作られた神

 《テスジェペ》……灰色の砂漠に数棟の尖った建造物と円形に配されたパネルが並びその中心に塔が建つ町。昔の戦いで避難した地下都市の住民達が長い時間をかけて築いた。

 空の門から降りたフェルサ達にはただ驚くばかりの光景だった。

「こんなに高い建物があるとは一体どうなっているんだ」

 ランマンに乗ったフェルサは周りを見渡しながら呟いた。

「ゾルサムと違う地質と資源で作られた建物か。興味深い」

 フェルサの隣で歩くベリフは建物を見て呟いた。

「建物が大きいばかりで殺風景よね。遊ぶ所ないのかしら」

 チャミは不満げに言った。

「ラック、どこに行けばいいんだ」

 コンファの問いにトトと歩いていたラックは「いっ!」と小さく叫んだ。

 フェルサは「ん?」とラックを見た。

「嫌なのかここが?」

「いや、そういう訳じゃないけどな。取りあえず長老に挨拶かな。ハハハ」

 ラックは苦笑いを浮かべてランマンに乗ったフェルサに答えた。

 空の門が上昇して機体を透明に消した。

「噂に聞いていたが面白い町だ」

 コンファはそびえた建物を見上げながら呟いた。

「ここから地下に入るぞ」

 ラックの案内で一行は建物の脇の入口から地下へ下りた。

「何だこれは!」

 フェルサは驚いた。

 地下には沢山の低い建物があり空に明るい照明が輝いていた。

「まるで外にいるみたいに明るいわ」

 チャミは目を右手で隠して言った。

「アロピナと同じ光を作って照らしているんだ。夜は消すけどな。昼と夜を作って地下でも快適に暮らせるようになっているのさ。ここで暮らしていたご先祖様はよっぽど賢かったらしい」

 ラックの説明にベリフは「凄いな」と呟いた。

 一行は大通りを歩いて奥の寺院のような建物に入った。

「おお、ラックか」

 住民と立ち話をしていた長老のグデーラスが気づいて微笑んだ。話をしていた住民が怪訝な表情でフェルサ達を見た。

「長老、久しぶり」

「久しぶりじゃないだろ」

 背後から長身の男がラックの頭を叩いた。

「ハハハ、父ちゃんも久しぶり……」

 父のナログを見上げてラックは苦笑した。

 一行はこれまでのいきさつをグデーラスに話した。

「そうか、やはりギランクスが降下しているのか」

 白髪と長い白髭を伸ばしたグデーラスは腕を組んで呟いた。

「それで戦いに備えて武器を強化したいのだが出来るか」

 コンファの問いにグデーラスは「ああ、出来るぞ」と即答した。

 一行は安堵の表情を浮かべたが、

「しかし、強化する為には竜の鱗が必要だ」

 と冷たく言った。

「何だ。竜の鱗って」

 フェルサが訊くと、

「言葉の通り竜の鱗だ。ここから先にある血の森を抜けて地下の湖にいる竜から手に入れるんだ」

 とグデーラスは淡々と答えた。

「その竜とは何ですか。まさか神話に出てくるような金の竜神ではないですよね」

 ベリフが訊くと、

「ほお、少しは物知りのようだな。まあ行って確かめてくるといい。それでは頑張ってな」

 グデーラスは微笑んで答えて小さく手を上げて奥の部屋に入った。

「ラック、本当に竜神がいるのか」

「まあ見てのお楽しみって事で。俺は苦手だけどな」

 ラックは笑ってベリフに答えた。

 その日、フェルサ達は空き家に泊まり、翌朝ラックの案内で出発した。

「軟らかい砂だな。ランマンの足がすぐに埋もれてしまう」

 ランマンに乗ったフェルサは足の動きを調整しながら呟いた。


 一行は《血の森》に入った。

「うわあ、気持ち悪い……」

 チャミが目の前に広がる光景に呟いた。並んで建つボロボロになった建物の壁から赤い金属が枝のように歪んで伸びていた。

「昔の建物の素材が腐食してこんな風になったんだ。魔物達がいるから気をつけてな」

 ラックは短剣を抜きながら言った。一行も武器を持った。

 建物の陰から魔鳥や獣が次々と襲ってきた。

「ちっ、なかなか骨があるな」

 コンファが魔獣の牙に押されながら呟いた。力を抜いて牙の攻撃をかわして喉元を切り裂いて倒した。

「ハアア!」

 チャミが魔鳥の攻撃を身を反り返してかわし翼の根元を短剣で突き刺した。魔鳥が墜落して更に短剣を首に刺した。

「強いけど急所を突けば楽勝ね」

 チャミは魔物を次々と倒した。

「へえ、お嬢ちゃん強いね。俺も負けられないな」

 コンファは大剣を振り回して囲んできた魔犬を一気に切り裂いた。

「次から次へと!」

 フェルサはランマンに乗りながら剣で魔物達を切って前進した。

「おい、目的は魔物退治じゃないぞ。とっとと出るぜ」

 トトに乗ったラックはフェルサの前を低空で飛んで魔物達を薙ぎ払った。

「ふう……何とか森を出た」

 ベリフは汗をぬぐった。

 しばらく歩くと土が灰色から茶色に変わりフェルサ達は木々が伸びる森に入った。

「あの山の中だ」

 トトと歩くラックが指を差した。その先に小さな岩山がそびえていた。

 一行は岩山の洞窟に入った。澄んだ水が広がる地底湖の前に着いた。

「ちょっと気味悪いわ」

 チャミがごつごつした岩肌の中に広がる湖を見て呟いた。

「それじゃ呼ぶぞ。お~い! シュルギマトラ!」

 ラックが湖に向かって叫んだ。

「何だ。そんな呼び方でいいのかよ」

 フェルサは拍子抜けた表情で言った。

 湖面がさざ波を立てると湖底から光る物体が姿を現した。

「これが竜か……」

 コンファは驚いた。それは金色の金属のような肌でいびつな機械の頭をした竜だった。

「思っていたのと違うな。まるで竜の形をした機械だ」

 ベリフは口を手で押さえて呟いた。

「誰かと思ったらテスジェペのコソ泥か。何の用だ」

 低い声で竜が言った。

「悪いけど鱗を欲しくてな。こいつらの分」

 ラックがフェルサ達を指差した。

「空の門で来た者達だな」

「どうして俺達の事を知っているんだ」

 フェルサは叫んだ。

「お前達がモスランダで空の門に乗った時からずっと見ていた」

「へえ、さすが神様。何でもお見通しって訳か」

 コンファは皮肉を込めて言った。

「私は神ではない。ゼロラ人と同じで人間が作った竜だ」

「お前も昔の人間が作った命を持った兵器なのか」

 ベリフが訊くと竜は長い首をベリフに向けた。

「そうだ。改造した人間の脳を搭載して特殊な金属と武装した生物兵器だ。愚かな人間が神に似せて作ったが、私は馬鹿な戦いを好まないからここに隠れ住んだ。その後で人間はその馬鹿な戦いで滅びかけて私の存在を忘れてしまったよ」

「頼む。お前の鱗を分けてくれ」

 フェルサは頭を下げた。

「欲しければ力尽くで取る事だ。気が立っているのだ。負けんぞ」

 竜は首を持ち上げてフェルサ達を見下ろした。

「ただではくれないって事だな」「そういう事」

 コンファとラックが剣を構えた。

「仕方ないか。いくぞ!」

 フェルサも剣を抜いて竜に突進した。

 五人で戦ったが竜には傷一つ付けられなかった。

「ハアハア……くそっ手ごわいな。しかも手加減してやがる」

 フェルサは息が上がってひざまずいた。

「まあ、悪くはないな。最近は強い奴が来て退屈しのぎになる。ほら、また来たぞ」

 竜が湖の入口に顔を向けた。

「何だ先客か」

「リュゼッタさん!」

 フェルサはリュゼッタを見て驚いた。

「フェルサか! どうしてここに」

「お久しぶりです。リュゼッタ様」

「コンファもいるのか! お前達も鱗が目当てか」

 リュゼッタは剣を抜いた。

「こいつは手強いぞ。私もずっとここに来ているが体に傷をつけられん。むしろ私に傷が増えていくばかりだ」

「どうやら知り合いか。全員で束になってかかって来てもいいぞ」

 竜は機械の口をほころばせた。

「絶世の美女がわざわざ来てやってんだ。少しは手加減してもらいたいもんだな」

 リュゼッタは竜に突進した。

「すまないが好みじゃないのでね」

 竜は口から火球を放った。リュゼッタはよけて背中に乗った。

「今度こそは!」

 リュゼッタが剣を背中に刺そうとした瞬間、背中から小銃が飛び出し光弾を放った。

「くそっ」

 剣で弾を受けながら背中から岸に下りたと同時に竜が首でリュゼッタをなぎ払った。

「うあああ!」

 リュゼッタがフェルサ達に向かって吹っ飛んだ。リュゼッタをコンファが受け止めた。

「これじゃ勝てんな」

 ラックは呟いた。

「こいつは手分けして戦った方がいい。あいつは体に武器を隠している。正面と背中の二手に分かれて背中の武器を潰そう」

「ゾルサムのベリフだったか。坊やだと思っていたが頭が切れるようになったな。その作戦、乗ったぞ」

 リュゼッタがよろよろと立ち上がった。

「身軽なチャミとラックが背中にいってくれ。後は頭ねらいだ!」

「わかった!」

 ベリフの指示にフェルサ達は答えた。

 フェルサとコンファが竜の首を狙った。竜が気を取られた隙にリュゼッタが正面から切りつけた。竜が口から火球を吐いた時にトトに乗ったラックとチャミが背中に飛び移り背中を剣で切りつけた。

「やれる!」ラックが背中の装甲の隙間に火薬を入れて火をつけた。

 装甲が爆発して竜の動きが止まった。

 背中のあちこちから砲台が現れて一斉に二人を撃った。チャミが靴に仕掛けたバネのリミッターを外し大きく飛び跳ねて砲台を足蹴りした。細い砲身が曲がって撃てなくなった砲台をラックが砲の根元を突き刺した。砲台が回らなくなった。

「その程度では倒せんぞ」

 竜は尻尾を反り返してラックとチャミに振り回した。二人はトトに乗ってかわした。

 しかし尻尾の先端がトトに当たって二人は湖に落ちた。

「そこだ!」

 フェルサとコンファとリュゼッタが竜の首の根元を突き刺し、勢いよく首を登って竜の頭に剣を突き刺した。

 グワアアア! 

 竜が悲鳴を上げて頭を振った。三人は岸に飛び降りた。

 湖から顔を出したラックとチャミがトトに乗り再び竜の背中に乗って武器を破壊した。

 この戦いを何度も繰り広げた。

 ギーン!

 聞いた事がない音を上げて竜は岸に横たわった。

「ハア……ハア……」

 フェルサは息を荒くしながら横たわった竜の頭に近づいた。

 ピーンと高い音が鳴り竜はゆっくり頭をもたげてフェルサ達を見た。フェルサは目の前にある竜の顔を見て訊いた。

「これで鱗はもらえるんだな」

「ああ、今度からは少し難易度を上げないといかんな」

 竜が姿勢を整えてブンと首を回して答えた。

「やはり手加減していたか。この世界を滅ぼす程の力を持っていながらなぜ手を抜いた」

 リュゼッタは不満な表情で叫んだ。

「別に世界が滅びようがどうでもいい事だ。そんな事は人間達が勝手に決めたらいい。私は誰にも手を貸すつもりはない。お前達が私の鱗を使った武器でギランクスの連中と戦って勝とうが負けようが知った事ではない」

「悟ったのか。まあ長生きしたらそうなるだろうな」

 コンファが頭を掻きながら言った。

「さあ私の鱗だ。受け取れ」

 竜は胸の装甲を開いた。金色の鱗がびっしり並んでいた。

「おお、全部もらえるのか!」

 フェルサは喜んだ。

「時間内に取れるだけだ。もう時間がないぞ」

 竜の言葉にフェルサ達はハッとなって一斉に鱗を取りにかかった。

「全然剥がれないぞ」「剣を使え!」「短剣で剥いだ方が!」

 フェルサ達が焦っていると、

「はい、終わり」

 竜が言うと胸の装甲を閉じた。

「全然取れなかったじゃないか!」

 フェルサは怒鳴った。

「甘いな。欲しかったらまた来ればいい。私は疲れた。じゃあな」

 竜はそう言うと湖に沈んでいった。一行は唖然とした。

「力は加減してくれても性格は相当曲がっているな」

 コンファは呆れた口調で言った。

「まあ、いいじゃないか。ギランクスの連中は加減してくれないからな。ここで鍛えるつもりで何度でも挑めばいい」

 ベリフは剣を振りながら言った。

「お前、本当に冷静だな」

 ラックはトトを撫でながらベリフを見た。

「さすが長老の息子だな。レンディもそうだが頼もしい限りだ」

 リュゼッタが言うとフェルサは「レンディ……」と呟いてうつむいた。

「どうしたんだ?」

 リュゼッタの問いにコンファがモスランダの襲撃の件を話すとリュゼッタは驚いた。

「何という事だ……」

 リュゼッタは小さく呟いて拳を握りしめた。

「リュゼッタさん。お願いです。鱗を手に入れて武器を強化したらモスランダへ行ってくれませんか。空の門で送ってもらいますから」

 フェルサが言うと、

「そうだな。スレンドルの体の具合も気になる。コンファ、この子達を頼むぞ」

 と言うと剣を鞘に納めて先に出て行った。

「取りあえず今日はもう無理だ。帰るか」

 ラックの提案で一行はテスジェペに帰って休んだ。

 翌日から一行は血の森を抜けて地底湖まで赴き竜と戦った。

 三日後には竜との戦いで鱗を手に入れられる様になった。

「ほお、連携技も素早くなったな。しかしこの程度ではギランクスの連中には勝てんぞ」

「そんなの、やってみないとわからないだろ!」

 フェルサは剣を竜の首に突き刺した。

「お前達の相手をするのはもう飽きた。ギランクスの降下が早くなった。好きなだけ持って行け」

 竜は胸の装甲を開けた。

「ありがとうよ。もらっていくぜ」

 ラックは短剣で鱗を削り取った。

「なあ。あんたはギランクスの連中と戦わないのか」

 コンファが竜を見上げて訊いた。

「何度も言わせるな。私はどうでもいいのだよ。どちらが滅びようが人間達が犯した罪に変わりない。人間と人間が作った兵器の争いだからな」

 竜は面倒くさそうに答えた。

「でも俺はあいつらを許さない。父ちゃんや母ちゃんを殺してシャルマがあんな体になって……それも人間が犯した罪なのかよ」

 フェルサは肩を震わせて言った。

「お前達と押し問答をするつもりはない。さあ行け。大きな戦いになるぞ」

 竜は湖に沈んでいった。リュゼッタはフェルサの肩を叩いた。

「行こうフェルサ。お前はとても強くなった。それはお前の家族がお前の心の中で生きているからだ。そして今、仲間達と生きているからだ。みんなと一緒に行こう。その先に何があるかわからないがな」

 そう言うとリュゼッタは先に歩いて行った。

「そうだぜ。行こうぜ。お前にはシャルマがいるじゃないか。一人で背負うなよ」

 ラックの言葉にフェルサは「そうだな」と答えて立ち上がった。

 二人が歩いていく姿を見ながら、

「あいつらといると気持ちが重たくなるな」

 ベリフは目を伏せて言った。

「でもお兄様はフェルサ達といるのが好きだからお父様を無理やり説得したのでしょ? 私もフェルサ達が好きだから最後まで付き合います」

 チャミはニッコリと笑ってベリフに言った。

「こんな曲者のガキ共の世話をする俺って何だよ……いてっ! またお前かよ」

 愚痴るコンファの頭をトトがくちばしで小突いた。

 洞窟を出た一行はテスジェペに戻り長老たちに竜の鱗と強化する武具を引き渡してしばらく町で静養する事にした。

 その翌日、リュゼッタは強化した剣を持ってモスランダへ戻った。

「無理するなと言わないが死ぬなよ」

「レンディを頼みます。おじさんにも元気でいるって言っておいて下さい」

 空の門に乗り込むリュゼッタをフェルサ達は見送った。

「レンディ大丈夫かな」

「大丈夫さ。騎士団もいるしスレンドル様も健在だ。俺達は武器が出来上がるのを待とうぜ」

 透明に変わる空の門を見上げるフェルサにコンファが笑顔で答えた。

「しかしあいつは元気だな」

「本当、何を考えているのだか……」

 ベリフとチャミはトトに乗って飛び回るラックを見て呆れた。

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