長老と騎士の町

 砂漠の中にくり抜かれた形で作られたモスランダは長老のモハルダとその家族が代々治める町だ。

 モハルダの息子のスレンドルは四十を過ぎた頑強な男で今は長老の後継者としてモハルダの補佐をしている。スレンドルの妻ミリアンは早く他界し娘のレンディが騎士団の隊長に就いていた。

 騎士団は二十人程、町で代々住んでいる者が勤めていた。

 人類が滅びかけたこの世界でも他の町とのいさかいや盗賊団の襲撃が起きて時には激しい戦いになる事もあった。また旧時代にあった国という概念はなくなり、それぞれの町や村が自治権を持っていた。

 モスランダにフェルサが来てから三日経った。

 ロンデゴとはまだ会話らしい会話はしていなかった。部品屋を営むロンデゴは発掘に出かけてその翌日に店を開く暮らしをしていた。フェルサはロンデゴの家で家事をしながら暮らしていた。しかしボレダンの事を思い出してはふさぎ込む事が多くロンデゴも夜は黙って酒を飲んで寝言で家族の名前を呼んでうなされていた。

「すまない。ここにフェルサがいると聞いてきたが」

 扉の向こう側から女の声がして夕食の準備をしていたフェルサが「俺ですが……」と言いながら扉を開けた。

「リュゼッタさん!」

 思わずフェルサは叫んだ。表情が緩んだ。

「無事に着いたようだな。行き倒れになったみたいだが」

「でも元気にやっているよ」

 二人で話していると店からロンデゴが入って来た。

「知り合いか?」

「盗賊から助けてもらったんだ。リュゼッタさんだよ」

「フェルサが世話になったそうで。ありがとう」

 ロンデゴはそう言って会釈した。

「いや、良かった無事で。そして生きていてくれて」

 リュゼッタはフェルサを見て微笑んだがフェルサはロンデゴを見て表情を固くした。

「そちらも同郷の方だとスレンドルから聞いた。ボレダンの事は心からお悔やみ申し上げる」

 リュゼッタの言葉にロンデゴは少し目を伏せた。

「ありがとう。正直まだ辛くて気持ちの整理が付かないが何とか生きていこうと思うようにしているんだ」

「おじさん……」

 フェルサはうつむいたロンデゴを見上げた。

「全然気休めにならないが私はね、生きているだけで儲けもんだって思うようにしているよ」

 リュゼッタは穏やかな口調で言った。

「本当気休めにならないよ」

 フェルサはため息をついた。

「うるさいぞクソガキ! まあそれだけ口を叩けるだけ大丈夫か」

 リュゼッタは怒鳴ってすぐに微笑んだ。

「昔から手に負えないクソガキだってこいつの親父が言っていたよ」

 ロンデゴがフェルサの頭を拳でグリグリと回しながら言った。

「あんたはこのクソガキの親代わりだから、ちゃんとしつけないとな」

 リュゼッタが微笑むとロンデゴも「そうだな」と表情が緩んだ。

「ところでリュゼッタさん。あんた何者だ」

「私はミリアンの友人で各地の町を旅しているんだ。旅のついでにスレンドルに頼まれた調べ事もやっていてね。ここに来る途中でこのクソガキが盗賊に襲われている所に出くわしたんだ。本当はそのままモスランダに来る予定だったが、ボレダンの様子が気になって見に行って昨日ここに来て状況を報告したってわけ」

 リュゼッタが少し早口でロンデゴに答えた。

「スレンドル様とミリアン様の知り合いとは失礼しました。よそ者で長老の家族の事は知らないので」

 ロンデゴが頭を下げると、

「気にする事はない。私もよそ者みたいなもんさ。家はあるけどずっと空けているし、これからすぐ出かけるよ」

 と笑った。

「あれからボレダンに行ったのか。でもここに来るのが早いな。夜中もずっと走っていたの?」

 二人の話が終わるのを待っていたフェルサがリュゼッタに訊いた。

「時々休みながらだけどな。私のランマンは足が早いからね。特注物だよ」

「うわっ、見たいな」

「お前のやつの隣に置いてあるから見ていいぞ。でも乗るなよ」

「わかったよ」

 フェルサは喜んで外へ出て行った。

「やれやれだな」

 ロンデゴが呆れた。

「まあそう言うな。砂漠で見た時、あいつの目は死んでいた。家族を失ってとても傷ついたのだろう。ボレダンを見てきたが本当に驚いた。焦げた跡だけで他には何もないんだ。あんたにも酷な話だがな」

「そうですか……暇があったら見に行きます。教えてくれてありがとうございます」

「いや、礼には及ばない。それでフェルサの事だがスレンドルに話したら剣を教えたいと言われたんだ。良かったら考えてくれないか」

「わかりました。長老の家にはフェルサの事で行った方がいいと思っていましたから」

「そういう事でよろしくな。あんたも気をしっかりな」

 リュゼッタはロンデゴと握手を交わして家を出た。

「どうだ。すごいだろう」

「すごいな。俺のよりひと回り大きくて二本足で足が太いし、こんなので早く走れるのか」

「そうだ。でも高かったんだぞ。お前、機械に興味があるのか?」

「ああ、ボレダンでは近くの山で昔の機械を発掘していたんだ」

「その事を長老に伝えるのだぞ。近い内に長老の家へ行く事になるからな」

「へえ、そうなんだ」

 フェルサはポカンとした表情で答えた。

「また会えるといいな。元気でな」

 リュゼッタはランマンに跨って起動した。ランマンがキューンと鳴りだした。

「ありがとう、リュゼッタさん。じゃあまた」

 フェルサが手を振るとリュゼッタは「またな」と言って走って行った。

「本当、足が早いな。あっ金を返すの忘れた。まあいいか」

 リュゼッタが見えなくなるとフェルサは家に戻った。


 翌日、フェルサとロンデゴは長老モハルダの屋敷を訪れた。

 執事に部屋に案内された二人をスレンドルが出迎えた。

「ロンデゴ、調子はどうだ」

 長身で痩せているが凛々しい顔立ちのスレンドルは二人を椅子に座らせて訊いた。

「まずまずの暮らしをしています」

「それは良かった」

 型通りの挨拶と軽い世間話の後でスレンドルはフェルサの話題に入った。

「フェルサ、辛い思いをしたな」

「はい……」

 目の前に立つスレンドルにフェルサはおどおどしながら小声で答えた。

「いきなりだがどうだ、剣を学んでみないか。ここでは皆が働いて生きている。お前はまだ子供だが何をするにも戦う力を身につける事が必要だ。砂漠には魔物もいる、それに魔物以上に悪い人間もな。何をするにも戦わないと生きていけないのが今の時代の掟だ」

 スレンドルが諭すように言った。

「言っている事はわかるけど、そんなに強くないし……俺は剣で戦うより機械いじりや発掘をやりたいんだ」

「おお、ちゃんと目標があるのか。いや、家でふさぎ込んでいると噂で聞いていたから心配していたのだが、それなら尚の事、剣を学ぶと良い。発掘に出かけると魔物と戦う事もある。それと訓練の合間にランマンの整備を手伝わせてやろう」

「本当か! あっ……」

 思わず喜んでフェルサは口を押さえた。ロンデゴが「すみません」とフェルサの頭を拳でグリグリと押した。

「ハハハ、よほど機械が好きなんだな。お前と同じように身寄りがない子供達にはこうして色々と教えてモスランダの為に働いてもらっているんだ。だからお前もしっかり学ぶんだぞ」

「はい。ありがとうございます」

 フェルサは礼を言って執事と共に部屋を出た。

「ロンデゴも辛いだろう」

 スレンドルが優しく言った。ロンデゴは小さく「はい」と答えた。

 スレンドルはため息をついて椅子に座った。

「今のボレダンの様子だが見るかね。記録があるんだ」

「リュゼッタ様が撮って来たのですか?」

「ああ、彼女には本当に助けられているよ。見たくないのなら構わないが?」

「いえ、見ます。見せて下さい」

 ロンデゴの口調に力が入った。

「わかった」

 スレンドルが小型の端末を操作すると部屋の壁に大きな画面が浮かんだ。

「こ、これが……」

「ボレダンの跡だ」

 画面にスライドのように次々と表示される惨状にロンデゴは絶句し涙が溢れてきた。

「私も最初に見た時は言葉を失ったよ。君の家族も気の毒だったな」

「こんな、こんな事って……」

 ロンデゴが肩を震わせながら呟いた。

「きっとフェルサも酷く心を痛めているだろう。早く立ち直る事を願っているよ。君もな」

「はい、ありがとうございます」

 ロンデゴは涙を拭きながら礼を言った。

「それでだ。この件をどう判断すべきか迷っているんだ。何かの偶発的な事故だったのか。故意によるものだったのか。同じ事が他の町で起きないか。この現象に何か心当たりはないかね」

 スレンドルの問いにロンデゴは一息ついて画面を見た。

「村が丸ごと焼失している状況からだと災害とは考えにくい。火災とも違う。しかも範囲が村だけに限られている。それに湖も干上がっている。よほどの高熱で一瞬で燃えないとこんな風にならないでしょう」

 ロンデゴは画面を切り替えて見ながら答えた。

「私も同じ考えだ。思い当たる事といえば旧時代の戦いに使われた強力な兵器ぐらいだがそれでも解せない。なぜあの村か? それとも元々村にそういう兵器があって何かの拍子に爆発したのか」

「そういう物があったとは聞いた事がなかったです」

「そうか……ありがとう。参考になったよ。何か村の事を思い出したら教えてくれ。君も辛いがフェルサの面倒を見てくれ」

「わかりました」

 ロンデゴが屋敷を出た頃、フェルサは執事に言われた訓練所のある広場へ一人で歩いていた。

「君がフェルサか。私はレンディ、騎士団の隊長だ」

 短い金髪で凛々しくも幼い顔立ちの女がフェルサに話し掛けた。

「えっ隊長……ですか?」

 自分と同じ年頃の少女が隊長と聞いてフェルサは驚いた。

「ああ、そうだ。言っておくがお飾りじゃないから。こう見えても強いからね。女だからって甘く見ないでよ」

 フェルサは「はい」と小声で答えた。

「それで、フェルサ。いきなりで悪いが剣の腕を試させてもらう」

 レンディがそう言うとフェルサに白い剣を渡した。

「これが剣なのか? へえ……村にあったのより軽いな」

 フェルサは軽く振ってみた。

「何だ、知らなかったのか。軽くても切れ味は鋭いぞ。いくぞ!」

 レンディが剣を抜いて振りかぶった。

「おい……全く!」

 フェルサはレンディの剣を止めた。

「くっ……重い!」

 フェルサがこらえてレンディの剣を振り払って応戦したがあっさりとかわされた。

 しばらく剣を交えた後、レンディがフェルサの手首を剣で叩いた。

 フェルサは「いてっ!」と叫んで剣を落とした。

「悪くはないな。誰から教わったのか」

「父ちゃんから少し……」

「そうか。お父様に感謝するんだな。基礎は大体出来ているから他の子達と一緒に学ぶといい」

「あ、ありがとうございます」

「ところでお前、年はいくつだ?」

「十三です」

「そうか。私より二つ下だな。よろしく頼む。その剣は君の物だ。向こうで訓練してくれ」

 レンディはそう言うと屋敷に帰って行った。

「何だよ。偉そうに……剣は強かったが絶対無理だな。ああいう女」

 フェルサは陰口を叩きながら子供達の中に入って訓練を受けた。

「ただいま、おじさん」

 夕方になってフェルサは家に戻った。家の中は静かだった。

「あっ店か」

 フェルサは剣を入口の壁に立てかけて急いで夕食の準備をした。

「おお、帰ったか」

 ロンデゴが台所に入って来た。

「ああちょっと待って。もうすぐ出来るから」

「今から店を閉めるからゆっくりやってくれ」

 ロンデゴは台所を出て店に戻った。

「ああ体が痛い。明日から大変だな」

 フェルサは腰を押さえながら料理した。

 次の日からフェルサは朝から長老の屋敷で剣の訓練と騎士団のランマンを整備して夕方に帰宅して家事をする日々を過ごした。

 そして五年が経った──

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