアの前に美しい宝箱二つが運ばれた。華麗な金細工が施された特注品で、素朴な印象の彼女とは如何にも対照的だった。衛兵が宝箱を空けるとそれぞれ金貨と旅人用の服、マント、ブーツが入っている。
国王としては最初金貨だけで十分と思っていた。勇者になる者には宣伝効果を狙って商標やロゴ入りの鎧が防具屋から提供されるのが常だったからだ。
ところがニアはこの聖戦においてそのような物は不要、と断っていた。とはいえ、さすがに普段着のまま旅へ出させる訳にもいかず、大慌てで彼女のサイズに合う服を用意させていたのだ。
「賜りし品々、恐悦至極にございます」
ニアは答えた。少女らしくない立派な物言いであり、国王は彼女の亡き祖父もこのようであったのだろうと感心しつつも、一方で別の不安を抱えていた。
(真面目そうでいい子なんだけど、大丈夫かな。融通が利かないとか……)
国王の心配は彼女に関する報告書の中にあった。両親を生後間もなく亡くしてしばらくは祖父に育てられた彼女だったが、その祖父も没すると孤児院に預けられた。
とにかく一本気な性格であった。嘘や不正を嫌い、仲間がずるをしようとすると相手が年上だろうと食ってかかった。それは敬愛する祖父の気質が遺伝したものであると同時に、祖父を目指して厳しく自己鍛錬した結果だった。
「新しき勇者ニアよ、魔王討伐の命をしかと果たせよ」
「はっ。国王陛下よりの勅命、胸に刻み魔王を討伐いたします」
ニアの目は生き生きと輝き、一点の曇りもない。正直な目である。だが言い方を変えれば彼女は石頭であった。
(まさか本気でこの子、魔王倒す気じゃないよね?倒しちゃ困るんだよ……)
魔王討伐は表面的には慶事で快挙ある。だがそれにより勇者へ莫大な報奨金が発生してしまうし、裏では貴重な魔王を倒されたことで魔族側から大クレームと損害請求が発生する。
さらに言えば「いかに善戦し、倒さないか」というチキンレースを繰り広げる憎きドゥラコ王国からは、野暮だの不器用だのスマートでないだのと影で散々悪口を言われるのだ。そんな事態は何としても避けたい。
とはいえ「勇者の中の勇者」と言われた祖父イクスの孫である、というだけでそこに物語が生まれる。自然と人々の耳目を集める。前任のドゥラコ王国の勇者を超えるインパクトはあるはずである。いささか危険ではあるがニアに賭けるしかないというのが、ティグロ王国上層部の意向であった。
そこでティグロ王国上層部は、よもや『討伐成功という失敗』はあるまい、あってはならないと保険をかけることにした。お目付け役として二名、勇者の従者として付けることにした。
「魔法剣士フィニク、賢者カトス、前へ出よ」
フィニクとカトスという凄腕の二人が付けば勇者の暴走は防げるだろう。そう国王は踏んでいる。見た目はどこか頼りなさそうな青年フィニクと、掴みどころのない表情をする女賢者カトス。無名ではあるが腕は確かである。勇者ニアと『魔王を』しっかりと護るであろう。
若い三人にティグロ王国の威信がかかっている。互い見つめ合う勇者と二人。その先に待ち受ける者は一体何であろうか。
その時であった。
「ハハハハハ。新しき勇者、しかと見届けたぞ」
突然謁見の間から明かりが消え、薄暗くなった部屋に声が響いた。国王はじめ人々が不安におののいて、ざわつく。
「あれを見ろ!」
誰かが叫んだ。天井にひときわ暗い靄がかかっている。それは段々と巨大な人の顔となった。禍々しく光る双眸と深く開かれた口。とてもこの世のものとは思われなかった。
「我は北の魔王、ジーヴァ。闇の底より蘇りし者ぞ」
巨大な顔はそう語りかけた。だがニアは恐れることは無い。きりっとした眼で魔王の影を睨み付けた。
「私が勇者ニアだ!必ずや貴様を倒して見せる。それまで覚悟しておけ!」
そう叫ぶと勇者はおもむろに祖父の形見の剣を抜いた。小柄な少女が扱うには長大で重厚な大剣である。
「フハハハハ、お前に私が斬れ――」
『るかな?』と続けるつもりだったジーヴァだったが、ニアはしまいまで聞かなかった。わずかな助走をつけると跳び上がり、影を一刀両断したのだ。霧が晴れるようにジーヴァの顔は消え、明かりが部屋に戻った。
「私は……貴様には負けない!」
天井を見つめつつ、一人決心を新たにする勇者ニアの旅立ちであった。
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