01-2
放課後。清良は言われた通り、素直に職員室に向かった。
職員室前の鏡で一旦止まり、身だしなみチェック。目敏いベテラン教師に突っ込まれるような目立った違反はないことを確認し、中へと入る。
「しつれいしまーす」
「おう、こっち。こっちこい」
杉田は自分の席ではなく、談話室へと続く扉の前で清良を待っていた。
手には妙な絵柄のマグカップ。シュールとかキモ可愛いとかいうジャンルに理解のない清良にとってそれはただただ「なんだそれ??」と首を捻るだけのものだが、好きなものは人それぞれだ。見なかったフリをして杉田の手招きに応じ、薦められるがまま向いの席に座った。
「悪かったな呼び出して」
「悪いと思って欲しいのはそこじゃないんだけどね」
「じゃあどこかな~わかんねえな~」
わかんねえなとすっとぼけなから、本当にわかっていないはずもなく。
侘びか報酬のつもりなのだろう。甘い湯気を漂わせるマグカップが、清良の前に置かれる。
(いやこれ、俺に出すの)
(なにこの猫……めっちゃ見てくる……)
「……別に悪いとおもっちゃいないけど、助かったのは事実だからなあ」
勿論、清良の眉間にしわが寄った理由はそれではない。
「ていうか、なんで俺なの?」
「お前ならうまくやるかと思って」
「なにそれ。めっちゃ評価されてるじゃん」
「……いやー……ぶっちゃけ、中尾についてはそこまで心配はしていなんだ。でもかといって独りでぽんと教室に放り込むのは気が引けるし……横に並べる人間も誰でもいいってわけじゃないっていうか……」
「……ふーん」
お前ならうまくやる。そう言われると、まあ、そうだろうなと思う。
清良にも、己のコミュニケーション能力、クラスでの立ち位置、厄介な連中との距離感――全てが「お前がやれ」と背中を蹴っ飛ばしてくる水準だという自覚があった。
対して杉田の歯切れ歯切れが悪いのは、教師としての発言には制限があるからだ。
事が起こる前から「あいつらやばいから」なんて決め付けて言うわけにはいかない。生徒間のあれそれで今杉田ができることといえば、トラブルを未然に防ぐこと。そのための正確な人員配置、これしかないのだろう。
納得するしかない。
清良は一度深い溜息を零すと、目の前のマグカップを手に取った。
これで正式に、交渉成立だ。杉田の目元がかすかに笑う。
「……どんな奴なの、中尾って」
こうなると、次の関心事は話の中心たるまだ見ぬクラスメイトだ。
今ある情報といえば「気後れするほどしっかりした」「この状況でも心配のいらない生徒」。この2点。
「んー、俺も2回しか会ってないんだよな。でもまあ、喋りはめちゃくちゃしっかりしてるし、少なくともか弱くはない……と思う。あれは」
「それ、俺の手助けいる?」
とりあえずの第一印象……会う前のゼロ時印象は「どんなメンタルゴリラだ」の一言に尽きた。
中学入学時に1ヶ月の出遅れ。決して軽くは無いハンデに怯まないのは強い。
「それが……帰国子女なんだよ。あいつ」
「え」
だが追加で与えられた情報は、かなりインパクトのあるものだった。
「小学校丸々アメリカで過ごしてたらしくて、こっちのことがさっぱりわからんそうだ」
「待って待って、それ日本語通じるの」
帰国子女。
清良からすれば、しっかりしているとか、か弱くないとか、そういう内面のことよりも余程重要な情報だ。
サポーターイコール、お友達ではない。引き受けたとはいえ『適当に周囲けん制して適当に初期設定済ましてやればあとは好きに生きるだろう』くらいの温度感でいたのに、当たり前のコミュニケーションが難しいとなると話がだいぶ違ってくる。
「言葉は流暢だから心配すんな。そもそもそれでここの一般入試に受かってんだし、そこらのガキよりよっぽど」
「いや不安しかないよ!? 俺らのトシで6年ってそれほぼアメリカ人じゃん!」
「だいじょうぶ、だいじょぶ。――お前ら絶対、うまくやれるよ」
根拠の無い大丈夫程不安なものはない。
なにをもってそう思うのか。追求する気力も沸かないくらい、杉田の言葉は軽快だった。
一連の流れ、この1ヶ月の振る舞いから杉田がよくいる無責任な大人ではないことはわかっている。おそらく、彼なりの判断材料があったからこその「絶対」「大丈夫」なのだ。
「何を根拠に、って顔だな」
正確には、ならばそれを開示しろ。という顔である。
「……お前が手に持ってるそのカップの猫。この前うっかり、プリントに同じ柄の付箋をつけて渡しちゃったんだけど」
「何やってんの三十路前」
「あいつ、カップ見たときのお前と、まーったく同じ顔してたんだよな」
「はあ~?」
思わず、根拠として差し出された猫を覗き込む。
こいつ絶対「ニャー」とは鳴かない。そんな顔立ちの猫から、ドヤァ、という効果音が聞こえたような気がした。
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