ステップ1:話しかけるところから始めましょう
ベッドから降りて、屋敷内を探索していたら見つけました。秀平くん。
昔から続く、時代が時代であれば、統治者を輩出していたお家柄だけあってとてつもなく広かった。おかげで探すのに時間かかっちゃったよ。
ここで見つけたからといってすぐに声をかけるのは禁物だ。向こうは私を警戒しているはず。野生動物だと思って接しなくては。
なにしてるんだろう。
ちょうどあった人1人隠れるぐらいの柱から様子を伺う。秀平くんは手に持っているお手玉をひたすら黙ってじっと眺めていた。今からお手玉でもするつもりなんだろうか。下を向いているせいで黒い艶やかな髪に表情が隠されて見えない。
殴った時、一応顔見てたはずだけど本当に秀平くんに興味がなかったのか顔あまり覚えてないんだよなぁ。だから私が覚えている顔はもう高校生になった漫画に書いてある秀平くんの顔だけだ。
顔見たいなぁ。でも、自分を殴った奴の顔なんて見たくないよな……。
どうしようかと悩んでいると、付けていたネックレスの宝石部分がカツンと音を立てて柱にぶつかった。
「だれ!?」
秀平くんがこっちを見ている。これは誤魔化せないかな。そっと柱から出ると、秀平くんの目が零れ落ちんばかりに見開かれた。
わぁ、作中きっての美形設定だったから想像はしてたけど、本当にかわいい。艶やかな黒髪には天使の輪が光り輝いて、目は黒曜石を埋め込んだみたいに綺麗な黒色だ。漫画にあった怜悧な美貌は幼いからかまだない。
「ごきげんよう。なにをしているのかしら?」
「う、詩子さん?」
「えぇ、そうだけどなにか?私があなたに話しかけたらおかしいとでも?」
天使に優しくしたい心とは裏腹に高飛車なお嬢様言葉がすらすらと口から飛び出る。私こんな口調で話したことないのに!これは、詩子が話していた話し口調なんだろうか。にしてももう少し柔らかく言いたい。
ほらみろ。私がこんな口調で話すから、秀平くんが怯えた顔に。お手玉を持っている手まで震えてるじゃないか。
「そ、そんなことは」
秀平くんの声が尻すぼみに小さくなっていく。あぁ、別に君を責めるつもりじゃなかったんだよ!挽回しなきゃ。
「それはお手玉かしら?昔の遊びをするだなんて、奥ゆかしいのね?」
だめだ。どうやっても高飛車になるし、嫌味になる。だって、今自分の口角が嫌な感じで釣り上がったのわかったもん。
絶望していると、秀平くんがキッと私を睨んできた。
「……遊んでないです」
「あら、でも今手に持ってるじゃない」
「見てただけです」
「まさか、やり方も知らないの?」
教えようか?って言おうとしただけなのに、どうしてもきつい言い方になってしまう。
「知ってます。一人で遊んでもつまんないから……」
ぼそっと秀平くんが呟く。おっと、これはチャンスでは?ここで私が遊んであげるよって言ったら、少しは仲良くなれるのでは?
「ふぅん、ちょっとそれかしなさい」
「それ?」
「お手玉よ!お手玉!」
震えている手からお手玉を受け取る。口調はキツくなってしまうが、行動までには影響されないようだ。
お手玉かー。小学校で流行ってたから、昔よく遊んだな。今でもできるかな。
お手玉を三つ後ろ手に持ち、それを前に投げる。すかさずそれを前でキャッチし、2回ほど繰り返した後、最後はお手玉を高く投げてくるっと一回転し、格好良くパシっとお手玉を掴んだらフィナーレだ!
ふぅ、できてよかった。
下を見ると、秀平くんがキラキラとした目でこっちを見ていた。
「どうかしら?この私の華麗な技は」
「すごいです!」
「ふっ、ひざまづいて教えをこうなら、教えてあげてもよくってよ」
なんで普通に教えてあげるって言えないんだろう。せっかく興味を引けたのに。
「……わかりました」
「え?」
秀平くんが片膝をついて、私の手をそっととった。
「詩子さん、どうか僕にそれを教えていただけませんか」
かわわわわ!やばい、めっちゃかわいい!天使が降臨してる!齢5歳にしてこの天使っぷり!これは、成長したらやばいことになるのでは!
「……詩子さん?」
は!天使が怪訝そうにこっちを見ている。返事を早くしなければ!
「えぇ、そこまで教えをこうのであれば、教えてあげてもよくってよ」
おほほほと笑って誤魔化す。
「じゃあ、まず基礎からね。両手にお手玉を一つずつ持ってこう交互に投げてみなさい」
なかなかこれが難しいんだよね。慣れないうちは。
「こうですか?」
「……なかなかやるじゃない」
幼少期の頃からハイスペックなのか……。ここまであっさりこなすとは。
「まぁ、これぐらいは」
「……そう。ならこれはできるかしら?」
少し悔しくなって、後ろ手にお手玉を乗せて前に投げるを繰り返す。
「あれ?」
「そうでしょうそうでしょう。これはなかなか難しいのよ。コツは手首を柔軟に使って動かすことよ。まぁ、すぐには」
「できました」
「え?」
さっきまで失敗していたのが、嘘のようにあっさりこなしている。しかも一つじゃなくて二つで。
「……そう」
私が3か月かけて習得した技を一日で習得しそうな勢いだ。
「詩子さん?さっきやっていたのはこんな感じですか?」
「そうよ。……まさか1日どころか1時間もたたず習得するとはね」
しかも、私よりも安定感のある投げ方をしている。さすが、人気No.1キャラクター。
「これぐらいできないと、一条院家の人間として認めてもらえませんから」
ぼそっと秀平くんが呟いた。
「ふーん、まぁできないことには越したことはないけど、子供がそんなに気を張らないといけないなんて、つまらない家ね」
「一条院家ですから」
「そう」
確かに一条院家は作中の中でも政財界でトップクラスの権力を持つ家として描かれていた。だからこそ、ヒロインもヒーローも秀平を打ち倒すのにすごい苦労をしていたんだっけ。
「もう少しくらい気を抜いてた方が子供はかわいいわよ」
「かわいい?……かわいいですか」
「えぇ」
「……かわいくしたらまた僕と遊んでくれますか?」
「え?私と遊びたいの?」
殴ってしまったのに?
「はい」
コクンとうなづくと、私のワンピースの裾をぎゅっと握った。
めっちゃかわいい……。不安げだけど期待のこもった目でこっちを見上げてくる。こんなにかわいいものだっけ。子供って。秀平くんだから?こんなお願い……聞いてあげないわけがないでしょう!
「そうね、私は忙しいのだけど……あなたに時間を割いてあげてもいいわよ?時間が作れないほど無能でもないし」
「ほんとうですか?」
「え、えぇ」
「ありがとうございます!」
ぱぁぁぁと顔を明るく輝かせてこっちを見られると、眩しい!
「ま、まぁ、好きな時に私の部屋にきなさい!相手してあげるわ!」
尊さで死にそうだからとりあえず撤退だ!私は駆け足でその部屋を出た。
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