燃える世界
空の門の転送装置で着いた場所は誰もいない青い壁の部屋だった。
「ここは島のはずれの方だな」
「一旦外に出て島の中心の施設に行くしかないな」
フェルサとベリフがゴーグルを見ながら話した。
部屋の扉を開けると古い家のようだった。
「もしかして、ここはシュアさんの家だったのか」
フェルサは呟いて部屋を見渡した。
壁にかかった絵画や木製のテーブルに椅子、大きな棚……生活感の残った部屋を抜けて一行は家を出た。
「これが、島なのか」
「酷いわ……」
ラックとチャミが思わず呟いた。
一行の目の前に黒く焼けた地面が広がり彼方には小高い灰色の山が連なっていた。
フェルサはしゃがんで黒い土を拾った。
「この土の焦げ方はボレダンと同じだ」
「不気味だわ。隠れる場所もないし早く行こうよ」
チャミが言うとフェルサ達は走り出した。
黒く枯れた林を抜けて丘を下りて細い道をしばらく歩くと地下へ通じる入口があった。
一行は無言で合図をしながら入口に進んだ。
見張りもなくすんなりと入れた。
「これは罠だな。誘い込んでいる」
「ああ、無駄に戦わずに済んだのはありがたいがな」
ベリフとコンファが話しているとチャミがハッと上を見上げて「危ない!」と叫んだ。
二人が見上げると天井から三人のゼロラ人が飛び掛かって来た。
「まずい!」
コンファが剣を抜こうとしたがゼロラ人に腹を殴られてうずくまった。
「これでは身動きが取れない」
ベリフはゼロラ人に背後から取り押さえられた。
「やっぱり罠か」
フェルサが剣を構えると目の前にブリュバルが現れた。
「お前らに会うのは初めてだな。ブリュバルだ」
「律儀な奴だが俺は名乗らないぜ」
フェルサは剣を抜いてブリュバルに切りかかった。
更にゼロラ人が二人現れてラックとチャミに襲い掛かった。
通路で乱戦になりながらラックは捕まりチャミは光弾を放って逃げた。
「小娘が逃げたか。まあいい。狙いはお前だからな」
「お前なんかに負ける訳ないだろ」
フェルサが剣を振ったがブリュバルに簡単にかわされた。
「人間に俺が負ける訳ないだろ。眠ってもらうぜ」
ブリュバルは勢いよく拳でフェルサの体を連打した。
「うわっ!」
数発の攻撃を食らってフェルサは吹っ飛んで気を失った。
「フェルサ!」
ラックが叫んだ時、
「そこまでだ」
ブリュバルがフェルサの頭を掴んで持ち上げた。
「こいつの命が欲しければ一緒に来るんだな」
ブリュバルがにやけながら言った。
「くそっ!」
コンファは剣を背中の鞘に納めた。
ブリュバルとゼロラ人に囲まれながら一行は黒い通路を歩いた。
「よく来たな」
広間にデリミストが座って待っていた。
「おい、起きな!」
「うっ!」
ブリュバルに頭を叩かれてフェルサは目を覚ました。
「ここは?」
「女王の部屋だ」
ブリュバルは言いながらフェルサを投げ飛ばした。
「いてっ! 何するんだ!」
フェルサが剣を構えた。
「よせ! こいつに向かっても無駄だ」
コンファに諫められてフェルサは剣を鞘に納めた。
「俺達に何の用だ」
ベリフがデリミストを睨みつけて叫んだ。
「シュアに用があってね。聞こえているか。シュア」
壁に外の風景が映し出された。空の門が姿を現した。
「お前が持っている青い鍵を渡してもらおう。さもなくばこの者達を殺す」
「何を言っているんだ。シュアは持っていないぞ」
ラックがデリミストに怒鳴った。デリミストは表情を変えずに壁の映像に叫んだ。
「聞こえているだろ、シュア。同じ事を言わせるな!」
デリミストがきつい口調で言った。
「わかりました」
薄い灰色のローブを着たシュアが部屋に姿を現した。
「お久しぶりです。お姉様」
「まだ私を姉と呼んでくれるのか」
「世界を滅ぼすような人を姉とは思いたくありませんが、私の姉には変わりありませんから」
シュアは穏やかな口調で答えた。
「やはり何を言っても無駄か。まあいい。鍵を渡してもらおう」
「彼らを助けてくれるのですね」
「もちろん。約束する」
デリミストはニヤリとした。
シュアが「わかりました」と言うと右手をローブの左手の袖に手を入れて、
「これです」
と青色の鍵を差し出した。
「えっ!」
フェルサは驚いた。
デリミストが「本物だろうな」と訊くとシュアは「はい」と鍵を渡した。
デリミストは受け取った鍵をジッと見つめた。
「騙したのか!」
コンファが怒鳴った。
「いえ、あなた方がテスジェペにいる間にシャルマから教えてもらったのです。シャルマは恐怖で鍵の記憶を封印していたのですがフェルサに心を開いて話している内に次第と鍵を思い出したのです。あれはシャルマの記憶から復元した物です」
「シャルマが思い出したのか!」
フェルサが驚いた。
「そうです。皆さん、帰りましょう。作戦は失敗しました。これ以上戦っても無駄です。帰っていいですよね。お姉様」
シュアは目を伏せて言った。
デリミストは鍵を胸のポケットに入れた。
「全く、手こずらせたな」
デリミストが手を挙げた。
島から空の門に砲撃が始まった。宙に浮いた空の門はあっという間に燃えて墜落した。
「おい、シャルマが乗っているんだぞ。あれにはシャルマが乗っているんだぞ!」
フェルサの声が部屋に響いた。
「次はお前だよ。シュア!」
デリミストが腰に下げた長剣でシュアの体を貫いた。
シュアが「ああっ!」と叫びうずくまった。
「私と同じ体でこのままでは死なんからな。粉々にしてやる」
デリミストが両手を上げると天井から光線がシュアに降り注いだ。
シュアの体が一瞬で消えた。
「お前の妹だろ! 何やってんだよ!」
ベリフが怒鳴ると、
「こいつを妹だと思うのはとっくにやめた。私にたてつく裏切り者が。島が人間に攻撃されて傷を負った時にそのまま死なせておけば良かった」
デリミストは無表情だが強い口調で答えた。
「きさま!」
フェルサが剣を構えてデリミストに突進した。
ブリュバルがデリミストの前に立ちフェルサを殴り飛ばした。
「あいつの最期の願いを聞いてやる。生かしてやるからここから立ち去れ。そして地上で焼かれて無様に死ね」
デリミストは軽蔑した眼差しで言うと部屋を出た。
「おい待て!」
フェルサが叫んだ。ブリュバルが鼻で笑った。
「お客様方、滅びる地上へお帰りの時間です。それでは」
ブリュバルは手を振ってゼロラ人達と共に部屋を出た。
「くそっ!」
フェルサは拳を壁に打ち付けた。
「とにかく逃げるぞ。うわっ!」
ラックが走り出そうとした時、部屋が大きく揺れた。
「何が始まるんだ」
コンファがひざまずいて部屋を見渡した。
「とにかく逃げるんだ!」
ベリフが叫んで一行は部屋を出て走り出した。通路に立っていたゼロラ人達は攻撃してこなかった。
「どうやら逃がしてくれるのは本当のようだな」
コンファが言うと、
「地上で死ねって事だよ。馬鹿にしているぜ」
フェルサは怒って走った。
荒野に出ると、
「お兄様!」
物陰に隠れていたチャミが駆け寄った。
「無事だったか。逃げるぞ!」
ベリフは叫んで一行は転送装置がある家へ向かった。
「やっと会える……」
デリミストは扉の前に立った。その黒い扉を何度も開けようとしたがカミラガロルの思念波に邪魔された。
青い鍵を扉の前にかざすとブーンと電子音と共に左右に扉が開いた。
むき出しになった岩肌の中を歩くと小さな広間の台に石になったゼロラ人が横たわっていた。
「ああ……カミラガロル」
先程までのきつい表情と打って変わってデリミストの表情は柔らかくなった。
デリミストは石化したカミラガロルの頭を優しく撫でた。周囲の岩肌が緑色に輝いた。
「私達を守ってこの島を守ってくれた貴方に感謝します。私とひとつになって人間共を焼き尽くしましょう」
デリミストは服を脱いでカミラガロルの体に覆いかぶさった。
周りの緑色の光の粒がデリミストの体に降り注いだ。
「ああ、頭の中に光が入り込んでいく……痛み、悲しみ……この島を守ろうとする強い思い……そして……憎しみ……そう、私達がここに逃げた後も人間共は私達の力を戦いに利用しようとした。それを拒んだ私達を島ごと滅ぼそうとした。貴方が空に逃がしてくれなかったら私達は死んでいた。私は絶対にあいつらを許さない。絶対に許さない! 根絶やしにしてやる!」
デリミストの優しい口調が次第にきつくなった。
カミラガロルの右腕がデリミストの腹を貫いた。
「ぎゃあ!」
デリミストは叫んだ。その拳にも光の粒がまとわりついてデリミストの体に入り込んだ。
「わ、わかる……私の体があなたの体を欲しがっている」
息を荒くしながらデリミストはカミラガロルの体の上でのけぞった。体がビクビクと震えた。
「私は……死ぬ。そしてこの体は貴方の物になる……それでいい……そして貴方の心に私は入っていく。本当に一つになる」
デリミストは涙を流してガクッとうなだれた。
そして再び目覚めた時、
「うわあああああ!」
男の野太い声で叫ぶとデリミストの体の筋肉が盛り上がった。
両肩、両腕、両足と筋肉が盛り上がり骨が飛び出した。
顔面が膨張してバシャッと破裂し骨が盛り上がると収縮して三つ目で口の無い顔になった。
「この体、カミラガロルがもらい受けたぞ。デリミスト!」
カミラガロルは口の無い顔で叫んだ。部屋が大きく揺れた。石化した元の体は砕け散った。
「ふん、出しゃばりが一匹飛んで来たか」
カミラガロルは目を閉じて呟いた。そして、
「この島にいる灰色の肌の同胞よ。これからお前達はギラド人と名乗ると良い。私はギランクスの王、カミラガロルだ」
赤い三つの目を輝かせて叫んだ。
「何?」
荒野を走っていたチャミが男の声に振り向いた。
「ヤバい奴が蘇ったんだ。走るんだ」
ベリフがチャミの手を引いた。フェルサは黙ったまま走り続けた。
「準備が整い次第、雷の門を発動させる。地上の人間共を焼き払うのだ」
カミラガロルの声が響いた。
「おい、危なくなってきたな」
「ああ、とにかく逃げようぜ」
ラックとコンファが話しながら進むと空の門から到着した家が見えた。
「うまく逃げ出せたらいいが」
ベリフが呟くと、
「空の門は破壊されたからここは使えんぞ」
空から若々しい男の声が響いた。
「ちっ、カミラガロルか!」
コンファが空を見上げた。
「いや、あれは……水色の竜?」
ベリフが見た先に竜が空に留まってこちらを見ていた。
「お前は氷の竜のシュルアズラか? シュルギマトラから聞いた事があるぞ」
「どうせロクな事を言っていなかっただろう」
ラックの問いに竜が淡々と答えた。
「何の用だ。俺達を殺す気か!」
フェルサが睨みつけて怒鳴った。
「今のお前は殺気が強いな。妹を死なせたのがそんなに辛いか? 虚像だぞ」
「何を!」
フェルサは剣を抜いて構えた。
「やめろ。お前は私を倒せん。助けに来たとしたらどうだ。この高さからどうやって逃げるつもりだ」
「それはありがたい。助けてくれるならぜひお願いしたい」
コンファがフェルサの肩を叩いて竜に答えた。
「けどよ、竜は戦いに介入しないんじゃなかったのかよ」
「ああもう! 余計な事言うんじゃないの」
チャミがラックの口を押さえた。
ラックが「な、何だよ……」ともがいた。
「それはあいつの考えだ。全ての竜が同じ事を考えている訳ではない。私は人間とゼロラ人……いやギラド人の戦いを楽しみたいだけだ」
ベリフが「何て下衆な……」と呆れた。
「まあ好きに言ってくれて構わんさ。乗るならさっさと乗れ」
竜が一行の前に降りて口を開けた。
「ゲッ! 口の中かよ。臭くないか」
ラックが竜に向かって走ると他の者達も走った。
全員が竜の口に入ると竜は水色の翼を広げて浮いた。
「へえ、口の中は機械だらけか」
ベリフは見た事のない機械を触りながら言った。
「いいか。よく見ておけ。世界が燃える光景を」
竜が言うと外が透けて見えた。
「燃える世界……」
フェルサは戸惑いながら様子を見た。
島の中心から大きな塔が伸びた。
「あの塔は各地に浮かぶ空の門へ通信をする為だ」
「空で通信が出来るのか」
ラックが驚いた。
「空の門が現れて周りの磁力を消す」
竜が言っている内に空中に次々とシュアの空の門と同じ形の機体が現れた。
壁に映った画面に空の門の一つが拡大表示された。
空の門からアンテナが伸びてくるくると回っていた。
「あれが回るのをやめた時、雷の門の兵器が利用できるようになる。あの島を焼いたのと同じだ」
「ギランクスはあれで焼かれたのか」
フェルサは驚いた。
「昔の戦いで人間達がカミラガロルの手を借りたくて何度も交渉したが断られて人間の脅威として抹殺しようとした。お前が奴らを憎んでいるように奴らも同胞を殺した人間を憎んでいるのだ」
竜が淡々と話した。フェルサは黙って画面を見た。
「さあ、始まるぞ」
竜が言うとフェルサ達は緊張して外の様子を見た。
「おい、モスランダやゾルサムはどうなるんだ!」
コンファの問いにベリフやチャミ達はハッと驚いた。
「さあな。どれが雷(いかずち)の門かわからんからな。町に雷が落ちない事を祈るしかない」
竜の答えにチャミが「いやあああ」と叫んだ。
「テスジェペはどうなるんだ。他の町はともかくあいつらは絶対狙っているだろ」
ラックは驚いて訊いた。
「テスジェペはこの状況を把握して光の壁を張るだろう。地下まで焼かれる事はないだろうが実際に攻撃された所は見た事がないからわからんが」
「父ちゃんがいるんだ! 今すぐ行ってくれ」
ラックが怒鳴った。
「もう遅い。始まったぞ」
一行が騒然とする中、竜が淡々と言った。
島の中心から白い光線が四方八方に発射された。それを空の門が受けてさらに光線が拡散して他の空の門を巡っていった。空に無数の直線の光線が描かれた。
その中の一部の球状の機体から稲妻が落ち地上で爆発した。
「あれが雷の門から発射されたギランクスの雷か。シュアさんが言った通り、島からの攻撃より規模は狭いが焼け方はゾルサムの砂丘と同じだ。地面を一瞬で焼いた」
ベリフは画面で近くの地上で円形に焼け焦げた跡地を見て呟いた。
「あの兵器はアロピナの光を燃料にしている。一度撃ったら補給に十日以上かかるからその間は大丈夫だろう。だが機体を破壊するにしても膨大な量だ。幸い、あの攻撃をする為に磁力を消してくれたおかげで人間も昔のように機械で空を飛べるようになったが時間はないぞ。それに見ろ」
竜が画面に島を映した。無数の魔物が島から飛び出してきた。
「ギラド人と魔物達だ。さあどうする」
竜の問いかけに一行はしばらく黙った。
「俺達をテスジェペに連れて行ってくれ。ゾルサムも気になるが今は作戦を立てたい。チャミはどうする。ゾルサムに帰るか?」
ベリフが訊くとチャミは「もちろんお兄様と一緒に行きます。ただ……」と途切れて、
「お父様達も心配ですがレンディ姉様も心配です」
悲しげに言うチャミにコンファが、
「大丈夫だ。モスランダの騎士団はこの程度でくたばらないさ」
とチャミの頭を撫でた。
「レンディ、行けなくてごめん。シャルマ……」
フェルサは小さく呟いた。
皆は聞かぬ振りをして竜の口の中で映る外の景色を眺めていた。
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