第32話 飛竜たち

 学院の持つ飛竜は二十頭だ。これは非常に多い数字である。

 王宮も竜騎士団も十頭ずつしか持っていない。

 大貴族や、武功で名高い貴族家がまれに一頭持っている程度。

 大量の飛竜を所持できるのは、ヴィリの持つ財力と権力、権威のおかげだろう。


「じゅじゅじゅぅ~」


 二十頭の飛竜に見つめられても、ジュジュは全くひるまない。

 飛竜たちをみて目を輝かせていた。

 怯えているわけではないが、フェリルの方が少しびくりとしたぐらいだ。


「……がぅ?」

 そして飛竜たちはジュジュのことが気になるらしい。

 こちらを、好奇心にあふれたきらきらした目で見つめながら、首をかしげていた。


「どの子に乗せて貰うことになるかわからないけど、ジュジュのことをみんなに紹介しておこう」

「じゅ~」

「この子はウイングロード。飛竜達のボスだよ。ウイングロード、この子は精霊のジュジュっていうんだ。よろしくな」

「がお」「じゅっじゅ」


 竜房から頭を出していたウイングロードは、俺たちに合わせて頭を下げてくれる。

 ジュジュはそんなウイングロードの頭をなでなでした。

 ウイングロードはジュジュに撫でられてご満悦だ。

 俺が厩務員助手の助手をしていたときに、綺麗に洗ってあげたときより、嬉しそうである。

 もしかしたら、ジュジュは飛竜を扱う天才なのかもしれない。


 しばらく撫でられた後、ウイングロードはジュジュの匂いを嗅いでペロリと舐める。

 きっとジュジュに撫でてもらったお礼である。

 

「じゅっじゅ!」


 ジュジュもウイングロードに舐められて大喜びだ。

 ボスであるウイングロードがジュジュのことを認めてくれたので、ひとまず安心だ。

 俺は順番にジュジュのことを紹介して回った。


「この子は――」

「がお」「じゅっじゅ!」


 二十頭全員に、ジュジュを紹介しおわっても、まだリルはやってこなかった。


「リルさん遅いね」

「じゅ?」「がう?」

「いや、迎えに行かなくてもいいですよ。そのうち来るでしょうし。あ、ほら、来たみたいです」


 竜舎の入り口からリルとオンディーヌ、そして飛竜の厩務員長の三人がやってきた。


 厩務員長は、いつも飛竜のことを考えている立派な人だ。

 厩務員や助手、それに助手の助手である俺には厳しいが、それも飛竜と俺たちのことを思ってのことだ。


 飛竜は大きくて強いが、ストレス無く飼育するのは難しい。

 そして、飛竜は基本優しい子が多いが、大きくて強い分、人間が気を抜いて接すると思わぬ大けがにつながりかねない。

 それを厩務員たちもわかっているので、厩務員長は皆に尊敬されている。


 俺は三人の元に向かい、厩務員長に挨拶する。


「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」

「おはよう。グレン。心配していたが、……飛竜たちは皆機嫌が良さそうだな」


 厩務員長は満足げに頷くと、ジュジュの方をいる。


「その子がオンディーヌさまのおっしゃる精霊の子だな?」

「はい。この子が私が最近面倒を見ているジュジュです。ほら、ご挨拶しなさい」

「……じゅ」


 人が怖いのか、ジュジュは厩務員長に背を向け、俺の胸に顔を押しつけていた。


「すみません。人見知りする子で」

「うん。気にするな。オンディーヌさまから事情はお聞きしている」


 そして、厩務員長は、ジュジュには近づかず、笑顔で優しく声を掛けた。


「ジュジュ。よろしくな」

「じゅ」


 ジュジュは俺の胸から顔を離して、厩務員長を見る。そしてすぐまた俺の胸に顔を埋めた。


「うん、良い子だな」


 人見知りの飛竜の世話に慣れているからか、厩務員長はジュジュに怯えられずに済んだようだ。


「ところで、グレン。飛竜たちにジュジュのことは紹介したか? 見知らぬ精霊を乗せたら飛竜も緊張するからな」


 ジュジュは呪いのせいで弱いが、精霊は一般的に強い。

 だから、精霊を飛竜の背に乗せるのは、難しいのだ。


「はい、飛竜全員に、紹介を済ませました」

「それならいい。紹介したうえで、飛竜たちの機嫌がこんなに良いのか。驚いたな」

「飛竜たちはジュジュのことを気に入ってくれたようです」


 俺と厩務員長が話している間、リルはフェリルのことを撫でていた。

 周囲に強い飛竜が沢山いたせいで、フェリルも緊張していたのだろう。

 リルに甘えている。


 そして、オンディーヌは飛竜たちを順番に撫でて回っている。


「ん。いい子」

「ぁぅぁぅ」


 飛竜はまるで子猫のようにオンディーヌに甘えていた。

 強力な精霊であるオンディーヌが飛竜に乗って大丈夫か心配していたのだが、杞憂だったようだ。


「飛竜たちが見たことない表情してますね」

「ああ、俺にもあんな態度は見せない。オンディーヌさまが特別なんだ」


 厩務員長はオンディーヌが、ヴィリの契約精霊であり、水の精霊王だと知っているのだ。

 そして、俺がヴィリと幼なじみだとも知っている。


 厩務員長は、ヴィリ直属の役職で、その地位は高い。

 当然、ヴィリからの信用も篤いのだ。


「これなら、すぐに出発しても大丈夫だろう」


 厩務員長の許可が出たので、俺たちは飛竜に乗ってダンジョンに向けて出発することになった。

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