7 initiator

protagonist: architect - sentinel:


 僕の新しい上司は夜のオフィスで、難しい顔をしていた。

黒沢「先進国首脳陣及び金融機関らの決定だ。貸金業法違反で、君の先生、未冷およびあの高校の関係者の即時拘束を行う。指揮は君に任されることになる」

 僕は黒沢さんの机に強く手をつく。

主人公「なぜ、そんな真逆の野蛮に進むんです。先生たちがいなければ、コンビニに食べ物があるのに、みんな飢えてしまう」

黒沢「落ち着きなさい、話の続きがある。少なくとも上の中でも反対意見が多い」

主人公「ではなぜ、その判断を下そうとするんです」

黒沢「いま行政となった全ての支配者達は、君の提案よりも、自らを葬ろうとする新たな煽動者アジテーターをつぶした方が、よっぽど不安が少ない。わかるだろ?」

主人公「未冷先生が独裁政権を語ったかと思えば、こっちではレッドパージですか。マッカーシズムでどれだけ国が荒れたか、僕より知らないわけじゃないでしょ」

 眉を歪める上司に、僕は言った。

主人公「ですが彼ら連合国軍最高司令官総司令部GHQの協力者であるこの国の犯罪者たちの証拠はすでに見つけた。彼らと僕を逮捕するのならば、承ります」

黒沢「結末は変わらない」

主人公「いまこそ法を正しく使って、未冷先生と行動するべきです」

 黒沢さんはため息をつく。

黒沢「君ほど割り切りがいい教え子がこの世に溢れていたら、きっと違ったのかもしれないな」

 僕が呆然としていると、黒沢さんは言った。

黒沢「だが、そうもいかないんだ。これは、君のような教え子が生まれ、国際権力の一部と化した歴史とも関係する」

 そして黒沢さんは続けた。

黒沢「我々が注視し、暗号名コードネームを与えられた存在、暗号名所持者ネームド脚本家スクリプター拮抗者アンタゴニスト。そして建築家アーキテクト。君たち暗号名所持者ネームドは我々行政にどうすることもできなかった犯罪者を狩り尽くしてくれた、この星で最強の能力者だ。そこで質問だ。君たちは犯罪者を滅ぼした主人公プロタゴニストとして迎えるべきなのか?それとも、犯罪者を法を拡大解釈して処刑し、社会を書き換えた宿敵アンタゴニストとして隔離するべきなのか?」

 答えることができないでいると、相手は続けた。

黒沢「君たちこそが、法による行動を躊躇わせている」

主人公「僕やあなたが選ぶんじゃない、この星の人たちが選ぶはずです」

 口を固く結ぶ保育者インキュベーターに、僕は続けた。

主人公「僕たちは独裁者達のような人治国家のなかにいない。法治国家のなかにいる、民主主権国家群です。そのために僕はあなたに、保育者インキュベーターに促されて国家公務員になり、法に基づいて作戦を進めてきた」

 黒沢さんは、保育者インキュベーターは、僕を指さした。

黒沢「君こそが、人治国家の権化だよ、建築家アーキテクト

 思ってもみなかったその言葉に、僕は立ち尽くした。黒沢さんはその指を下ろしながら続けた。

黒沢「そう我々が判断したからこそ、君は学生だろうが完全な形でここに雇われた。敵に回せば、君が先生と慕う未冷とともに、世界を制御不可能な混沌へ書き変えてしまうと」

 怯えるように、僕は訊ねた。

主人公「そんな、僕を何だと思っているんです」

黒沢「君は、この星に新たな宇宙を生み出し、新たな社会をつくりあげる神、救世主(Initiator)だよ」

 僕は呆然とする。

主人公「僕が、救世主だって……」

黒沢「君のような人類の知識の信奉者は、信じられない速度でこの宇宙の中で新たなる宇宙を幾千も創造し、新たな社会を形成する。真の神の法則を、法をも超えない限りにおいて。我々旧来の人類はもはや、救世主である君に追いつく力を持たない。それは、いま民主主義によって形作られた法を常に乗り越え、規範を無効化することを意味する」

主人公「僕ら暗号名所持者ネームドには、人の作り出した法が通用できない。そういうんですか」

 僕の絶望を正しく聞き取ったかのように、黒沢さんは深く腰がける。

黒沢「わかってるはずだよ、犯罪者となった元生徒会長、暴力団、斜陽企業の役員どもを葬ってきた君になら。役にしがみつくだけの人間たちは、責任をとることすらままならないほど未熟だってことを」

 僕は思い出す。怒りに顔を歪めたまま、元生徒会長は言った。

元生徒会長『成績も、生徒会も、あの進路も、俺が勝ち取ったものだ』

主人公「彼らが、未熟……」

 そういう僕に、保育者インキュベーターは言った。

黒沢「そうだ。未熟なんだよ。人類の未熟さを解決させていくための、民主主義のはずだったのに。近年の情報技術の発達は、そんな民主主義というものが人々に驚くほど普及していないことを可視化させた。facebookは広告の世界から、ある時は変革の希望としてオバマを当選させ、ある時は分断と回帰の象徴としてトランプを当選させてきた。つまり情報技術は、すでに虐殺器官の刺激すら可能になりつつある虚構を運ぶ媒体メディアでしかない。民主主義の本質に至るものではなかったんだ。どちらの大統領が選ばれたのも、願いは同根だ。誰かに任せきりな未熟な考えが、そこから解決しようとしないその哀れさが、彼らを大統領に押し上げ、救世主であることを要求したんだ」

 僕は俯く。そのなかで黒沢さんは続けた。

黒沢「だから我々は君の年齢詐称に目をつぶり、試験を通過した国家公務員として迎え入れた。そうでなければ、君の同僚たちを全て未熟な人類の知恵で隔離する羽目になり、社会に停滞をもたらす。権威主義者ほど、我々が小心者ではないだけマシだ」

 僕は訊ねた。

主人公「その契約のなかになぜ僕たちは含まれ、未冷先生は、先生の救った世界は含まれないんです」

 言葉に窮する保育者インキュベーターに、僕は続けた。

主人公「先生の繋ぎあげた教え子たちの絶望を受け止めなきゃ、たとえ連合国軍最高司令官総司令部GHQに雇われた犯罪者やスパイすら狩り尽くしたとしても、元生徒会長は別の名前で転生し続ける」

黒沢「彼女の世界を我々政府が受け入れ、教え子の君のいうような適切すぎる支援を開始すれば、ここが事実上の君たちと我々の、国際権力の選良エリートによる監視社会であるという事実を、未熟な彼らに知らしめることにもなる」

 そこで僕は言葉を継いだ。

主人公「むしろ未冷先生や犯罪者の残党に、紛争の材料を渡し、混沌カオスを巻き起こしかねない。そういうんですか」

 黒沢さんは頷き、

黒沢「彼女たちは一度我々を裏切った。君の先生を制御コントロールできると、我々はもう考えていない」

主人公「だから学校に元生徒会長を、テロリストを襲撃させたんですね」

 黒沢さんはため息をつく。

黒沢「彼女は理想をもとに行動しすぎた。我々国際権力の意図を超え、星に拡散しすぎた。君の先生達はすでに、戦争の火種(Initiator)に至っている。だから一度リセットしようとした連中がいた。我々の規範に従い、命令者への処刑は済ませたが」

 黒沢さんは忌々しげに僕を見た。

黒沢「だが君が駆けつけた警察とともに学校を救ってしまい、未冷は指導者として力を残したままとなった。地球規模の内戦となれば、数百人の犠牲が、数億人の犠牲になる。君は我々にとって最大の、異常アノマリーなんだ」

 僕は奥歯を噛み締め、彼女がかつて僕に言った言葉をこぼす。

主人公「知ることは、死を意味する、か……」

 黒沢さんはおもむろに言った。

黒沢「教え子であり続ける君がわかっていないから言ってあげよう。理想では、人は変われない」

 僕は顔を上げる。黒沢さんは笑う。

黒沢「愚痴だよ。保育者インキュベーター。この暗号名コードネームを与えられるまで、私も理解できていなかった。だから最速でここに……連合国軍最高司令官総司令部GHQにたどり着いた」

 僕は呆然としていた。

主人公「あなたが……」

 黒沢さんは頷いた。

黒沢「国際権力の全員が、保育者インキュベーターの称号を継承しているんだよ。この星に、民主主義という幻想を実現させるために全ての教育の資本を与えられてね」

 僕は周囲を見渡す。そこには誰もいない。だが、何かに見張られているような感覚に陥る。そのなかで保育者インキュベーターは言った。

黒沢「民主主義。誰もが互いを尊重し、誰もが議論を重ねて未熟さを克服していく。そんな理想だけでは、無力感に囚われた人類が動き、不正を自律的に防いでいくことなどできない。だから我々先生が最強の教え子を見出す。救えない孤立した教え子は、勝手に膨脹する。救えないものが不祥事を起こしたところで、最強の教え子に執行させる。それが、連合国軍最高司令官総司令部GHQの正体。そこに善悪などない。私こそが、法の支配下で、未冷や君を育ててきた一介の襲名者。先生だよ」

 僕は机に拳を振り下ろしていた。

主人公「なんで彼らに手を差し伸べなかったんです!」

黒沢「逆に聞こう。君ならあの元生徒会長にどう手を差し伸べられたと?」

 言葉につまっているそのとき、黒沢さんは引き出しから何かを取り出し、そして立ち上がり、僕に向けた。

 それは銃だった。

黒沢「先生としての命令だ。この星のために、未冷を殺せ」

 僕は言った。

主人公「断ります」

 彼女は安全装置セーフティを解除する。

黒沢「先生に、歯向かうのか?」

 沈黙の果て、僕は答える。

主人公「先生だって、間違えるでしょ」

 呆然とする保育者インキュベーターに、僕は続けた。

主人公「みんな、うまくいかないことだってあります。だからって、全部おしまいだって決めつけちゃ、ダメなんです。僕は未冷先生に、それを伝えにいかなきゃいけないんです」

 黒沢さんは呆然としていた。やがて、笑い出した。僕は呆然としていた。そんななかで黒沢さんは銃の安全装置セーフティをかけ、机の中にしまいながら言った。

黒沢「君のこと、盛大に勘違いしていたよ。君はただ世界を守りたいんじゃなかったのか」

 僕は戸惑う。

黒沢「未冷を、そして未冷が信じる人たちを、彼女の信じたこの星を、全部つないで救いたかっただけなんだな」

 どかりと座っていく彼女を呆然と眺めながら、僕は言った。

主人公「僕は、そんな……」

 黒沢さんは微笑む。

黒沢「いいんだ。君みたいなやつこそが、誰かのためにと、暴力じゃなくて、権力を完成させ、人々を繋いできた。そうして教えようとして、できなくて、絶望して。きづけば連合国軍最高司令官総司令部GHQになっいて……法を乗り越えるようになってしまったんだ」

 僕は俯くしかなかった。黒沢さんは微笑む。

黒沢「私は、自分の同胞が意図せず悪に成り下がり、処刑を続けられていく絶望に耐えきれなかった。そして、かつての自分の理想とかけ離れた命令を下す仕事をしている。この星の規範に、自分の矮小な想像力に従わない社会を、同類を、消せと。今まで散々けなしてきた独裁者たちのようにね」

 そして黒沢さんは、窓の外の景色をみやった。夕日は、摩天楼達へと落ちていく。

黒沢「どれだけ理想を掲げても、どれだけの技術で人を繋いでも、教えられない限り、人は真に繋がることはできないんだ」

 その時、技術者で、けれど教え子でしかなかった僕から、何も言葉が出てくることはなかった。

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