第21話
約束の週末になった。バスケの練習試合が終わって、私は中野さんと二人で家まで歩く。
「今日の沙川もすごかったな」
「いやでも後半はそんなにシュート打てなかったからね……」
「ダブルチームつけられたら誰だってそうなるよ。それのおかげで守備に穴が空いて、他のチームメイトが切り込めたんだし、大活躍だろ」
「そうかな。えへへ」
練習試合は我が校の勝利だった。第一クォーターと第二クォーターは結構私も3Pシュートを決められたので、助っ人としての役割は十二分に果たせていたと思う。自分でいうのもなんだけど。
普段リボンで遠くから対象を狙うことが多いから、そういう遠距離から繊細な狙いを定めるのが得意になったのかもしれない。……あんまり関係ないか。
とにかく、私は皆の役に立ててご満悦だったし、中野さんも私の助っ人参加に否定的だった割には、とても嬉しそうに私の活躍を話してくれていた。
これから、映画を見に行くために、隣駅の複合商業施設に行く。そこには映画館もあるし、それ以外にも色んなテナントが入っている。私たちのお昼も、そこにあるフードコートで食べることにしている。
ただ、それより前に、一度私の家に寄ることになっていた。私は部活だったから制服姿だし、何よりスポーツして汗を流した状態のままお出かけするのは年頃の女子的にNGだ。私の家で、シャワーを浴びて、私服に着替えるつもりでいる。
そういえば、中野さんと休みの日にこうして出かけるのは初めてだけれど、同様に家に案内するのも初めてだ。
しばらく歩いて、私たちは家に着く。
「ここが私の家だよ」
なんとなく、手で指し示して紹介してみる。
「ふぅん……」
別に特徴のない普通の一軒家だ。中野さんも反応するところがないのか、曖昧に頷いている。
「じゃあ、私はシャワー浴びてくるけど…… 中野さんはどうする?」
「どうって、ここで待つよ」
あんまり深く考えていなかったけれど、このままだと中野さんは外で待つことになるのか。ずっと待たせていると思うと、支度を調えている間落ち着かなそうだ。
「外で待たせるのも悪いから、うちに上がってく? お父さんいるけど」
自分的には、友達の家に上がったときに、友達のお父さんがいるというのはだいぶ気まずい。中野さんはどうだろうか、と思ったら。
「お。じゃあお言葉に甘えさせてもらおう」
全然気にしないみたいだった。中野さんらしいと言えば中野さんらしい。
「分かった。じゃあ、上がってって」
私は、中野さんを家に招き入れる。
リビングに通して、お茶を用意した。
「じゃあ、準備してくるので、少し待っててください」
中野さんを残して、私は自分の部屋に着替えを取りに行った。
そこからシャワーを浴びたりして準備する。思ったより時間がかかってしまった。
これから出かけてお昼を食べるには少し遅い時間かもしれない。
「ごめん、お待たせしました…… って、え!?」
私が支度を終えてリビングに戻ると、驚いたことに中野さんはお父さんと談笑していた。中野さん、コミュニケーション強者すぎる……
「おお白雪。中野さん、良い人だな」
お父さんも上機嫌そうだった。この間怒られて以来、久しぶりにそんな様子を見た気がする。
「えぇ…… ちょっと何話してたの……」
「沙川の昔話とか聞かせてもらってたよ」
「ええええ!?」
何やっているの、お父さん…… 恥ずかしい。
私は頬に血が上るのを感じて、いてもたってもいられなくなる。
「もう、お父さんもそんな話しなくていいから。中野さん、早く映画館に行こうよ」
中野さんを急かして立たせて、すぐに玄関に向かう。この二人を一緒にさせてはいけなかった……
お父さんも、私たちを見送りに玄関までついてきた。
「それじゃあ、行ってきます」
「うん、楽しんでおいで」
お父さんからそんな言葉が出るなんて意外だ。このお出かけだってしぶしぶ了承してもらったのに。もしかしたら、中野さんが上手いこと言っておいてくれたのかもしれない。それなら、二人を一緒にして、少しは良かったのかな。
「中野さん、白雪をよろしく頼むよ」
「かしこまりました。お父様!」
「中野さんの父親ではないでしょ……」
というか、何だその、まるで私の子守を頼むような言い草は。
……やっぱり、二人を一緒にさせるべきではなかったか。
「良い映画だったなぁ……」
中野さんはうっとりとした顔で呟いた。
予定より少し遅く家を出た私たちは、フードコートで短めの昼食を済ませ、すぐ映画館に向かった。そうして、映画を見終わって、映画館を出て、今に至る。余韻に浸りながら、商業施設の中を散歩していた。
「でも、中野さんがこういう映画が好きだなんてちょっと意外だったな」
「そ、そうか?」
映画は、甘々なラブロマンスだった。正直、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいのものだ。
「いや、別に変な意味じゃないんだけど。何となく、普段の中野さんって、全然男子に興味なさそうに見えるから……」
「ああ、まあ確かにそうか」
中野さんは、少し視線を宙にさまよわせて、曖昧に頷いた。
「クラスの男子って何か子供っぽいんだよな。恋愛対象としてはちょっと」
そうやって彼女はニヤッと笑う。
「え、じゃあ年上が好みなの!?」
「う~ん、それはどうかなぁ」
はぐらかされてしまった。
でも、中野さんは身長も高いし美人だから、年上の男の人とでも釣り合いそうだなと思う。
「分かった、道場の人でしょ!」
はぐらかされてもめげず、私はぐいぐい行ってみた。あんまりこういう話題になることってないから、興味がそそられる。
実は、中野さんの家は居合道場なのだ。彼女自身もそこで居合いの稽古を受けているらしい。彼女が帰宅部で、普段私と一緒に帰っているのには、そういうわけがあった。
居合いと言うと、刀を使って戦うイメージしかないけれど、そんな能力がある中野さんをカッコイイと思う。
というわけで、クラスの男子がダメなら道場の人かなと思ったのだけれど……
中野さんはため息を吐くと、そっぽを向いてしまう。
「――言わない」
「うーん」
とりつく島もなしだった。
まあ、あまりしつこく聞く話題でもないかもしれない。私には好きな人がいないから、翻って私に話を振られると困ってしまうし。
そうして、話題が途切れて、視線を周りに向ける。複合商業施設の中には、服屋さんだったり、雑貨屋さんだったり、ゲームセンターだったり、様々なテナントが軒を連ねていた。
時刻は、夕飯時にはまだ早い。
「中野さん、この後はどうしよう?」
「そうだなぁ」
聞いてみたは良いものの、友達が少ない私としては、あまり楽しい時間つぶし相手になれる自信はなかった。ウィンドウショッピングとか、やったことないし。
できれば簡単なものでお願いします~と心の中で祈る。まあ、簡単なものって一体何なのかはよく分からないけれど。
「じゃあ、アレ食べようか」
そうして中野さんが指差したほうを見ると。そこにあったのはクレープ屋さんの屋台だった。ちょうどその屋台の右側には休憩スペースがあって、そこに座ってクレープを食べているお客さんも多い。しばらくゆっくりすることができそうだ。
「そこで、さっきの映画の感想とか、他のこととか、もうちょっと語ろう」
そういう話題なら私でも困らなそうだし、特に異論はない。
中野さんと二人で、クレープ屋さんの列に並ぶ。
すぐにメニュー表が回ってきた。並んでいる間にどれにするか考えられるようになっているらしい。メニュー表の写真はどれも美味しそうで、目移りしてしまう。
「沙川は決めた?」
「うーん、このチョコバナナカスタードにしようかな…… あーでも、こっちの抹茶小豆ホイップも美味しそう……」
「ふふっ、悩んでるな」
なんか笑われた。
「じゃあ」
そこで中野さんは区切ると、一息に提案をくれる。
「あたしもチョコバナナカスタード食べたいって思ったから、沙川は抹茶小豆ホイップを頼めば良いんじゃないか? それで、少しずつシェアしよう」
シェア……共有する……
お互いのクレープを分け合おうということか。一つ分の出費で二つ分の味が楽しめるとは、お得すぎる! 複数人で食べ物を買うことに、こんなメリットがあったとは……
今度アリスと出かけることがあったら、何かシェアするのもアリかもしれない。
「うん、そうする!」
私たちはそれぞれクレープを注文して受け取り、休憩スペースのベンチに座るのだった。
そうして甘味に舌鼓を打ちつつ、今日の映画の甘々シーンについて中野さんの熱弁を聞く時間がしばらく続いた。
その話題が一段落した頃、思い出したように中野さんがとんでもないことを聞いてきた。
「そういえば、今度から、沙川のこと下の名前で呼んで良いか?」
「え、どうしたの急に」
この話の流れだと、さっきの映画で見た「主人公の女の子とその彼氏が、初めてお互いのことを名前で呼び合うシーン」を思い出してしまって、何だか異常に照れてしまう。
「いや、前から聞こうと思ってたんだが、良いタイミングがなくてな。こうして二人で出かけている今なら良いかと思って」
「なるほど」
よく分からないけれどとりあえず、なるほどと言っておいた。
「別に、私はどんな呼ばれ方でも気にしないけれど……」
「そうか、じゃあ今度から白雪と呼ばせてもらおう。白雪も、あたしのこと絢香って呼んでいいぞ」
えぇぇ。
「えぇぇ」
「ほらほら」
そう煽られても、今更下の名前で呼ぶというのは少し恥ずかしいものがある。
「うん、まあちょっとずつね」
ひとまずは逃げることにした。
「そうか……」
中野さんの目線が少し下がる。申し訳ないことをした気分になってきた。
でも、中野さんがうつむいていたのは一瞬だった。
「実はそれ以外にも、もう一つ聞きたいことがあるんだ」
すぐに視線を上げて、私の目をまじまじと覗きこむ。
「え。う、うん」
中野さんが真面目な話をしようとしていることが雰囲気から感じ取れてしまって、私は気圧された。
もしかしたら、この間のことを、今ここで、聞くつもりなのだろうか。
「これも、ずっと気になっていたことなんだ。白雪ってよく、他人の、皆の役に立ちたいって言うだろ? それの善し悪しは置いておくにしても、それって随分とスケールの大きい目標じゃないか? 身の周りの人を幸せにしたいとか、大事な人を守りたいとかではダメで、誰でも彼でも助けたいと思うのは、何か理由でもあるのか?」
彼女の質問は、私の本質を問いかけるものであったように思う。
きっと、この問いをしたかったから、今日の私を映画に誘ったのだろう、と感じた。
あまり、他人に自分のことを話すのは得意じゃないけれど。でも、これは真面目に答えなくてはいけないと、私の中の直感が告げていた。
「そうだね。うーんと」
特に意味のない言葉を発しながら、私は伝えるための言葉を組み立てていく。
「私の小さな頃の夢は、『ヒーローになること』だったんだ。ほら、前に言った気がするけど、私のお母さんは私が生まれたばかりの頃に死んじゃったから。お父さんがその代わりに私を育ててくれたけれど、どうしても一人だと手が回りきらない部分が出てきちゃうから、だから私が退屈しないように、よく私にテレビを見せてくれていたみたいなんだよね。それで、小さい頃の私はテレビが遊び相手みたいなところがあって、自然と、テレビ番組に登場するヒーローに、憧れるようになったんだ」
「うん」
私は、とっくにクレープを食べ終わって、今はそれの包み紙を手のひらの上でもてあそんでいた。中野さんも、特に意味はないのだろうけれど、そんな私の手を見ている。
「それで、あるとき、お父さんに『ヒーローになりたい!』って言ったことがあって。そうしたらお父さんが言ったんだ。『そうか、白雪は皆の役に立つ人になりたいんだな!』って。その言葉が妙に頭に残ってさ。成長していくにつれて、テレビの中のヒーローが実際には存在しないことが分かってくると、私の中の夢は、『皆の役に立つ人になること』になっていたんだよね」
私は、ぐっと、中野さんの瞳を見た。
「それが、理由、なのかな。たぶん」
「そうか」
私の手から目を離した中野さんは、どこか遠くを見ていた。
「しかし、それでこれだけ成績を維持できてるんだからすごいよな」
「いやいや。そういう勉強とかも、お父さんが褒めてくれるからこそ、続けられているんだよ」
最近は、目標への近道ができて、若干おろそかになりつつあるのだけれど。
「――そうか」
中野さんは、今日何度目か分からない「そうか」を口にした。
「最近アリスって奴とやっている『ボランティア活動』っていうのも、他人の役に立つために、白雪が好きでやっていることなんだよな?」
「うん、そうだよ」
「怪我をするかもしれなくても、それでもやらなくちゃいけないことなのか?」
「……うん、そう、だね」
「それで、どんなことをやっているのかは、あたしには話せないのか?」
「……うん、ごめんなさい」
「そうか」
そこまで聞くと、中野さんは「よし!」と一声上げてベンチから立ち上がった。
「この間は、頭ごなしに責め立てて悪かったよ。アリスにも、謝ってたって伝えておいてほしい」
「ううん、私のほうこそ、頑なになってごめんね」
「いいや。白雪が、そうやって覚悟を決めてやっているなら、あたしが外野からとやかく言ったって仕方なかったよな」
中野さんは私のほうに振り返って、笑いかける。
「食べ終わったし、そろそろ行こうか」
それから、私たちは帰路についた。
真面目な話をしたのはこのタイミングだけで、私たちは帰る間も他愛もない話で盛り上がった。
こうしてクラスメイトと出かけるのも、たまには楽しいものだな、と思った。
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